ユミナとコリムと

「それで、私にどうしろと」

 コリムは全く以て礼儀やらを感じさせず尋ねる。

「糞尿から肥やしを作るのは手配済みなんだけど、それ以外にも養分を調達する手段が欲しい。なにせ発酵に失敗したらそれでお仕舞いだから、手段を多様化したいんだ」

「一つ一つ片付けていきましょうか。骨がリンを含むとか、それならば話は簡単――」

(墓荒らししろとか言うんじゃないだろうな)

 耕助は身構える、マッドサイエンティストは何を言うかわかったもんじゃない。

「パロヌ塩湖会戦の戦場跡地には大量のゴブリンの死体がある。それを活用すれば宜しい」

(思ったよりまともで良かった)

 耕助は胸をなで下ろす。


「でもゴブリンって生き物、全く知らないんですよ。植物にとって毒かも――」

「ご安心を。ゴブリンと人間を構成する要素に違いは殆どありません。なにせ主敵ですからね、それくらいは研究、分析しています」

 コリムは即答し、ため息をはく。

「この国が錬金術の発達を制限しているのはご存じで」

 コリムは眼鏡を中指でくいと押し上げる。

「ええ、平和の強制の為だとか。民草、貴族に力を与えたくないとか――」

「そうなのです! 錬金術は万人の為にあるもの、今次戦争でも多いに活躍すべき! なのに、全く理解されない! 魔導だけに頼ればいつか限界がくるのは目に見えてるのに! あ、失礼。これは王国への翻意ではありませんよ。で、カリは? どうやって生産するのです?」

「カリは…… 難しいな、元々含有量が少なかったから……」


「ジャガイモは酸性を好むと言いましたね、草木灰を使用した上で土壌改良するのは…… うーん、酸性物質の精製が間に合わない。カリは堆肥でまかなえない?」

(ついにため口になった!)

「仕方ない、そうしましょう」

「それで、窒素は?」

「窒素は豆科の作物を植え付ければ窒素固定されるのだけど、根粒を作る植物、そして窒素を分解する微生物に関して知識は?」

「わかりません。豆ならありますが。微生物ってなんです?」

「目に見えない、小さな生物。土の中に住んでて、物質を分解することで植物が利用できるように成分を変えるんです」

「目に見えない生物、ふむ。全くもってわかりかねます」

「時には病気の原因とかにもなる。この世界を思うと微生物の知識を与えた方が良いのだろうけど専門外だからなぁ」

「それは仕方ない。ふむ、拡大すれば見えるのならこの眼鏡と同じ原理で対処できるでしょう。まぁ、それも戦争が終わって仕事が減ってからの話」

 コリムは首を振る。


 ドアがノックされる、ヴェルディが顔を覗かせた。

「本家から肥やしが届きました。それとユミナ様がおいでです、お通ししますか」

「ユミナ爵! いつも難題を持ちかける!」

 コリムは悲劇を嘆くように天を仰ぐ。

「そういうお前は偏屈のコリムだな」

 にゅうとユミナが姿を現す。


「良いところに来てくれました、今養分の話をしていましてね。この世界の豆科食物って根粒を作りますか」

「根粒、根の瘤か。作るぞ、豆でなくともミギの飼い葉でも作られる」

(ミギ…… 山羊みたいな家畜だな)

「なら窒素は多分大丈夫。輪作でどうにかなるな…… 輪作ですが、この世界の作物を余り知らないので、どういう順番で作物を植え付けるか決めかねていたんですよ」


「ふむ、どういう理屈で植え付けていた?」

「私達は手っ取り早く農薬で連作障害を回避していました。その昔、西洋では主食の小麦、根菜、大麦、クローバーを一年ごと土地を変えながら植えていました。実際は麦の種類がもう少し増えて、根菜も違ったとか。でも私はそこまで歴史に詳しい訳ではないんです。まぁ、浅知恵から鑑みるにスミナ、ジャガイモ、スミナ、豆科、飼い葉でいいかと。スミナは複数種類あるんですよね」

「ああ、庶民の食う白スミナ、貴族が食べる黄スミナだ」

「ならそれを小麦、大麦に当てはめればいいか。人糞の堆肥を作れればなんとかなるかもしれない。窒素は時間がかかるけど既存作物でどうにかなる。リンはゴブリンの骨を焼いて、砕けば使える。堆肥はカリの含有量が多いし。でも、化学肥料と比べて収穫量は減るな……」

 耕助は思考をまとめるため、ブツブツと呟く。


「耕助よ、おちつけ。輪作の開始は長期的視野のもの、何年も先の収穫に関わるが直近の問題ではない」

「そうでしたね。長いスパンと短期的視点に分けないといけないか」

 耕助は熱くなった脳のほてりを感じる。水を飲む、ぬるいが幾ばくか体が冷え、すっきりした。

「堆肥作りはワシの領地で進めるよう話を回した。各地で堆肥作りに携わっていた農奴を領地に集める、クソもだ。加速魔導師さえおれば発酵は早くなるが。鈴石、煙草をもらえぬか」

 耕助は頷き、煙草を一は個手渡す。

「そこのメイド、炭を持て」

「畏まりました」

 ヴェルディが一礼、退出する。

(ヴェルディはシルタ家から来た女中だが、ユミナは名前を知らなかった。余程、女中を雇っていたんだな)

 耕助はそんな事を考えながら、煙草に火をつける。

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