第6話 魔術師とパトカーを振り切って
『止まりなさい! そこの車、観念しなさい!』
まさか、魔術師をやめて最初に戦う相手が警察になるなんて。
20メートル後ろで、複数の警察車両が警告をしながらオレのWRXを追う。
オレは、北に向かってクンバ中央通りを走行していた。
この通りは、片側三車線の道路で交通量も比較的多いことで有名だ。
そんな状況でも、オレは、車の間を網目のようにくぐり抜けて警察車両と距離を徐々に離していった。
わずか、20分ほどで追跡する警察車両が10台ほどに増えていた。
警察が優秀なのか、はたまたオレがそれだけ危険人物と思われたのか。
どっちが答えにしろ、早くここを逃げないとめんどくさいことになるのは間違いない。
「この先は十字路か。よし、そこを左折して山の方に……。今、車の上を何かが通ったな。 おっと、これは警察よりも厄介なのが到着したな」
たった今、もうスピードで何かが上を通過していった。
間違いなく魔術省の魔術師だ。
箒をあの速度で飛ばせる連中など、それ相応の魔術師でなければ扱えない。
多分、この先の交差点で仕掛けるに違いない。
そういえばギルドにいた頃、魔術省を辞めて上級モンスター退治をしていた女性魔術師から魔術で人を逮捕するやり方を聞いたことがある。
乗り物で逃走する犯人の場合、電撃魔術と睡眠魔術を併用するらしい。
電撃魔術を車にぶつけて内部の電子機器を破壊し停止させた後、逃げ出そうとする犯人に睡眠魔術を当てて警察に引き渡すというのが大原則だと。
「この交差点をなんとかして突破しないと、確実に逮捕される。何か、手段は……、あっ、あれだ! あれを使えれば!」
反対側の歩道にある赤い標識を一瞬だけ確認すると、オレはあることを思いついた。
しかし失敗すれば命が……、だけどこのスキルを信じるしかない!
覚悟を決めたオレは思いっきりハンドルを右に切って、反対車線に飛び出した。数台の対向車をするするとかわして、交差点の信号機の側にある物に向かって突き進む。
ある物とは消火栓。
さっきの赤い標識は信号機の近くに、消火栓があることを示すものだ。
この位置からだと、およそ500メートル先にあるはず。
もし車体に消火栓を上手く当てれば、水道水で周囲を水浸しにすることが出来る。
ここは、通行人も多く、人を水で濡らすことは簡単だ。
成功すれば、魔術師は通行人の感電という二次被害を恐れて、迂闊に電撃魔術を打つことができなくなる。
キィイーー、ガシャン、バドン、ガシャン。
そんなことをオレが考えていると、突如後ろからブレーキの甲高い音、複数の車が衝突する音が鳴り響いた。
どうやら、後ろで追跡している複数の警察車両は対向車を避けきれずに衝突したらしい。
バックミラーで後ろの様子をチラッと見ると、衝突を避けた一台の黒いBMWがもの凄い勢いで近づいている。
このBMWを利用できるかもしれない。
ブレーキペダルを踏み、オレは一瞬だけ速度を落とす。
数秒後、黒のBMWの鼻先はWRXのテールのすぐそこにまで迫ってくる。
その瞬間、オレはハンドルを右に切り、一番右端の車線に変更させて黒のBMWをWRXの左側につかせた。
二台は並ぶような状態になり、お互いに他の車をかわしあって走り続ける。
速度メーターを見ると、時速は90キロをデジタル数字で表示している。
あと100メートル、50、30……、今だ!
オレは黒のBMWの真横に張り付くやいなや、ブレーキを踏み込み、ハンドルを左に切って、BMWの 右後ろの部分にWRXの車体をぶつける。
カツン、キリキリキリ、シャドン。
バランスを失った黒のBMWは、右前方に押し飛ばされて、もの凄い勢いで交差点の信号機に突き進んでいく。
信号待ちをしている人達は、横転して近づいてくる車に驚いてみな必死に走って散らばり始めた。
黒のBMWは横滑りのまま進み、消火栓と衝突してようやく静止する。
次の瞬間、水道水がドブシャンという音を立てて、歩道から勢いよく吹き出し、高さ10メートル近くの水の柱を作り出した。
交差点の周りはあっという間に水浸しになり、上空で待機していた二人の魔術師が慌てて魔法を放つのをやめ、ただ呆然と現場を見ている。
「今だ!」
その隙に、オレはWRXを円を描くようにドリフトさせて交差点を左折して走り去っていった。
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