棄却

 自由農民を普及させるための政策議論は振り出しにもどる。

 肝は貴族にジャガイモの生産性の高さを喧伝することである。ジャガイモの物納税の方がスミナの荘園よりも『儲けられる』ことを示さねばならない。


「アノン家が占有、結構良い案だと思ったんだけがな」

 ユミナは唸る。その案は耕助が占有権を持つという事実により棄却された。

「他に案をだしましょう、仕方がないです」

 耕助はユミナの肩を叩く。


「ジャガイモの生産性を喧伝する…… 移民団を太らせて返せばいいのでは」

 ヘルサが珍しく発言する、農政には関わる様子では無かった。専門外ではあるが、彼女なりに政治に参加するつもりらしい。

「シンプルですね、給食の量を増やしてですか」

「ええ、移民団は酷く痩せています。金家の元でまともな食事をとってなかった証拠です。太って帰れば領主もジャガイモの可能性に気が付くのでは」


「ふむ…… ジャガイモの生産性は示せるか」

 ユミナは考え込む。

「私は悪くない案だと思いますよ」

「そうだな、もう少しひねれば効果はありそうなんだなこれ、もう一ひねりほしい」


「農民がジャガイモの納税を渋ればどうです」

「駄目だ、手打ちものだぞ」

 耕助なり考えたのだがこちらの世界では通用しないらしい。耕助は次の案を出す。

「食糧のジャガイモを植え付けに回させればどうですか、移民団が自主的に生産量を増やそうという姿を見て貴族が気が付く、的な」

「ふむ、ふむ。悪くないが、作付けを行うだろうか。種芋を食べてしまうのでは」

「それはアノン家での収穫高を見せつければ解決すると思いますよ、なにせ十倍ですからね」


「ではその方向で動いてみようか。太らせる分の食糧は新たに供出ということでいいな」

「ええ、四百五十tの収穫がありました、多少の余裕はあると思いますよ」

「それから給食をさっ引いて、残ったものが十倍か。だがその量ではまだ心もとないな。なにせ補給せねばならないのは六十万の軍勢だ」

「六十万、多い」

「徴兵の結果だ、まともに使える兵士は限られている」


「前線でジャガイモ栽培は出来ませんか」

「無理だろう、種芋も食らいつくすぞ。後方で育てた方が確実だ」

 耕助の意見は棄却される。耕助はこういう相手を待っていた、一人で案を練るには限界がある。こうして意見を出して、聞いてくれる人間が必要だった。


「待てよ、今まではアノン家でもう一度収穫することで効率を上げようとしていました。でも各領地で二度目の作付けを行えばどうです、加速魔導をそれぞれの領地で行って収穫高を見せつけるのはイケるんじゃないですか」

「なるほど、それは良いかもしれない。多少効率は下がるだろうが」

 ユミナは賛同する。

「コルを各地に赴かせるのは難があります、体力的に一地域が限界です」

 今度はヘルサに棄却された、コルの体力を考えに入れていなかった。これも仕方ない。


「じゃあ領主を呼べばいいんじゃないですか、アノン家まで。次の植え付けがあります、その見学会を開くんですよ」

「アノン家の誘いとあれば断れないな、少し無理矢理だが」

「構いませんよ、ジャガイモを占有する悪名に比べれば楽なものです」

「じゃあそう言うことで、二度目の作付けは領主が集まるのを待って開始しましょう」

「そう伝えます」

 ヘルサは筆をしたためる。


「それで次の作付けで四百五十tが四千五百tになる訳か。ふむ、加速魔導を使えばすぐか。それを各家に分配、自由農民制度を使って農奴の士気を高め一気に普及させると」

「そう単純にはすすまないんですよ、肥料の問題があります。十倍の収穫は最高のコンディション、化学肥料、農薬を使っての算段です。この世界では肥料は何を使っていますか」

「堆肥だが、フヌバの糞は肥料に使えん。量は限られるし、肥料の生産を行っている家が限られる」

「人糞は使ってますか」

「いいや、捨てている。なに、人糞も使うのか鈴石の世界は」

「かつて、ですよ。今は鉱石を元にした肥料を使っています」


「人糞、前線からも集め集中管理で堆肥にしましょう。錬金術師とか言う人と化学肥料の生産については話合いますがうまくいくかわからない、堆肥ならまだ再現性が高い」

「錬金術師に頼るか、血の連盟もそろそろ限界ですな」

 ユミナは煙草を吹かす。

「まだ血の連盟の仕事は終わりではない。むしろ魔王討伐が終了した後、平和を保つには血の連盟が必要不可欠です。なにせ五十万の兵を平和的に帰農させねばならない、兵力を増した金家の叛乱を防がないと」

「楽観的ですな、魔王が倒せると」

 ユミナは煙草をもみ消し、茶をすする。


 魔王、ゲームもアニメも嗜まない耕助には想像がつかない。魔王、かつて人間だったものと聞いている。

「ええ、人類の叡智をかき集めればかならず」

 ヘルサはどこか確信めいたものを持っているようだ。

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