第3話 「ポンコツさんとおバカさん」
居合い。
オウカの剣は概ねそれから始まる。
「せあッ!」
首元目掛けて飛んでくる木刀による横一線を屈んで避ける。
幼い頃から欠かさず剣の鍛錬を行ってきたと言うだけあり、その速さはまさに神速。抜かれると同時に動き出していては間に合わないだろう。
「まだまだ……!」
そこから流れるような動きで唐竹や横薙ぎ、突きなど様々な型へ繋がっていく。その太刀筋はどれも鋭く見事の一言だ。
だが……動きを先読みしていれば避けきれないものではない。
――何より……オウカの太刀筋は美しい。
俺の剣は戦場で叩き上げた云わば我流。故に俺はオウカのように純粋な武人というわけではない。
だが剣を除いても俺は鍛冶屋を始める際に、良い武器を作るためには武器の扱い方も知っておくべきだと思って一通りの武器の扱いを学んだ。
どれもこれも我流と言われたらそうなるだろうが、それでも太刀筋や体捌きを見ればある程度は分かる。
「さすがは
「いや、これでも必死だ。お前の太刀筋はどれも鋭い。しかもそれでいて綺麗だ」
だからこそ、俺はオウカの剣を避けられる。
オウカの剣は、俺のように命を奪うために鍛えられたものではない。心を奪うために磨かれたものだ。
剣の基礎を教えたのはオウカの父親だろう。だが彼女は旅に出てからは武を使って命のやりとりをすることより、武を見せるものとして生活を送ってきた。
そのせいか、相手を斬るという想いが……心の踏み込みが半歩足りない。
俺は戦場でオウカ以上に鋭い太刀筋。命を奪うという明確な意思が込められた圧のある冷たい太刀筋を知っている。故に今の彼女の剣では俺には届かない。
「綺麗……め、面と向かってそのようなことを言われると照れてしまいまする」
「別にお前が綺麗と言ったわけじゃないんだが……」
「それはそうですが、某の剣は某の一部。故に綺麗と言われれば某が嬉しくなるのも当然のこと」
良い意味で言えば前向きなのだろうが……若干思い込みが激しそうで不安だ。
正直に言って、後先考えず行動して失敗するタイプに思えてならない。我が家に居る間に何か問題を起こさなければいいのだが……。
「魔剣鍛冶殿、手合わせ中に考え事とは迂闊!」
踏み込んできたオウカは迷わず手にした木刀を振り下ろす。
しかし、それを読んでいた俺は迫り来る木刀に自身の木刀を添えて受け流しながら巻き込み、真上にかち上げる。
それによってオウカの手から木刀は弾き跳び、回転しながら空を舞って地面へと落ちた。
「……見事です魔剣鍛冶殿! まさかこちらを油断させて引き込み反撃する思惑だったのは。某、とても勉強になりました!」
「……こいつ図々しいのか真面目なのか分からん奴だな。まあ総じて言えばバカなんだろうが」
「魔剣鍛冶殿、言いたいことがあればはっきり言ってくだされ。このオウカ、どんな罵倒でも受け止め糧にする所存!」
「今日はここまでって言ったんだ。そろそろ昼食も出来るだろうしな」
「え、ちょっ……待ってくだされ魔剣鍛冶殿。某も一緒に参りまする~!」
オウカは弾き飛んだ木刀を素早く拾い、家に戻る俺を追いかけてくる。
初日こそ図々しさが目立って面倒だったが、こういう時にちゃんと片づけをしようとするあたり悪い奴ではないのだろう。
が……何というかペットに付いて回られている気分にもなる。
一時的な居候であり、立場としては完全にこちらが上ではあるが、最低限人として扱わなければならないだろう。
何より……我が家は基本的に一人暮らし用の間取りしかない。
刀が出来上がって旅費が得られれば出ていくはずではあるが、なし崩し的にずっと我が家に居続けるような事態になることは避けなければ。
ユウはまだ子供であり家事などをきちんとしてくれているのではいいが……オウカは正直置いておくメリットがない。何故なら
「お、良いタイミングで戻ってきたな。配膳はオレがすっからお前らは食べる準備しといていいぞ」
「いえいえ、某は居候させていただいている身。故にユウ殿、某も手伝いまする」
「いらん! ルークならともかくお前は余計なことすんじゃねぇ。大人しく手洗って座ってろ!」
「そ、そんな~ユウ殿、某だってそれくらい出来まする。だから某に手伝いを。ユウ殿ってば~」
涙を浮かべながら懇願するオウカに対してユウは無視を貫く。
オウカがここで暮らし始め早数日。最初こそ掃除や洗濯、料理といった手伝いを彼女にさせていた。
だがさすがは武一筋で生き、尚且つ日雇いで金を稼ぐことを諦めていた女。
掃除をすればどこかしらに頭をぶつけたり、触る必要がないものまでやろうとして散らかしてしまう。
洗濯をすれば洗っている際に力が強すぎて衣類を破いてしまったり、干そうとした時に足を滑らせてまた汚してしまう。
料理は刃物の扱いこそ慣れているが、最近料理に凝っているユウからすると適当に切られるのは我慢できないらしく、また配膳の時にこぼしたりしていたので厨房への出入りを禁止された。
それ故……オウカへの認識は、ただ飯を食らいで剣の手解きだけしてもらっているポンコツなのである。
まあ用心棒くらいにはなるかもしれないが、騎士団の見回りは例年より強化されている。それに俺やユウも人並み以上に戦えるのが現実だ。彼女が必要かと言われたら……言わなくても分かるだろう。
食卓に料理が並ぶ。
今日の昼食は米に焼き魚、それに野菜炒めと汁物とシンプルながらバランスの良い品揃えだ。食前の挨拶を行い、それぞれ食べ始める。
「ぐす……今日も美味しいです」
「泣きながら感想言うのやめろよな。何か飯食いにくいだろ」
「泣いてはおりませぬ。某は悲しいんでいるだけなのです。ユウ殿は少し某に冷たすぎます」
まあ少々手厳しい気もするが、最近家事全般を行っているのはユウ。オウカの失敗は必然的に彼女に振りかかるわけで、失敗ばかりしたのだから厳しい扱いを受けるのも仕方はないようにも思う。
「オレはルークほど甘くないだけだ」
ユウよ、別に俺は甘くしているつもりはないぞ。むしろ先にオウカをここに置いてやれ、剣を打ってやれと言ったお前の方が甘いと思う。
それに……今ではあれだがお前もここに来たばかりの頃は似たようなものだったからな。だから俺はお前ど苛立ったりしていないだけで。口に出すと騒がしくなりそうだからここは黙って箸を進めるがな。
「つうかさ、オレは掃除とか洗濯をするって条件でこの家に世話になってんだけど。それをお前にされたらオレが居る意味なくなるじゃん」
「某と一緒にすれば万事解決ではありませぬか!」
「一緒にするのは嫌だって言ってんだろ……お前さ、もう少し自分のポンコツさ理解した方がいいと思うぞ。もう子供じゃないんだし」
子供は時として残酷である。
ユウの言葉は真っ直ぐオウカの心を射抜いたらしく、オウカは目から涙を溢れさせる。
ただ「ご飯がしょっぱいです……」と言いながらも箸を進めているあたり、表面的なダメージしか受けていないようだ。
というか、会ったばかりの頃の冷静沈着な顔はどこに行った。
今見せてるのが素なんだろうが、それでもこの数日で色々と剥がれすぎだろ。まあいかにも出来ますってオーラ出されて失敗される方が嫌ではあるが。
不意に玄関のドアノブが回る。
この家にノックもなしに入ろうとする者など俺とユウを除けば限れた人間しかいない。
「ルーくん入るよ~」
そう……この国の騎士であるアシュリー・フレイヤ様だ。食事中というまた何とも嫌なタイミングでやって来たものだ。
ただでさえアシュリーは、あまりユウと良い関係を築いていない。それに加えて、今はオウカというポンコツ侍まで居る。食卓にあるものが宙を舞うような事態になってもおかしくないだけに頭は重くなる一方だ。
「入っていいって言う前に入ってくるな」
「まあまあ、あたしとルーくんの仲じゃない。気にしない気にしない」
「バカ女、お前騎士だろ。騎士ならそういうところちゃんとしろよな。お前は気にしなくてもルークやオレは気にするんだっつうの」
「うんうん、着実にルーくんみたいになってるね。今は子供だから見逃してあげるけど、あんまりあたしのことバカって言うとさすがに怒るよ?」
すでに噴火する直前の怒気を隠すような笑みを浮かべていますが、それはもう怒っていると言えるのではないでしょうか。
というか、今日はあなた何しに来たの? 世間話しに来ただけならさっさと帰ってくれないかな。俺も食事くらいゆっくり取りたいし。
「いったい何の用だ? 緊急の用件でもないなら今すぐ帰れ」
「ちょっ……何ですぐそういう言葉が出るわけ!? あたし最近は特に何もやらかしてないよね? ルーくんに迷惑掛けてないよね? そもそも緊急時以外ここに来ちゃダメとか聞いてない!」
そうやってすぐに騒ぐから来てほしくないんだよ。
休憩の時間を使ってここに来たのか、早く上がれる日なのか知らないけど、ここに来る暇があるなら自分の家に帰れ。その方が絶対心身共に休まるはずだから。
「というか、人がせっかく剣の代金持ってきたのに……」
「腹を立ててるところ悪いが、剣の代金に関しては悪いのは完全にそっちだぞ」
「うぐ……」
そこで怯むなら最初からケンカ腰になるなよ。
本当にお前は相変わらず感情のままに動く奴だな。そんなんだと後輩が入ってきた時に良い先輩になれないぞ。
まあアシュリーが後輩を支えるよりも逆にサポートされている構図の方がしっくり来てしまうのだが。ただこれを言うと腰にある剣に手を掛ける恐れがあるので胸の内に仕舞っておくことにしよう。
「ところで……」
「自分が不利になった途端に話題転換かよ」
「あのねユウ……こういう時にそういう茶々は入れない! あたしでも傷つく時は傷つくから。あ、先に言っておくけど返事はしないで。話が進まなくなっちゃうし」
お前……何か前より自分勝手になってない?
さすがにあのエルフには劣るけど、前はもう少し相手との掛け合いと大切にしてたよね。本音を言えばどうでもいいけどさ。
「じゃあ気を取り直して……ねぇルーくん」
「ん?」
「さっきから気になってたんだけど……そこで一緒にご飯食べてる女は誰?」
前から気になってたんだけど……何でお前ってこういう時、いつも彼氏の浮気現場に出くわした彼女みたいなトーンで質問してくるわけ?
「これは失礼致した。某はオウカ、己が武を高めるために世界各地を回っている。だが今は訳あってここに世話になっている身だ」
「訳? 世話?」
「うむ。先日使っていた刀が折れてしまってな。故に魔剣鍛冶殿に新たな刀を打ってもらおうとここを訪ね、それが完成するまで魔剣鍛冶殿のご厚意でここに寝泊まりさせてもらうことになっている」
オウカさん、その言い方だとまるで俺からこの家を宿にすればいいと言ったように聞こえるのですが。
え、そんなつもりはない? いやいや仮にあなたにそういう意思がなくても今話してるおバカ騎士さんはそういう風に解釈するからね。おバカ騎士さんの中では、こういうとき俺は悪者扱いされるし。
「へー……あのルーくんがねぇ」
輝きを失った目でこっちを見るな。
そもそも何でそんな目を向けてくるんだ。今ここにはお前の大好きなシルフィはいないし、話題にすら出ていないだろ。暗い炎の宿った瞳を向けられる理由はないはずだ。
「それに空いた時間で剣の手解きも受けている」
「ほ~……あたしにはそういうことしてくれたことないのに。突然現れたこの人にはそういうことするんだ。ルーくんってこういう女が好きだったんだ。ふーん……へー……」
「オレが言うのもどうかと思うけど……バカ女、お前何でそんなにルークの女って感じ出してんの? お前ルークのこと好きなのか?」
「なななななな何言ってくれちゃってんのかなこのワンコ!? べ、別にルーくんの女になった覚えとかないし。そういう感じも出してないし! ルーくんが好き? わ、笑わせないでよね。誰がこんな愛想悪くて、口を開けば毒ばかり吐いてるような男……すす好きになるわけないでしょ!」
あぁそうですか。
俺もお前のこと女として見てないし、別に好きと思われてなくても構いませんよ。俺達はあくまで鍛冶職人と客。剣の代金さえもらえれば成り立つ関係だからね。
「そ……そっちのあなたも勘違いしないでよね! あ、あたしは本当にルーくんのことなんて何も思ってないんだから。今日も剣の代金を渡しに来ただけで。あわよくばお昼ご飯もらえるかなとか期待したりしてないんだから!」
こいつ……本当に騎士を続けても大丈夫だろうか。
何かそのうち騎士団内部の機密とか漏らしたらダメな相手に漏らそうで凄く不安だ。平和や民のことを思う心は立派でアシュリーの長所ではあるが、多少は仮面を使えるようになるべきだろう。アシュリーには無理難題かもしれないが。
「というか……あたしが話してるんだから全員箸くらい置きなさいよ! あたしの話は催し物前の余興でも音楽でもないんだからね!」
「ユウ、悪いがおかわりもらえるか?」
「わぅ」
「ユウ殿、出来れば某にもおかわりを」
「てめぇは自分でしろよな……やっぱいい、嫌だけどオレがする。汁やらひっくり返されても困るし」
「お前ら、人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
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