第3話

「レオンの言うことを聞いておいて正解だったな。しかもエルの非番の日を狙うとは……」


 息を荒く吐きながら、斬られた左手を押さえる。押さえた右手の隙間からは血が溢れていた。

 止血できる物を探すためによろよろと歩きだすが、途中で足に力が入らなくなり、膝を着くと目を瞑る。

 その時、複数の足音が近づいてくる音がして、心持ち焦る。


(くそっ! 新手か?!)


 今の状態では、勝てるかどうかも怪しいが、何とか立ち上がろうとした瞬間だった。


「ジュリアス!? 誰か薬草の箱を持ってこい!」

「はい!」


 聞き馴染んだ声に顔をあげれば、そこには心配そうな親友の顔があった。騎士団が間に合ったのかと思うと、安堵する。


「レ、オン……」

「喋るな! そいつらは?!」

「息があります! 昏倒しているだけのようです!」

「よし! 今のうちに全員捕縛しておけ! そいつらにジュリアスを襲ったことを後悔させてやる……!」

「はっ!」


 レオンの指示に従った騎士たちが、荒縄を出してそれぞれ捕縛していくのが見える。


「ジュリアス、すまん。よくやった」

「団長! 薬草の箱をお持ちしました!」

「ありがとう。あとはあいつらを手伝ってやってくれ」

「はっ!」

「ジュリアス、痛いだろうが、少しだけ我慢しろ」


 袖を思いっきり捲られ、斬り傷の状態を確かめられた。それを見たレオンの表情が多少和らいだことから、思った以上の怪我ではないのだろう。

 そしてレオンに消毒されると、思わず「ううっ!」とうめき声が漏れる。


「手は握れるか?」

「ゆっくりとなら……」


 質問に答えると、固かった表情が明らかにほっとした顔になった。


「なら大丈夫だな。刃に毒はないと思うが、念のためにこれを飲んでおいてくれ」


 レオンが懐から小さな袋を出し、緑色と黄色の丸い粒を出す。「口を開けろ」と言われて素直に口を開けるとそれを放り込まれ、水を渡されたので飲む。


「苦い……。これは?」

「解毒と解熱の薬だ。斬り傷にも効く。我が家に伝わる薬で、ルナが手ずから薬草を摘んで作ったやつだから、安心して飲めるだろう?」

「ルナマリア嬢が……」


 最強の親友であるレオンが側にいて安心したためか、ルナマリア嬢の名を聞いて、緊張感が緩み、だんだんと意識が遠退く。


「ル、ナ……ア嬢に、お礼……」

「ジュリアス?! おい!」

「大丈夫だ……きん……ょうか……薄れ……」


 私の言いたいことはレオンに伝わったのだろうか……それすらもわからないまま、そのまま意識を闇に落とした。



 ***



「ジュリアス様、ラインバッハ家のステラ様がお見えです」

「またか……」


 あれから二週間近くが過ぎていた。目が覚めたら見舞いに来たレオンがいて、襲われた時の状況をいろいろと聞いて行った。

 翌日、もう一度見舞いに来て『しっぽは掴んだ。あとは証拠集めとタイミングだな』と報告しに来たきり、会ってない。

 ステラとは襲われる数日前に両陛下主催の夜会が行われ、そこで知り合っただけだった。だが、どこから聞き付けてきたのか、襲われた三日後くらいからお見舞いと称し、毎日のように我が家へ通って来ていた。

 本当はかなり迷惑だったのだが、自分の立場と性格上、女性を邪険にできなかったことが恨めしい。


 ルナマリア嬢なら毎日でも歓迎なのだがな……。


 最近全く顔をみていない愛しい人を思い、溜息をつきながら指示を出す。


「アレク、庭に案内してくれ。今日は屋敷に入れたくない」

「畏まりました」


 声をかけてくれた執事に場所を指定し、わざとゆっくりと庭に向かうと既にアレクはおらず、ステラが一人で紅茶を飲んでいた。

 足音が聞こえたのかこちらを向き、「ジュリアス様!」と笑顔を向けられる。仕方ないので作り笑いをして話しかける。


「お待たせしてしまいましたか?」

「大丈夫ですわ。お忙しいのに申し訳ありません」 

「いや。こちらこそ、毎日来ていただいてしまって……大変でしょう?」

「…そんなこと、ありませんわ」


 内心、忙しいとわかってるのなら今すぐ帰れ! と毒づく。どうやってさっと帰ってもらおうか……そう思案していると、アレクが戻って来た。


「ジュリアス様、『お待ちかねの』お客様がお見えです」


 アレクがこういう物言いの時は、私がかなり困っている顔をしているか、よほどの者が来た時だけだ。約束はしていなかったはずだと思いつつ、誰が来たのか問う。


「エルンスト様です」

「ああ、仕事のことかな? すまない、ステラ嬢。約束をすっかり忘れてしまっていた。大変申し訳ないが……」

「……お仕事なら仕方ありませんわね。今日はお暇致します」

「では、すぐそこまで送ろう」


 エスコートしながら玄関先まで歩くと、布が被さった篭をもったエルンストが目に入り、思わず笑顔になる。


「エル、すまない。手を煩わせてしまった。それではステラ嬢、お気をつけて」

「はい。失礼しますわ」


 淑女の礼をして去って行くステラが見えなくなった途端、盛大に溜息をついた。


「エル、助かった」

「いえ。あ、これはお見舞いです。僕とルナで作りました。よかったらアレクも食べてください」


 何やら複雑な顔をしていたエルンストだったが、思い出したように持っていた篭を差し出して来た。


「エルンスト様自ら、でございますか?」

「実際に作ったのは妹のルナマリアですが。作ったと言っても、せいぜい片付けを手伝ったくらいですし」

「ルナマリア嬢が作ったのなら確実だな。まあ、騙されたと思って食してみてくれ」

「はあ……」


 要領を得ないながらもアレクと一緒に屋敷の中に案内し、お茶を淹れ直す。私の言葉に甘えて、アレクはラズベリーやブルーベリーの入った一口サイズのタルトを頬張り、目を見開く。


「これは……! とても甘そうに見えるのに、ほど好い甘さでございますね!」


 表情を綻ばせながら、舌鼓をうっているアレクの顔は、蕩けそうだ。


「そうだろう?」


 そんな二人のやり取りを、エルンストはにこにこしながら眺めている。


「ジュリアス様、お加減はどうですか? あれから何か進展はありましたか?」


 アレクが下がったあとはしばらく仕事の話をし、クッキーに手を伸ばそうとした時だった。


「いや……。レオンからはしっぽは掴んだ、とは言われたが……」

「そうですか……」


 ほんの一瞬、沈黙がおりる。

 ルナマリア嬢はどうしているのか聞こうとしたらエルンストが話しかけてきた。


「ジュリアス様は!」

「うん?」

「ジュリアス様は、その……」


 珍しく歯切れの悪いエルンストの物言いに、内心首をかしげる。


「エル?」

「あ……。こういうのは当人たちの問題……。いえ、何でもありません」


 まるで何かを払拭するように首を横に降っていた。

 そろそろ帰ると言うエルンストを外まで見送ると、ホルクロフト家の馬車が待っていた。


「それでは失礼致します」

「ああ、気をつけて帰ってくれ。そうだ、明日から出仕できると医者に言われた」

「そうですか、それはよかったです! 机の上がすごいことになっておりますので、覚悟して来てくださいね」


 そう言って馬車に乗り込み、帰って行った。




 出仕を再開して二日後、エルンスト経由で無事に犯人を捕縛した、と連絡をもらった。


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