第6話 「騒がしい組み合わせ」

 ユウと口を利くようになってこれまた数日。

 これといって何事もなく平和な時間が過ぎている……とは決して言えない。

 俺はしばらく居候させる条件としてユウに対し家事や掃除の手伝いを要求し、彼女もこれを承諾した。傷の具合も大分良くなったようで毎日何かしらやってくれている。

 だが掃除中に虫を見つけ、それと格闘している間に散らかしてしまう。食器を洗っている時に皿を割ってしまう。

 といった具合に現状だとユウが何かする度に一手間増えてしまっている。なので食器類は木製のものに買い替えることにした。それなら古くならない限りはそうそう割れることはない。


「悪気がないのは分かるんだがな……」


 どうにも張り切り過ぎというか、やる気が空回りしている感じは否めない。

 居候させてもらうからには役に立とうとしているのだろうが、あまり家事などの経験がないように見えるだけに適度にやって欲しいと思ってしまう。

 とはいえ、ユウはここに来る前……奴隷商人に捕まりそうになる前は、世界のあちこちを旅して回っていたらしい。

 幼い頃は両親と一緒だったようだが、魔竜戦役の時代に父親はユウとユウの母親を守って戦死。ユウの母親も少し前に病気で亡くなったそうだ。

 自給自足な生活をしていたようなので家での生活に慣れていないのは無理もない。

 また人間である俺の家に居候しようと決めたのは頼る相手がおらず、帰る場所もないのが理由だろう。

 だがその他に人肌が恋しいからというのも理由なのではないだろうか。

 老いの早さは種族によって異なるだろうが、ユウはまだ10代前半。俺の半分ほどしか生きていない子供だ。寂しいといった言葉は口にしていないが、普通ならまだまだ甘えたいと思う年頃だろう。


「どりゃりゃりゃりゃ……!」


 外からユウの声が響いてくる。

 現在ユウは家の周りの草取りをしている。夏に向けてどんどん雑草が増えるだけに、今の内に駆除しておこうと思って頼んだのだ。草取りなら何も壊れる心配がないというのも理由ではある。

 それにうちには畑や花壇とかもないからな。

 間違って何かを抜くなんてこともない。今後のことを考えると、家庭菜園といったものに手を出すのもありではあるが今は鍛冶だけで十分だろう。収入には特に困っていないのだから。


「あぁもう! 全然終わんねぇ~!」


 窓から様子を窺うと盛大に抜いた草を空へばら撒いていた。

 単純な作業なだけに飽きてしまうのも無理はない。興味を持つ作業でもないだけに子供ならなおさら飽きるのも早いだろう。

 今日はここまででいい。

 そう声を飛ばそうとしたが、ユウは大きく一度息を吐くと散らばった草を集め、また生えている雑草を取り始めた。

 出て行けと言われないためなのか。元々そういう性分なのか。

 何にせよ見ていて悪い気はしない。だから俺も失敗しても特に叱ろうと思わないのだろう。


「さて……俺は読書でもするか」


 急ぎの仕事は入っていないし、ユウのために早めに作るにしても昼食の時間にはまだ早い。ここ最近は何かとゆっくり出来る時間がなかった。それだけにのんびりしても罰は当たらないだろう。

 そう思った直後。

 家の扉が力強く数回叩かれる。

 鍛冶屋を始めたばかりの頃は腕も未熟だっただけに不満を言いに来る客も居たが、今ではそういう人間はほぼいない。

 酔っぱらいでも訪ねてきたか。それとも荷物を持って力んだ状態にある人間なのか。

 どんな人間が来たのかは分からないが、客である可能性があるだけに扉を開けるしかない。たとえ嫌な予感が胸の内にあったとしても。


「…………」

「待て待て待てーい! 何で黙って閉めようとすんの。あたしも気さくな挨拶とかは期待してなかったけどさ。無言での対応はいくら何でもひどいと抗議したい!」

「帰れ」

「直球過ぎ!」


 何か言えと言ったから言ったのに我が侭な。

 大体何でこの騎士様は、俺がゆっくりしようと思った時に限って現れるのかね。もしかして狙ってるのか、わざとやってるのか。もしそうならぜひとも絶交したい。


「ねぇルーくん、何で扉を閉めようとするのかな?」

「家に入れたくないからだが?」

「何で入れたくないのかな?」

「言わなくても分かるだろ?」

「分かんないから聞いてんの! シルフィ団長からの届け物もあるんだから中に入れ……きゃっ!?」


 俺が扉から手を放した瞬間、拮抗を失ったアシュリーは盛大に体勢を崩して尻餅を着く。


「あいたた……もう、何で急に放すの!」

「中に入れろって言ったのお前だろ」

「そうだけど、そうじゃなくて! あぁもう、あたしの言いたいこと分かってるくせに!」


 そりゃ分かってますよ。

 でも何ていうか、若干彼女面したような感じで突っかかるのだけはやめてもらっていいかな。俺とお前は断じてそういう関係じゃないし。


「ところで……さっきから見えてるぞ」

「何が!」

「言っていいのか?」

「だから何が……って、あわわわわ!?」


 アシュリーは顔を茹ダコのように真っ赤にしながらスカートを押さえつける。

 機動性重視の思想でもあるのか、この国の女騎士の正装は布面積が少なめだ。防具なども胸当てや肩といった要所にだけ身に付けている者が多い。

 まあ常に全身を鎧で覆っている騎士なんて民間人からすれば近づきにくい。民間との距離を近づけるためにも極力相手を威圧するような恰好を避けているのだろう。


「ルーくんのバカ、エッチ、変態!」

「足を開いたままで居たお前が悪い。それにお前なんかに欲情しないから安心しろ。あとお前も数年すれば20歳だろ? もう少し色気のある下着を履いた方がいいぞ」

「色々と余計なこと言わなくていいから!」


 大体今のセクハラだかんね。

 と追撃してくる。確かに今回においては正論だと認めよう。セクハラなんていうあっちの世界の言葉がここでも認知されつつあるのだと感心もするが。

 それだけ異世界の人間がこの世界に召喚され、世界を救ってきたってことか。まあ中には事故で召喚された奴も居るかもしれないが……あれこれ考えるのはやめておこう。考えたって現実がどうこうなる話じゃない。


「まったく……こうして顔を合わせるのも久しぶりなのに何で会って早々こうなるかな」

「相性が悪いんだろうな」

「なら少しは良くする努力をしようよ!」

「そんなことより届け物って何だ?」

「どんだけ年下相手に大人気ないの! あぁもう、これよこれ!」


 押し付けるように渡されたのは布袋だ。持った感触は軽く柔らかい。

 いったい何が入っているのか。そう思考を巡らせ始めた瞬間、あることをシルフィに頼んでおいたのを思い出す。


「あぁ……もう用意してくれたのか。助かった。そうシルフィに伝えておいてくれ。じゃあな」

「だから待てーい!」

「……何だ?」

「そのもう用は済んだろ、みたいな目はやめてもらっていいかな。あたしの用はまだ終わってないから!」


 他にも用があるというのか……面倒臭い。


「剣の代金を持ってきたのか?」

「違う! いや、それに関しては追々払うつもりではいるけど……そうじゃなくて。何でルーくんがそんなものを必要とするわけ!」

「……お前、中身見たのか」

「そそそそそれはその、興味本位というか……危ないものとか入ってたらあれだし。念のために確認しておいたほうがいいかなって」


 自分が尊敬する団長から渡された物だろうに。

 俺への届け物だから編み物でも入ってるとでも思ったのか?

 確かにシルフィなら寒くなったりすればプレゼントしてくれそうではあるが、今はまだそんな季節じゃないぞ。


「そんなことより! 何でルーくんが女の子用の衣類を必要とするわけ? ま……ままままさか!?」

「違う。何を考えているかまでは分からんが絶対に違うからな」

「嘘つき! 小さい子が好きなんでしょ。そうなんでしょ。だからあたしに対しても欲情しないんだ!」


 いや違うから。俺は別にロリコンじゃないし。年齢的に父性での感覚はあるから可愛いとか思うことはあるけど、性の対象としては見てないからね。

 あとお前に関して欲情しないのは言動のせいだ。身体つきはエロいのは認めるが、正直中身が問題でそういう対象として見れん。

 言うなれば、お前は異性と距離感が近いせいで異性として意識されにくいタイプなんだよ。


「もういいから帰れ発情騎士」

「別に発情とかしてないし!」

「ル~ク~、いつまで草取ればいいんだ……よ?」


 騎士と獣人の視線が重なる。

 互いに互いをつま先から頭のてっぺんまで観察し、ほぼ同時に行動を起こした。


「ちょちょちょっとルーくん、この子誰!?」

「おおおおいルーク、こいつ誰だ!?」

「獣人の子供みたいだけど……やっぱり、やっぱりそういうことなの!?」

「こいつ剣持ってやがるぞ!? もしかしてオレのこと捕まえに来たのか? やばい、やばいって!?」


 声量の加減もなく感情のまま言葉を吐き出すふたりに俺の耳はパンクしそうになる。


「ふたりともとりあえず落ち着……」

「ちょっルーくん、何であの子ルーくんのシャツ着てるの!? ルーくんってそういう趣味なの? 性癖なの? あたしはルーくんを取り締まるしかないのかな!?」

「その必要はない。というか、何で剣に手が伸びる。言っておくが今の俺は丸腰だぞ」

「ルーク、お前もしかしてオレのこと売ったのか! 少しは良い奴かと思ってたのに!」

「売ってない。こいつは俺の知り合いで届け物を持ってきてくれただけで……」

「ルーくん!」

「ルーク!」

「……お前ら、人の話聞く気ないだろ」



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