前菜『小魚の油漬け・蛇のポアレ・たてがみのタタキ』
耕助は突き出しをゆっくりと食べ終えた、しっかりと味わい堪能する。干し貝の蒸し物、野鳥の煮こごり、葉物野菜の油炒め、なかなか手の込んだ料理であった。それぞれ個性のある味わいで突き出しのレベルではない。
女中がカートを押してテーブルへと歩み寄る。
「前菜をお持ちしました」
「今の前菜じゃ無いの」
耕太が尋ねる。
「突き出しって最初に食べる酒のつまみのようなものだ。格式あるコースには突き出しと前菜が分かれて出てくる。もっともこのコースで出てくる順番ってのはフランス料理のものだからこの世界で同じかはわからないが」
倉田が説明する。倉田がフレンチを知っていることが耕助には意外だった。
「倉田さん、フランス料理にも明るいとは。全く想像してませんでした」
「嗜みですよ、嗜み。身分不相応ながら食事にはちょっとしたこだわりがあってね」
倉田は苦笑いする。そんなやりとりをよそに女中はプレートを配膳する。
「前菜はコッパのオイル漬け、ドナル蛇のポアレ、フヌバのたてがみのタタキでございます。量がございます、お残しになっても結構でございます」
女中が解説する。皿には三色ほどのムースが添えられている、それを付けて食べるのだろう。女中の言葉通り量が多い。
(確かシルタ家は客を満腹にするというのが家訓だったな、この前菜の量はそれを踏襲しているな。オイルサーディンは味が濃そうだ、後回しにしよう。蛇は食べたことないな、臭いと聞くがどうなんだろう)
耕助は蛇のポアレに緑のムースを乗せて一口食べる。蛇はサッパリとした白身の味、ウナギというより穴子に近い。ムースは山椒の様な香りでちょっと脂っ気がある。サッパリした肉と相性がいい。
「この蛇、穴子みたいで美味しい。緑のムースと合うぞ」
耕助は耕太に勧める
「蛇ってちょっと抵抗感あるけど、物は試しに」
耕太はポアレを切り分け、頬張る。しっかりと噛んで味わって喉を通す。
「穴子って食べたことないけどこんな味なんだ、へぇ。サッパリしてて美味しい」
「お前、穴子食べたことなかったのか、確かに北海道じゃ余り目にしないな」
穴子はやはり江戸前の魚ということだ、北海道ではあまり縁の無い魚かもしれない。
耕助は蛇を半分ほど食べて、あとは残す。恐らくこれから大量の食事が運ばれてくるだろうと判断し、胃の余裕を空けておく。
次はフヌバのたてがみのタタキである。たてがみは馬刺しでも食べたことがある、文字通り馬のたてがみの部分で油ののったかみ応えのある部位だ。だがタタキでは食べたことがない。たてがみは茶色く焦げている、恐らく鰹のたたきみたいにあぶっているのだろう。
「タタキにはオレンジのムースがおすすめで御座います、辛みがありますのでご注意を」
耕助は女中の言葉通りオレンジ色のムースをタタキに乗せて食べる。
脂の味が口に行き渡る、だがあぶりの焦げた香りがしてしつこさを感じさせない。ムースは確かに辛かった、脂と辛みが合う。ぐにゃぐにゃとした食感は馬と変わらない。
「フヌバは軍用にも使える家畜だろう、食い物にしていいのか? 昨日もフヌバの肉を居酒屋で食ったが、そんなに流通しているものなのか?」
倉田が女中に尋ねる。
「おっしゃるとおり、殆ど食べることはありません。足腰が弱かったり、骨折したもの、気性が荒く騎乗に向かないフヌバが時折食用に回される程度でございます。本日の品は若い雄の暴れフヌバの肉でございます。騎乗は出来ませんが元気な個体ですので味わいは飛び抜けて良いものになります」
女中は良く説明をする、料理に造詣があるのだろう。店員もしっかりと知識を持っていることに耕助は好感をもった。
「お酒、辛いものはありますか。脂と合うようなものを」
「ではスミナの蒸留酒をお持ちしましょう」
「蒸留酒って高いんじゃ? いいんですか」
耕太が尋ねる。
「その通りでございます。余りに高くどなたも注文されません。死蔵品ですし、家長ユミナより万全をもってもてなせとの命を受けております、お気になさらないでください。倉から黄スミナの十二年物をお持ちして」
ミラは若い女中に酒を持ってくるよう命ずる。
耕助はヘルサに目をやる、頬が上気している。ほろ酔いのちょっと手前という感じだ。
「ヘルサちゃん、大丈夫?」
「もちろん、まだまだ飲めますよ」
ヘルサは断言した。
(そんな意味で聞いたわけじゃないんだけどな)
耕助は困惑する。
(ただ明日からまた禁酒生活が始まるしな、貴族の職務やらでヘルサは年相応の楽しみを知らない。おごってくれるって言うし今日は大目に見よう)
耕助は覚悟を決める。
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