第38話 これでゆっくりできる

 ラモンの家へと戻ってくると、ジャイとネグロはまだラノドンを食べている最中だった。

 レビタもちょうど、肉に手をつけるところで俺も輪に加わった。

 全く食べる気はしないけど。

 さっきのことが頭から離れないのだ。


「ちょっと聞きたいんだけどさ、なんか変な爺さんがいたんだけど知ってる?」

「ン?フゴフゴォ?」


 口に物を入れたまま声を出すレビタ。


 オークみたいな声を出すな。

 飲め!ごっくんしろバカっ!


「ング! ンゴング?」


 ネグロも食べてからしゃべれや。

 こいつらこれで会話出来てんのか?

 喉につっかえたのか、胸を叩いているし。


「ジイザン、イヅボビジニジル」


 ジャイくん、何言ってんの?

 一ミリも全く伝わって来ません。

 『じいさん、いつも、鼻痔煮汁』ね。

 あ、一ミリだけ伝わりましたね。

 すごいすごーい。


「ぷはぁ! 道端にいる爺さんな! モウロクじいさんのことだろ?」


 耄碌もうろくじいさん?

 レビタは失礼な奴だな。

 たしかに耄碌していたようではあるけど…。

 あれ?そういえばコイツってどこまで見えるんだろ?

 一ツ目って視界が狭いのかな?


「あの爺さんか。 いつも何かブツブツ言ってよな?」

「うん」


 ネグロの言葉にいつの間にか輪に入っていたラモンが返答する。


「━━お前何してんの?」


 レビタがネグロとラモンの方へ向いた隙に、横からバカにするようにベロベロバーをしてみた。


 そしたらなんと!こちらを見ずにレビタは気づいた。


「……いや、なんとなく」


 視界範囲はかなり広いんだな。

 失礼なのは俺でした。

 レビタのくせにすいません。


「あのお爺ちゃん、未来見る力ある。ミドラ様言ってた」


 ラモンがちゃんと喋るとこ初めてみた!

 レア!


 いやいや、それよりも未来……だと?


「けど、今は耄碌しているの?耄碌してだめなの?」

「ヴェルデ、お前失礼な奴だなー」

「えっ、だって、レビタお前…さっきモウロクじいさんって……」

「もう、ろくに力が使えないじいさん。モウロクじいさんだろ? 誰が耄碌してるじいさんだよ」


 知らねーよ。

 未来が見える。

 力が使えない。

 耄碌している。


 ………。


 わからん。


「お爺ちゃん、力が使えたのは昔。 今はもう………」

「ンゴンガダ」


 ネグロ、食べながらへーみたいな顔するのやめれ。ンゴンガダ?そうなんだ?


「確かに今はもうあんな感じだしな。無理だろうな…。 で、…それが…フゴフガ? クッチャクッチャ」


 レビタ……。

 しゃべるなら口にモノを入れるなぁー!!

 しかし、俺は怒らない。

 何故なら大人だから。

  大目にみてやろうじゃないか。

 大人だから。


「……いや、ありがとう。 とりあえず大丈夫」

「ゴクンッ。ふーん…まぁいいか。 ネグロ、ヴェルデお前達はそろそろ村帰るか? 」

「ング!」


 ━━パンッ!


「ぼふぇ!」

「あ、ごめん」

 俺は思わずネグロの頬を平手打ちしてしまった。

 だって何か腹立ったから。

 口から肉をはみ出してる様がイラッとしてつい。

 というか、ずっと食ってんな。

 食ってんな…。

 喋りながら食ってんなよ!


「ぐふぉっ、ごほっごほっ━━。 いってーな、おいっ!」


 大人な俺は両手を合わせて謝った。


「ごめんごめん。 思わず…。 あっ! 結構時間遅くなってきたし、カーラも心配して待ってるかも! えっと、じゃあそろそろ帰る?!」

「カーラ? ああ!そうだな!カーラに心配はかけられねぇ! おい、さっさと帰るぞ!!」


 話は逸れたようだ。

 これぞ、テクニック!

 カーラをだしに全てを忘れさせるテクニック!

 あほや。


 ということで、俺達は今日のところは帰ることにした。

 俺は頭の中がまだ整理できていない。

 ローブの奴…箱のこと…。そして爺さんの言葉。

 どれ一つとして、考えたところで答えは出ない。


 あー、甘いものくいてぇ。

 糖分足りねー。


 俺とネグロはレビタ、ラモン、ジャイとミドラに挨拶を済ませると、雪白馬に跨がり村を後にした。

 少し慣れかけたブザンソンの寒さに対し、この村にいたことにより、俺の耐性は無くなってしまった。

 むしろマイナス。

 気温もマイナス。

 マイナス×マイナス=プラス。

 あれ?じゃあ、プラスか。

 あー、なんだか気持ちよくなってきた。

 眠たくなってきた……眠たく……眠……。


 ┼┼┼


「━━おいっ! 起きろっ!!ヴェルデ!」


 体が揺らされているのは分かる。

 が、体が怠く、頭もボーッとする。

 知っている天井。

 木製の天井で、古い傷跡がちょこちょこと見える年期の入ったそれは見たことがある。


「━━起きたっ!」


 覗き込んでくるのはカーラだ。

 天井の光が逆光でよく見えないが、声はカーラだった。

 すると、隣からぬっと二つの顔が出てきた。


「ネグロ……鬼ばば……俺はどうなったの…?」

「あー、危なかった……。お前…、途中から意識なくなってて、俺の体とヒモで縛り付けて戻ってきたんだ。ちなみに一日経ってるからな? あー、まじでやばかっ━━」


 ━━ドンドンドンッ!


 突如、扉を叩く音が鳴り響いた。


「ばば様っ!鬼ばばさまぁー!!」


 扉の向こうが聞こえてくる大きな男の声。

 この村で暮らしている男のようだが。


「なんじゃ騒々しい! 入れっ」


 ハァハァと息を切らしながら入ってくるのは鬼族のおっさん。

 知っているようで知らない顔だ。

 というか、鬼族のおっさんのほとんどを俺はしっているようで知らない。

 おっさんの八割は早朝に狩りにでて、遅くに帰ってくる。二割のおっさんと交代しつつなんだろうけど、おっさん達の顔はみんな似ていて見分けがつかない。

 どのおっさんが俺の知っているおっさんで、知らないおっさんなのか分からない。


「おっ、サン!」

 ネグロが片手を上げる。


 おっさんだけども。

 こいつ、おっさんに向かっておっさんと呼ぶんだな。

 おっさんは、膝に手をつき腰を落としてハァハァだ。

 よっぽど走って来たのか。

 おっさんで体力がないだけなのか。

 いやいや、そんな言い方したら他のおっさんに怒られるな。


「サンよ、どうしたのかえ?」


 ああ、サンね。

 まっぎらわしい。

 おっさん扱いしてごめんなさい。

 悪いのは紛らわしくしたネグロだ。

 そんな名前をしているサンだ。


  と、そんなことよりもだ。


 なんだが、顔色があまりよく無いように見える。


「ハァ…ハァ…。す、すいません。 あの、あの、魔物が…か、突然大量に現れて…おじき達が━━」

「……ッ! あ、あ…ああ……、 サンよ、 日は色づいているかえ?」

「ばば様……?。 もしかして……」


 カーラはハッとして口を手で押さえている。

 ネグロはよく分からないといった顔だ。


「えっと…色づき? たしか、いつもよりも赤いようでしたが……えっ、もしかして……」

「ああ……、忘れておった……なんてことじゃ…サン、村長には?!」

「ハァ…ハァ…はい…村長にはゲンが伝えにいってます…」

「そうかえ。じゃあ、ネグロ、サンよ、村の者をすぐに広場へ集めよ」

「はい」「は、はい」


 返事をするやすぐに出ていく二人。


「 カーラは小僧とここで待つかえ?」

「…いえ、少ししたら行きます」


 鬼ばばは、首肯するとゆっくりと外へと出ていった。

 残されたのは俺とカーラだけだ。

 開いた扉から見えた外は、昼間の明るさではあったが赤いように感じられた。


「カーラ、どうなってるの?」

「……実は…十年に一度日が離れ赤く染まる日、この世界グラースにおいて魔物が大量発生し、そして活発化するの。 ヴェルは…初めてなのね…。 どこからともなく現れた魔物は、本能のままに生き物へ襲いかかるのよ。

 日の出より徐々に赤く染まり始め、日が沈むと共に終わるわ。

 私もネグロも生まれて間もなくに経験してるから実際には覚えてないのだけど……」

「そして、それが今日…? 」

「そう……。 ごめんね、ヴェル。 一人で大丈夫? …私も行かなくちゃ…」

「大丈夫だよ。 カーラ……気を付けて」

「うん。 私は戦わないから大丈夫よ」


 そうしてカーラは出ていった。


 俺はというと、体に怠さを感じるのもあり、まあ、そこは魔法を使えばスッキリできるけど、何だか久しぶりに一人でのんびり出来そうだし、このままゆっくりしちゃおうと決め込んだ。

 二度寝じゃ、二度寝。

 一応念のため、村の広場の場所も教えてもらったけどね。

 それと、サンはおっさんじゃなかった。

 ネグロと同い年の十歳だ。

 うん、どうでもいい情報だね。

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