第4話 魔術=お金
「では、無事に届いた確認ということでサインをここにお願いできますか?」
「はいはい……これでいいか?」
「たしかに。これで、手続きが完了です。何か、不具合や気になさることがございましたら、いつでもいらっしゃって下さい。それでは、失礼します」
丁重に挨拶を終えると、黒のスーツの男性は立ち去っていった。
「ねぇ、聞きたいことが山ほどあるんだけど? 一体、何がどうなってるの?」
ふたりのやり取りを黙って見ていたスズランが、オレをじっと睨みつけてそんなことを聞いてきた。
「今の人はディーラーだよ」
「ディーラー? 魔法の箒とかの?」
「違うよ、姉ちゃん。車のディーラーだよ。実は昨日、覚えている魔術のほとんどを魔法省に売却してきた」
「はぁっ? ちょっと、私に分かるように説明して!」
「分かるようにって、そんまんまの意味だよ。電撃魔法は撃てないし、箒に乗って空も飛べないよ」
~~~~~~~~
そう、それは昨日の出来事である。
解雇予告通知書をもらったオレは家族全員が家を出払ったあと、こっそりとある場所に行ったのだ。
その場所は魔法省。
帝国内で魔術に関するものを管理する役所あり、魔術師の免許交付や試験もここで行われる。
魔法省前に到着したオレは、目の前にある荘厳な建物を正面から眺める。
相変わらずすごい建物だが、二度とここにお世話になることはないだろうな。
省の入口の回転ドアを押して中にはいり、地下三階の魔術師管理課に足を運んだ。
「あの、すいません。誰か、いませんか」
「はいはい、今行きます。ちょっと、お待ちください」
そう言って、窓口の奥から職員が現れる。
オレとさほど年齢が変わらなさそうだが、肩まで茶髪をおろしており、気取らない美しさと黒色の大きな瞳を兼ね備えた可愛らしい女の子であった。
可憐な見た目をしているが、その瞳の奥からは確固たる意志を感じさせる。
完璧な容姿だが気になることが1つ。
「あの、本日はどのようなご要件で? 免許の更新ですか……? あれっ、どうしました?」
「いや、ずいぶんと変わった服装だったものだったから……。ちょっと、驚いた」
それは、職員の服装がまさかのメイド服だったからだ。
確か、魔法省の職員はローブを着用することが義務づけられているはずだ。
更にいえば、前髪に魔という文字のヘアピンをしているのも気になる。
「ここの部署だけは私服で働いても良いところなので。人前に出て仕事する場所ではないから、特別に許されているんですよ。もちろん、ローブもロッカーにしまってありますよ。不快でしたら、着替えてきましょうか?」
「いや、そこまでしなくていいよ。大丈夫だよ、似合ってるよ」
「あっ、あの……、そんなにマジマジ見られると恥ずかしいです。そんなことよりも、本日はどのようなご要件ですか」
オレが観察していると、メイド職員は照れた素振りを見せた。
「いや、実は免許の返納をしたいんですよ。ほら、ここって魔術って買い取ってくれたり、他の魔術と交換できるんでしょ?」
家族に内緒でオレがここに来た理由は、魔術免許の返納だった。
実は、魔法省は辞めた魔術師の技を買い取ったり、他人と交換する手続きもしている。
例えば、老いた魔術師がゆっくり暮らしたいと思ったとき、今まで覚えた魔術を全て売却して、そのお金で余生を過ごすといった退職金パターン。
もしくは、お互いに欲しがっている魔術を交換するといったパターンがある。
ただし、売ったり、交換したりすると二度と使えなくなるというお約束ではあるが。
「えっ、本気で言っているんですか!?」
「別に、いいんだよ。ほら、これ免許証。裏面に、自分の使える魔術一覧あるけど、これでいくらの価値があるか算出してくれない?」
「かっ、かしこまりました……。うん……、上級魔術師? ホクト・シノザキさん? あの、失礼ですが、お姉さまっていらっしゃいますか?」
「いるよ。スズランっていう姉がさ」
「やっぱり! 魔術省の誇りですよ、あの方は」
メイド職員は、顔を輝かせて言った。
「あんなのが誇りだって? 力を手にしたら、真っ先に素朴な村を爆撃するような人間だぞ」
「そんなひどい人なんですか?! いやまぁ、家族しか知らない素顔ってありますからね……。そんなことより、本当によろしいんですか? 魔術を売却しちゃって……」
メイド職員は心配そうな表情をして、免許を返納する事情を尋ねてきた。
どうしよう、ギルドがクビになったからなんて言いたくないな。
「いや、まぁ色々と……。なんというか、魔術師に飽きちゃったから、他のことしたくて」
「なるほど、それでやりたいことを実現するためにお金が必要ということですね?」
「そうそう、そういうこと、そういうこと。それで、ざっとどれくらい?」
ちょっとお待ちくださいと言ってメイド職員は、胸のポケットから電卓を取り出すとパチパチと打ち始めた。
3分ほどで算出を終えると、電卓をこちらに渡した。
「えっと、いち、じゅう、ひゃく……」
「ざっと、3億テテュスです」
はい? いま、なんて……。
「びっくりした顔してどうしました? 何か、変なこと言いました?」
「嘘だろ! 聞き間違いないよな、今、3億テテュスって言ったよな?」
電卓の数字を改めて見返したが、たしかに3億テテュスだ。
「ただ、ホクトさん。残念なお知らせですが、まだ18歳ですよね? そうなると、税金の関係で、これぐらいしか手元に残りません」
手渡された紙を見ると、そこに記された金額は、
「800万テテュス! 一体、どんだけぼったくってんだよ! おい、おかしいだろ!」
「そっ、そう言われましても……。70歳であれば、満額受け取れるのですが……」
「そんなに待ってられるか! だいたい、税率の計算おかしいだろ! 三パーセントすら貰えてねぇぞ!」
「法律に定められておりますので……」
「なんだか、納得いかねぇな。まぁ、いいや。退職金だと思って800万テテュス受け取るか」
がっかりしたオレだったが、貰えるだけマシだと思い手続きをしようとすると、
「もし良かったら、私の魔術と交換しませんか?」
「えっ、魔術の交換?」
オレは素っ頓狂な声を上げて、メイド職員の顔をまじまじと見る。
本気で言ってるのか? 冷やかしとかじゃないよな?
いや、仮に本当だとしてもオレの答えは1つ。
「いやでもね、オレは戦いたくないんだよ。モンスターとかさ」
「別に戦う魔術ではないですよ」
「戦わない? あぁ、そうすると回復系かなんかってこと? でもなぁー……」
「回復系でもないです、今のあなたにピッタリの魔術がありますよ」
そういって魔術免許証を取り出したメイド職員は、使える魔術一覧が記載されている裏面を見せてきた。
流石は魔法省の人間だな、高難易度と呼ばれているものをいくつも持っている。
「それで、ピッタリの魔術っていうのはどれなんだ? あぁ、これかい?」
オレは、パッと見で目に入ったトリックミラーと書かれている欄を指して質問してみる。
「それは、鏡をマジックミラーに変える魔術です」
「……オレそんなもんいらないぞ? そんな趣味もないしな」
オレが疑いの目を向けると、メイド職員は慌てて訂正をする。
「別にイヤらしいことに使ってるわけじゃありませんから」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど。ところで、オレにピッタリな魔術ってどれなんだ? 魔術が多すぎて、どれか分からないな」
「これです」
「うん? ファウスト? 聞いたこともない魔術だな。一体これは?」
メイド職員が指さしたところには、確かに変わった魔術が書かれている。
それなりに魔術については詳しいオレだが、全く見当がつかない。
「これは、車の運転技術が大幅に向上する魔術なんです。詠唱しなくても発動する便利な魔術です。今、パソコンで身分確認をしたんですけど、車の免許を取得なされたばかりですよね?」
「ちょうど、1か月くらい前だったかな。箒だけで自由に移動するのって、結構不便だと思ったから取ったんだよね」
「気持ちは痛いほど分かります」
メイド職員は、うんうんと頷いて同情する仕草を見せる。
「具体的に、どれくらい運転技術が上昇するんだ?」
「最低でも、プロのレーシングドライバークラスには上がりますよ。どんな車種を利用しようと、車のコントロールは完全に自分のものになります。ドリフトなんてお手の物ですよ」
なるほど、確かに今の自分にはピッタリ魔術かもしれない。
この魔術を使って、ドラゴンと戦うなんてことはなさそうだし、この魔術を利用して運び屋の仕事に就くのも悪くない。
「そっちが良いって言うなら、交換しても良いよ。オレの魔術から欲しいものを選びなよ」
「えっと……」
「1つじゃなくてもいいさ。半額が手元に残るくらいにしてくれれば、オレは文句を言わない」
「そんなに継承していいんですか?」
「いいよ、別に。オレにはもう無用のものさ。そこの席で待機しているから、決まったら呼んでくれ」
「それではお言葉に甘えさせていただきます、文句はなしですよ」
オレは約束通り、メイド職員に魔術を譲渡し、残った魔術は全てお金に変えた。
かくして、オレはファウストという魔術と400万テテュスを手に入れた。
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