第3話 「ケンカするほど」
……面倒なことになった。
エルザからもたらされた流星石の情報。その情報に頼まれたのは、流星石が落ちた付近に現れるという敵勢力の捕縛または討伐だ。
捕縛か討伐そのどちらかに限定されていないのは、単純に敵勢力が判明していないからである。
というのも流星石が落ちた場所は、エストレアとノーリアスの国境付近から森を抜け入り組んだ道を進んだ先の山脈。人が滅多に寄り付かない場所なだけに詳しい情報が少ないのだ。
現在分かっていることは賊らしき人物は数人目撃されていることだけ。他にも仲間が居る可能性はあるし、魔物が発生していることもありえる。
ただ……流星石のような魔石は簡単に手に入るものではない。
国境付近での採取は揉め事にもなりえる。ただ今回はエルザが流星石を含め自由に採取できるように根回ししてくれている。
また他国にも顔と名前が知られているシルフィを護衛に付けてくれた。これであちらの兵士に絡まれるようなことになっても突然殺傷沙汰ということにはならないだろう。
争いごとに自分から首を突っ込むのは気が引けるが、この機会を逃す方が
にも関わらず、何故面倒だと思っているのか。それは……
「ほんと……何であんたが居るわけ?」
「あ? 何度も何度も同じことばっか言いやがって。てめぇの頭は鳥以下かよ。オレはルークがついて来いって言ったから来てんだよ。てめぇこそ何で居んだ?」
このようなやりとりが顔を合わせてから定期的に繰り返されているのが理由だ。
現在、俺は馬車に乗ってノーリアスとの国境付近へ向かっている。他に馬車に乗っているのはシルフィ、アシュリー、ユウという顔見知りばかりだ。
シルフィとアシュリーは護衛という立場ではあるが、国境付近に騎士の姿のまま近づくと余計な誤解を生みかねないため、今回は私服姿。ユウはシルフィからもらったお下がりとまあいつもどおりの格好をしている。
「そっちこそ何度も同じこと聞かないでよね。あたしは仕事でここに居るの。ルーくんを守るよう女王様から直々に頼まれたんです」
「ルークどころかオレよりも弱いくせに。その女王って奴も見る目がねぇな。まあどこに居ても邪魔な奴を上手く調子に乗せて仕事させてるのかもしんねぇけど」
「あんたね……!」
「んだよ……!」
血走った目を向け合うふたりに正直うんざりする。
シルフィはふたりを温かい目で見守っているが、暴れられたら馬車の扱いに支障が出かねないだけに注意して欲しい。叱るのも立派な優しさなのだから。
「アシュリー、少し黙れ。また舌噛んでも知らんぞ」
「心配どうもありがとう! でも何であたしだけなのかな? そもそも何であの女も一緒なわけ!」
何でお前はこういうとき彼女面なわけ?
彼女にするならお前よりシルフィが良いんだけど。それ以前に何でお前はユウを対等に見てるの? ユウはお前より年下。少女とかガキ扱いするならともかく、女扱いする年頃ではないと思う。
まあ俺からすれば、アシュリーも女扱い出来ない。
別に年下が嫌だとか言うつもりはないし、アシュリーの見た目は幼さが抜けきっていない部分はあるが大人だとは思う。
それに正常な男なら誰しも一瞬くらい目が行っちゃいそうなものをお持ちだ。ただ精神的に幼いので女として見れないのである。
「理由ならふたつある」
「ひとつめは!」
「流星石を含め採取する魔石の量が不明だからだ。お前が馬鹿力なのは知ってるが、量によって持ち替えれない可能性も出てくる。ならユウが居て困ることはない」
「さらりと貶された気がする……ふたつめは?」
「今回はこれまでと違って数日で帰って来れる距離じゃない」
国境付近まで早馬なら1日も掛からないだろうが、普通の馬車では2、3日は必要になる。食料などの補充のために少し遠回りをしないとならないからだ。
国境付近から目的地である山脈に向かうことを考えるとさらに数日。天候次第では移動速度が落ちたり、足止めを食らうだけに行きだけでざっと1週間は必要だろう。帰りも考えれば単純計算でも2週間だ。
「国からの勅命なら機密もあるだけに留守番してもらうが、今回はあくまで採取のついでに頼まれたことだ。それに立場上は保護者代理みたいな感じだからな。長いこと家を空けると世間的にも良くない」
まあそれ以外にもユウのためでもあるのだが。
今ユウの行動範囲は俺の家を中心にしたエストレア王国で田舎扱いされる場所だけ。人混みなどは中心部の方に行けば慣れるだろうが、この国に来た経緯が経緯なだけに彼女には土地勘がない。
今後のことを考えるとこの国の土地勘を養っておいた方が良い。そう思ったが故に今回連れてくることにしたのだ。
これは余談というか蛇足になるかもしれないが、ユウは子供でも獣人。人間より優れた身体能力を持っている。それだけに危ないから来るな、と言っても逆に噛みつかれて面倒になるだけ。そう判断したのは否定しない。
「まあそれはそうかもしれないけど……あたしの知るルーくんは世間的に良いイメージがあるようには思わないんだけど」
「そりゃあお前の振る舞いが悪いからだろ。ルークは愛想が良いとは言えねぇけど、近所の人達からは信頼されてんだからな」
「あたしはルーくんと話してるの。しゃしゃり出てこないでくれる?」
「あ? 別にオレが説明したところで問題ねぇだろ。てめぇはルークから蔑まれたい変態かよ」
「なっ……このチビガキ!」
「んだよバカ女!」
小娘共は互いの手を握り合って取っ組み合いを始める。
あちらの世界で考えれば、小学生相手にムキになっている高校生に等しい。ただアシュリーは人間、ユウは獣人。このことを冷静に考えてみると、人間なのに魔法による身体強化もなく子供とはいえ獣人と競り合っているアシュリーは……
いや、ガーディスやエルザと筋力バカはアシュリー以外にも居るか。
この世界の住人をあちらの世界の物差しで考えるのはよろしくない。考えるとすれば、何故こいつらはこうもワンパターンの繰り返しに飽きないのかということだ。
「おふたり共、馬車で暴れると危ないですよ。何よりこれ以上騒ぐとルーク殿に怒られます」
「ぐぬぬぬ……」
「がるるる……」
不本意ではあるが雷が落ちても困る。今回はここまでにしといてやる。
そう言いたげに数秒威嚇し合った少女達は盛大に顔を背けた。その様子だけ見ていれば年の離れた姉妹がケンカしたようである。
しばらく顔を合わせないと相手のことが気になるくせに、顔を合わせるといがみ合ってばかり。
こいつらって似た者同士で同族嫌悪しているだけではなかろうか。それかケンカするほど仲が良いっていう典型……口に出そうものなら絶対に噛みつかれるだろうな。下手すれば言葉通りの展開も在り得る。本当こいつらが一緒だと面倒臭いことこの上ないな。
「ルーク殿、馬車の手綱変わりましょうか?」
「いやいい。むくれてる小娘に絡まれやすくなる」
「そういうことを言うから絡まれるんですよ……アシュリーとはきちんと話しておいた方が良くないですか?」
その問いかけに否定の言葉は返せない。
シルフィやユウが居ることもあって普段のように騒がしい振る舞いをしているが、俺とふたりだけになればおそらく態度は変わる。
シルフィの前で気まずい空気を出した覚えはないが、シルフィは俺よりも遥かにアシュリーと付き合いがある。俺では気づかない微妙な変化も感じ取れるのだろう。
店主と客。それくらいの関係で今後の付き合いが続くのならば無理をして話す必要はない。だが……
「……そうだな」
魔人や黒衣の男などの一件に俺とアシュリーは最も遭遇している。
それだけに俺はエルザが俺達をエサに何かしら連れたらと考えているように思えてならない。
流星石を取りに行くついでに敵勢力の捕縛や討伐。現状の目撃情報だけなら俺ひとりでも足りる可能性もある。ノーリアスの兵士とのいざこざや護衛を考えても騎士団長であるシルフィを付ける必要はない。
そもそもアシュリーが対人戦が苦手なことは報告が上がっているはずだ。
それなのにアシュリーを連れて行けということは、俺と一緒に居させることで敵を釣る囮になる可能性が高くなると踏んだからではないのか。
そう考えれば、安全の確保するためにシルフィという国内でも最大戦力の一角を護衛に付けたのも頷ける。
あくまで俺の想像ではあるが……エルザならば平気な顔でやりかねない。
あいつはエストレアの女王。10人中9人を救えるならば1人を犠牲にする。そういう決断をする。そういう決断が出来る女だ。裏でどんなに罪悪感を覚えながらも表には出さない。
故に今後も俺はアシュリーと共に何かしらやらされてもおかしくはない。となれば、微かなわだかまりが原因で不慮の事態が起きてしまうことも十分に在り得る。そのリスクを少しでも下げれるならば、大人として面倒だとか億劫だとか言っていられない。
「機嫌が直ったら話せるときに話すさ。何日も寝食を共にするわけだし、どこかしらで時間はあるだろうからな。ただ……今すぐはやめておく。不機嫌な時に話しかけたら話を聞いてくれない気がするからな」
「アシュリーのことよく分かってますね」
「まあ昔のお前と違って素直な奴だからな」
「う……もう、何でここで意地悪するんですか。そういうところがなければ、周囲ともっと良い関係を築けるでしょうに」
そう言って唇を尖らせるシルフィの姿は素直に可愛いと思った。
ただあの生真面目で表情ひとつ変えなかったシルフィが、子供じみたことをしていると思うと笑いも込み上げてくる。
「ルーク殿、何を笑ってるんですか?」
「別に」
「別にって……絶対何かしら思ってますよね?」
あまり顔に出したつもりはないが、付き合いが長くなれば多少なりとも感づかれるか。
「大したことじゃない。お前も変わったなって思っただけだ」
「それ……どういう意味ですか」
「さあどういう意味だろうな」
「誤魔化さないでください。そういうのが意外と私にとって心労になったりするんですから……ルーク殿、聞いてます!」
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