第12話 ドライブ

「車があったらどこに行きたい?」


 天文部の部室にて、俺が美咲ちゃんに切り出した。


「えっとね〜、やっぱり海とか魅力的だよねぇ。オープンカーに乗って海岸沿いを走ってみたいな〜」

「なるほどいいね。桐生はどうよ?」


 今度は携帯をいじっていた桐生に話を振った。


「出来るだけ人のいない静かな所に行きたい」

「アウトドアなのかインドアなのかよく分からんな……」

「夜景が見える静かなところなんてのもいいよね〜」


 桐生と一緒にドライブデートしている場面でも思い浮かべているのか、ぽーっとしながら美咲ちゃんが答えた。

 海野先輩不在の中、何故俺がこんな話を持ち出したのかと言えば、昨日の夜に見た映画に触発されてだ。

 その映画の中では、車に住んでいる主人公が色々な地域を巡り、その地域の人々と触れ合うという何ともハートフルな物語だった。

 最終的に、長年共にした車が廃車となる場面には何とも心動かされたものだ。

 俺にも人の心があったのだと改めて認識させられた、素晴らしい映画だった。


「逆にキヨはどこに行きたいんだよ」

「俺か? 俺は……そーだなぁ」


 やっぱり昨日の映画と同じ!


「いろんな地域を旅して人々と触れ合いたいかな!」

「なんかそれって昨日やってた映画みたいだね」


 ドキッ!

 あ、あれぇ?

 もしかして美咲ちゃんも見てた?


「そ、そそそうなの? そんな映画やってたんだぁ。知らなかったなぁ」

「本当はそれに影響されたんじゃねぇの?」

「ば、馬鹿言うなよ桐生! 俺がそんな単純な人間に見えるか?」

「確か車に乗った人が旅する映画だったよね。最初は興味なかったんだけど、話が結構笑えたりして面白かったなぁ。オチも感動したし」

「そうなんだよ天条さん! オチがすげー感動したんだよね! 特に車が動かなくなった時なんか………………あ」

「キヨ…………お前そんなに馬鹿だったっけ」


 や、やめろ!

 そんな憐れむ目で俺を見るんじゃない!


「今のは天条さんの巧妙な誘導尋問に引っかかっただけだから!」

「誘導してないんだけど……。むしろ自分から吸い寄せられてた気がする」


 くそぉ恥ずかしい。

 影響されたものをすぐに話すとか、まるで小学生みたいじゃんか。


「それそれとしてさ! 車でどこかに出掛けるのってやっぱり憧れるね!」


 美咲ちゃんの優しさが今はツラい。


「免許取るのは難しかったりするのか?」

「世の中のほとんどの人が取れるんだし、運動神経がいいはやてくんなら大丈夫だよ!」

「まぁ実際のところ運動が苦手な人でも取れるわけだし運動神経は関係ないと思うけどね。なにより厳しいのはやっぱりお金じゃない?」

「30万くらいだったか」

「お父さん達に借りるのも気が引けるし、やっぱりアルバイトして貯めないとだね〜」

「そういやキヨはカフェでバイトしてたよな? 月にどれぐらい稼いでるんだ?」


 おっと。

 唐突に話が俺のバイト先に。

 別に隠してるわけじゃないからいいんだけど、なんかお金の話になると急に生々しくなるな。


「今はそんなに入ってないから月に3万ぐらいだな。一番入ってた時は7〜8万ぐらいだったけど」

「え〜結構働いてたんだね!」


 お陰様でな!


「…………俺もバイトを考えてみるか」

「えっ!! 颯くんバイト始めるの!?」

「まじ!?」

「社会勉強も必要だからな」


 あの他人と関わろうとしないヤレヤレベイベーがアルバイトだと!?

 どうしようお母さん心配!


「そういうわけだキヨ」

「どういうわけだ」

「アルバイトがどういうものなのか、お前が働いている所を見させてもらう」

「異議あり!」

「棄却する」

「少しは話を聞けよ!?」

「美咲も見てみたいだろ?」

「うん! すっごく興味ある!」


 な、なんというキラキラした眼差し!!

 美咲ちゃんに振るなんて反則だぞ桐生!


「…………ダメって言っても来るんだろ?」

「よく分かってるな。ちなみに美咲の実家は喫茶店だから、お前がどの程度働けるのか査定もできる」

「控訴する!」

「棄却する」

「だから話を聞けって!」


 美咲ちゃんの家が喫茶店やってるなんて初耳だぞ!

 なんでそんな重要な情報がここで飛び道具のように俺を襲うんだ!


「大丈夫だよキヨ! 私もたまにしかお店の手伝いしてないから、ラテアートぐらいしか作れないよ!」

「充分すぎるじゃん!」


 ラテアートできたらお店の名物じゃん!

 これ以上俺をおとしめないでお願いします!


「次のバイトはいつよ?」

「…………明日」

「葵さんも誘っとくね!」


 どうにでもなりやがれちくしょー!

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