転生者(チーター)に職を奪われたので、箒を捨てて新車で異世界を駆け巡る
倉間かれん
0章 魔術よ、さようなら
第1話 無職になった裏側のお話
また来訪者が訪れてしまったか。
目の前に現れた男を見て、女神の番犬がそんなことを思う。
男は、あまりの出来事に呆然としているようだ。
無理もない、なぜならたった今死んだのだから……。
ここは現世で死んだ人間が最初に訪れる場所。
転生の間と呼ばれている。
プラネタリウムのような空間の中に、女神が座る玉座と巨大な水晶以外のものは何もない。
「あなたは異世界で何を望みますか?」
番犬の隣にいる女神が、慣れた口調で男に質問する。
「異世界?! うひょ、マジで? オレっち、漫画とかゲームの世界だけかと思ってた!」
女神の質問を聞いた男は、瞬時にどういう状況なのか理解したようだ。
「空想ではなく、現実です。異世界であなたは何を望みますか? お金ですか、力ですか?」
「本当に?! いやー、オレっちは現世でさ……」
男は長々と現世での経験で話した後、最終的にチート並みの強さとハーレムがしたいと女神にお願いした。
まったく、男ってやつは……。
女神はご要望にお答えして、慣れた手付きで異世界に送り込んだ。
こういったことは、今日が初めてではない。
この女神が担当になってから、今ので90人目だ。
やりすぎだ。
男が異世界に飛ばされた後、番犬は女神に苦言を呈す。
「女神さま、流石に異世界に飛ばしすぎです。最近、元々異世界にいた人達の活躍の場が失われていると耳にします」
「異世界の人間が来ただけで、活躍の場を失うならその程度ということです。それに、もしそうだとしても別の生き方を考えるでしょう?」
その意見は間違ってはいない。
本当の意味で強い者というのは、どんなステージに移っても活躍できる者だ。
しかし、何事には限度というものがある。
コップという容器が異世界であるならば、ここから送られる転生者はいわば水。
もし、その水が溢れてしまったら……。
番犬は反論する。
「それはそうですが、あまりにも力を与えすぎです。それでは、異世界に住む人間が報われないというものです。そもそも、異世界はあの方々達にとって住みやすい環境だと思いますよ。大きな違いといえば、魔法とモンスターがあるかどうかくらいです。力など与えなくても、快適に楽しんでいただけるはずです」
異世界と言っても文明や文化は出来る限り近代的にしてあるため、パソコンやスマホも存在する。
もちろん、人によっては違和感を覚えるかもしれない。
例えば、猫耳の女の子がバケットが入ったカゴではなく、スマホを持っているのを見てツッコミたくなる気持ちも分からなくはない。
しかし、異世界にも産業革命は必要不可欠なのだ。
「私のお仕事は、異世界で彼らが快適に暮らせるためにやっているのではありませんよ。彼らが生前果たせなかった夢を叶えてあげているのです。それは悪いことなのですか?」
女神がそう答えたとき、目の前にある巨大な水晶に1人の青年が映し出される。
どうやら、元々異世界にいる魔術師のようだ。
今度、犠牲者は彼か……。
これ以上話をしても意味がないと悟った番犬は、目を瞑って伏せをした。
すまないな青年、だがその運命を乗り越えたとき君は……。
番犬がそう思ったのも束の間、目の前に光の柱が現れる。
また、来訪者。
いったい、いつまで異世界にチーターを送り続けるつもりなのだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~
解雇予告通知書
この度、貴殿を下記の理由により解雇しますことをここに予告します。
解雇理由
・近年、増加する転生者による活躍の台頭により上級魔術師の需要が減ったため。
・ギルド支部の長の愛車を燃やしてしまったため。
・転生者 アル・トリアに危害を加えたため。
クンバ帝国 ギルド・ブンブン支部
突然のギルドの解雇通知書は,早朝に自宅のポストにひっそりと投函されていた。
一枚に書かれた文面はあまりに潔く,縦容としていたが,今まで仲間と積み上げてきた功績とはそんな簡単なものであろうか。
ホクト・シノザキにとって、魔術とはなんであったのか。
ふと二階の部屋の窓から外を見ると、桜の街路樹が道路を鮮やかなピンクで染め上げていることに気付いた。
その桜に見送られ、ホクトが上級魔術師の人生に終止符を打ったのは、クエスト報酬が高いスカルドラゴンをギルドの仲間と討伐する2日前であった。
「オレに魔術師は無理だな、こりゃ。新しい生き方でも見つけるしかないな」
だが……。
「いや、オレにほかに何か才能や才覚があったか? あるといえば運転免許くらいか……」
それは魔術のように特別なものではなく、大多数の人がこの世界で所持しているものだ。
自分だけの生き方を見つけると言えど、それだけでは心細すぎる。
「新しい生き方って言うけど、そんな簡単なものじゃないな。とりあえず、明日は家族いないし適当にするか」
誰もいない室内で、オレは虚しくそう呟いた。
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