人民解放軍

殺人の覚悟

 伊藤はジャガイモ畑の予定地を訪れていた。鈴石が去った後の農業の長、藤井も共にいる。また、王都と連絡を行うためにサラがついてきている。


 農業予定地は背の低いクマザサの様な雑草に覆われている。人力だけでは開拓は困難だ、素人でもわかる。だがペスタの斬撃魔導があれば容易に農地になるだろう。伊藤は直接斬撃魔導というものを見たことはない、だがその威力については藤井から聞き及んでいる。


「これだけ土地があればジャガイモ、スミナも植わさるべな」

 藤井が笹に覆われた土地の眺め呟く。

「そうだね、輪作も解禁するって言うからスミナとかも植えるだろう。まだ何を植えるとか連絡はないんだよね」

「まだこねぇ。ま、そのうち届くだろうよ」

「スミナ栽培について我々は門外漢だからこの世界の農民に教えてもらわないと」

 伊藤はブルの事を思い浮かべる。

(彼はスミナ栽培に通じているだろうか、それなら話は単純なんだけど)


「何でも元農業大臣の領地から農家が来るらしいよ。腕が立つとか、そいつらに任せればいいべ」

「ふん、農業大臣の領民なら詳しいか。何を植えるのさ」

「スミナを二種類、後は豆、ジャガイモ。豆は窒素対策だべ。広い農地が必要になるな、今の荘園じゃ足りない」

「そうだね。自由農民の普及には広い農地が不可欠だ。斬撃魔導で開墾しないと。人は集まっているんだもんね?」

「んだ。ダスクとかいう軍人さんが御触れを出したら集まったそうだよ」


 藤井は踵を返す、土地の視察はもう十分だということだ。ここまではフヌバの荷車でやってきた、といっても移民村から距離は離れていない。歩きでも十分移動可能な距離だ、が伊藤も藤井もそこそこの歳、アノン家が気を回してフヌバを回したのだ。

 一行は荷車に乗り込む、轍を進みはじめる。サスペンションなんか無いから振動が腰に響く。


 サラの手元が光る、転移魔導だ。

「こんなに揺れてる時に魔導文か、参ったな」

 サラはつぶやき、文に目を通す。サラというメイドは姉御肌だ。最初は借りてきた猫のようにおとなしかった、が、交流を重ねると次第に隠していた本性を表した。美乳の持ち主であり、とっつきやすい性格でS町一行からは高評価を受けている。

「二週間後に領主を招いてジャガイモ見学会を開くそうで。自由農民と輪作もそこで広めるという事で」

「ふむ。ここが踏ん張り時って訳か。農民に技術を教えても貴族様の理解が無ければ普及はできないからな」

 藤井は胸ポケットからメビウスを取り出し着火、旨そうに煙を吸い込む。


「準備、大変だろうね。なにせ全部の領主が集まるとなると…… 人手が足りないな。メイド増やさないといけないんじゃない」

 伊藤はサラに尋ねる。

「いや、貴族ってのは自分の威光を示したがるからね、沢山メイドを連れてくるだろうよ。多分問題はないんじゃない」

 サラは楽天的な見解を示す。

「なるほど。で、私達が何か準備しろとか書いているかい」

「うーん、しっかり農業技術の教育をやってればいいんじゃないかな。特に書いてないよ、前の農業大臣連れて明日帰ってくるって」

「そうか。早いね」


 伊藤は倉田を思い出していた、最大の敵にして紳士協定を結んだ奇妙な協力者でもある。

(倉田の口裏合わせが必要だ。早々にオラムは粛正しなければならない、いつ口を割るかわかったものじゃない。オラムをオルグしたのは失敗だった。貴族の落とし子、ただの貴族憎しだ。社会主義の理想も共有できていない。なにより落とし子ということは貴族となんらかのコネがある可能性がある、我々を売って報酬を受け取る、そういう筋書きもありうる)

 伊藤はオラムの粛正を決心していたが、実行は倉田の帰還をまっていた。アリバイ作りの協力をあおぐのだ、危険な橋を渡りたくは無い。


 伊藤に内ゲバの経験はない、そんなものは無益だと信じてきた。社会主義の理想を追う者同士協力するべきだと断じている。無論意見の違いはあるだろう、だがそんなものに拘泥していては強力な資本主義社会を倒すことはできない。

 だが、ここにきて伊藤は考えを改める。

(時として粛正は必要だったのだ、オラムの様な危険分子を内包していては革命は成就しないだろう)

 伊藤は初めての殺人に備え、覚悟を決める。伊藤は暴力革命も肯定している、だが日本にはマッチしないと考えその手段を放棄してきた。だが異世界に居る今、暴力は有効な手段である。伊藤は武力の行使を厭うことはない。

(きっと躊躇わずオラムを殺せるだろう)

伊藤はそう予測する。



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