2章ー1部 ポンコツ侍と魔剣鍛冶

第1話 「只者ではない客」

 アシュリーが復帰して1ヵ月程が経過した。自分なりの覚悟を持てたからか仕事の方は順調のようである。

 それに比例してあまりここ鍛冶屋《アタラクシア》に顔を出せていない。

 前に来た時にそう愚痴をこぼしていたが、正直こちらとしてはありがたい限りだ。世間話したいだけなら他を当たれ。俺にもやることはあるのだ。

 我が家の居候であるユウはというと、大分人間への警戒心も薄れてきたらしく近頃はよく近所の農家の手伝いなどに行っている。まだ都市部の方に行くのは抵抗があるようだが、そう遠くない未来に足を向けるのではないだろうか。

 俺に関しては言うまでもないだろう。


「……ふぅ」


 額に溜まっていた汗を服の袖で拭う。

 農家から依頼された農具を作りながら生活費を稼ぎ、合間を見て魔剣グラムを打つ。そんな毎日を相変わらず送っている。

 今日もいくつか魔石の組み合わせを試してみたが、良い結果は得られなかった。

 魔石には大きく分けて2種類ある。ひとつは断魔鋼のように魔石そのものに効果があるもの。もうひとつは風刃石や裂炎石などのように魔力に反応して効果を発揮するものだ。

 俺が神剣を超える魔剣のベースとして選んでいるのは、魔を断つ性質を持つ断魔鋼。

 魔力に反応して効果を発揮する魔石を数字的にプラスだと考えるならば、断魔鋼は魔力がなくても効果を発揮しているのでゼロ……


「いや……魔力などを断ち切ってしまうからむしろマイナスか」


 プラスとプラスを掛け合わせればプラスだが、プラスとマイナスを掛け合わせたらマイナス。

 そんな数学のように単純なものではないのだが、似たような性質を持つ魔石同士は組み合わせると比較的効果を高める可能性が高い。

 それを考えると断魔鋼と同じような性質の魔石を探すべきなのだが……あいにくそのような魔石はないのが現状だ。

 世界のどこかには存在しているのかもしれない。

 だがあの魔石バカであるエルフが見つけていないとなると、存在するにしても入手は困難に思える。故にまずは手元にある魔石で断魔鋼が強化または進化できないか試すしかない。


「……とはいえ」


 魔石を使った作業は、些細な間違いで何が起こるか分からないだけに普通の鍛冶よりも格段に精神力を使う。疲労のある状態で行うのは危険なだけだ。今日はここまでにしてゆっくり過ごすとしよう。

 そう結論付けると片づけを済ませて工房を出る。

 工房の室温は他よりも格段に高くなってしまうため、少し気温が上がってきているとはいえ涼しく感じる。

 俺が住んでいるエストレア王国の気温は、1年を通して比較的一定で過ごしやすい日が多い。

 山脈や日差しのほぼ入らない深い森などは無論寒いが、魔物が潜んでいるだけでなく獣が生息している可能性も高い場所に理由もなく踏み入ろうとする者はいない。

 時期によって温暖差が激しいと言われる東方の島国や、大陸の北南端にある国より格段に過ごしやすい国だと言える。他所から移住してくる者が少なくないのもそれが理由だったりするのだろう。


「今後どうなるかは分からないが……」


 魔人が確認されてからというもの騎士団の捜査は今も続いている。

 現在分かっていることは、新しい魔人には活動を長期化できるように埋め込まれた核があるということ。それは定流石を基準に様々な魔法などを用いて制作されたであろうということ。

 そして……ヨルクを逃亡させた人物と先日捕まえた傭兵の少女に彼の護衛を頼んだのが、同じ人物の可能性が高いということだけだ。

 最後のは先日捕らえられた傭兵の少女に聴取したことで浮上した。

 しかし、長年傭兵として生きてきた彼女は身元の分からない相手の依頼を受けてきたらしく、詮索するような真似はしなかったらしい。

 つまり捜査が動きそうな情報は得られていないというわけだ。


「もしもまたこの国で魔人が現れ、これまで以上の規模で事件が起これば周囲からこの国は危険だと思われるだろう……」


 そうなれば移住だけでなく物流にも影響が出るかもしれない。そこまで事態が進めば、人々の生活にも影響が出るのは間違いないのだ。

 現状あれからこの国だけでなく、他国でも魔人や理性の壊れた本能の化身……通称《魔獣》も確認されていない。

 それはせめてもの救いではあるが、《魔獣》に関しては獣化に類する何かを魔人に行ったのでは? くらいしか分かっていない状態だ。

 ヨルクの死体の解剖や研究は、現在も進んでいるらしいが成果が出るのはまだまだ先になるだろう。

 今も水面下では何かしら起きているのかもしれないが、表立った動きが確認できない。

 故に俺のような一般市民は普段どおりの生活を……自分に出来ることをやるしかないというわけだ。もどかしさを感じないわけではないが、騎士団が動いている以上は任せるべきだろう。下手に動けば混乱を招くだけなのだから。


「……はぁ」


 こんなことを考えていては鍛冶から離れても休みにならない。

 久しぶりに本でも読んでゆっくりするか。

 ユウが来てからは空いた時間で料理とかを教えることが多かったし、ここ最近は一段と鍛冶に打ち込んでいたからそういう時間はあまりなかった。たまにはのんびりするのも悪くない。

 本棚から適当に1冊手に取り、窓際のロッキングチェアに腰を下ろす。

 これまではこういう時に限ってあの騒がしい騎士様が来襲することが多かったが、最近の仕事ぶりを考えればそれもないだろう。

 もし仮にあったとしても大方その場合は緊急事態だ。

 それで騒がれるのは情報伝達の意味で困りはするが、ここに来ること自体を咎める理由にはならない。

 俺は立場的には一般市民でも何度も魔人に関わった。また考えられるケースは最悪世界規模になる。突然蚊帳の外にされるのも癪だし、何かあれば力になるつもりだ。

 たとえ英雄としての名は捨てても英雄達が守ったこの世界は守りたい。それがあの戦いで生き残った俺が出来るせめてもの手向けだ。


「お~すルーク、今帰ったぞ~」


 元気な声と共に現れたのは、大量の野菜をかご一杯抱えたユウである。今日も農家の手伝いに行っていたのでそのお礼にもらってきたのだろう。

 近所の農家とは俺が鍛冶屋を開業した頃からの付き合いだが、ユウが手伝いに行くようになってからお礼やお裾分けの量が増えた気がする。ユウが直接的な交流を行っているのが主な理由だろうが、単純にこのへんにはユウくらいの子供はあまりいないのでみんな何かしたいのかもしれない。


「またずいぶんともらってきたな」

「わぅ! オレはいいって言ったんだけど持ってけって譲らなくてさ。まあでもこれでしばらく野菜には困らねぇな」


 ユウは幼い頃から旅をしていたこともあって基本的に好き嫌いはない。ただ味の好みはあるので、野菜よりは肉の方が好きなようだが。

 せっせと野菜を運ぶユウの顔は実に嬉しそうだ。

 その理由としては農家の人達に可愛がってもらっているのもあるだろうが、何より料理にハマっているからだろう。

 最近ではひとりで作ることも増えてきているし、日に日に家庭的な女性へと成長している。まあ女性と呼べる年齢になるにはまだ何年も掛かるだろう。

 いつまでここに居るのかは分からないが、もしもその頃まで居るとすれば俺も十分におっさんである。子供からすればすでに20歳を超えている俺はおっさんかもしれないが。


「そういやルーク」

「ん?」

「鍛冶やってるかと思ったから待つように言ったけど、お前にお客さん来てるぞ」

「客? 農家の人か?」

「いや、このへんの奴じゃねぇな。剣持ってたし……何ていうかすげぇカッコいいけど堅苦しい感じの女だった」


 堅苦しくてカッコいい……。

 方向性としてはシルフィが浮かびもするが、ユウも彼女のことは知っている。故に外に来ているという客は別人だろう。

 剣を持っているということは武器でも頼みに来たのだろうが、ここを訪ねてくるのは俺の知り合いか知り合いから紹介された人物くらい。知り合いの多くは騎士として働いているはずなので可能性としては後者が高いだろう。

 とはいえ、考えてばかりいても仕方がない。客だというのならまずは会って話してみるべきだ。

 ユウに会うと伝えると彼女は玄関を開けて客に入ってくるように呼び掛けた。そのあと素早く厨房の方へ行くとお茶を淹れ始める。何とも出来た居候である。


「失礼致す」


 また珍しい客が来たものだ。

 入ってきた女性の身長は170センチ近くありそうだが、背筋がとても真っ直ぐなためか見た目以上に高く見える。紫色を帯びた黒髪はポニーテールにしてあり、毛先は腰ほどまで垂れている。それが身長を高く見せている要因のひとつかもしれない。

 着物のような彷彿とさせる衣装の上にコートを羽織っているが、女性らしいラインはしっかりと見て取れる。さすがにあのおバカ騎士ほどではなさそうだが……着痩せしている可能性は否定しない。

 表情や佇まいは冷静沈着そのものであり、腰に差している刀は見た限り業物に見える。醸し出す雰囲気といい只者ではなさそうだが……


「お初にお目にかかる。某はオウカ、其方が魔剣鍛冶グラムスミス殿だろうか?」

「ああ。ルーク・シュナイダーだ……まあ立ち話もなんだ。適当に座ってくれ」


 何にせよ……まずは話を聞いてからだな。




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