出立
小屋はフヌバに曳かれ走る。ゴルムの加速魔導による体感的な違いはない。だが、小屋の大きさの割に速度が出てるのは確かだ。流石魔導といったところ。
「酔い止めに生薬を用意いたしました、是非にお飲みください」
ヘルサはベッドに腰掛けたまま、ソファーの前にあるティーポッドを指さす。
「多少眠気を伴いますが、嘔吐し、疲弊するよりはよいかと」
「本職は結構です、これでも護衛役ですから」
倉田は肩にのせた銃を指さす。
「じゃぁ、俺も」
耕太も覚悟を決めた目をする。
「いや、君まで無理をする必要はない。君は休みなさい。道は長い、私はSIT、元特殊部隊隊員だ。だが、君は銃を撃てるようになったばかりだ。ひよっこだよ。無理は良くない」
「そう、それにまだここはアノン家の領地だ、安全だ。ほら護衛ならジュセリちゃんもゴルムさんもいることだし」
「そうまで言うなら…… 父さんも飲むだろ」
「ああ、そうさせて貰う」
「ヘルサちゃんは? 」
「私も頂きます」
耕太は金のゴブレットにエキスを注ぎ、手渡す。
匂いはシナモンのようなスパイシーな香りだ。心構えをして飲む、どことなく甘い。
「鎮静作用があり、脳の興奮を抑えるのです」
「三半規管を麻痺させるんだな。我々の世界の酔い止めと同じ機序作用だ。恐らく効くだろう」
倉田が分析を口にする。
「さて、ヘルゴラント王国の基礎知識を身につけて頂きます、幾ら政治に関わらぬと言っても大臣は大臣ですので」
ヘルサはそう言うとサイドテーブルに置かれた革表紙の分厚い本を引き寄せる。百科事典ほどはありそうだ。
「それ、全部覚えろって話じゃないですよ……ね」
「無論です、私も覚え切れてません。これは王国の歴史書です、いえそれ以前の歴史も語っています」
「ははぁ、それでは話を伺いましょう」
ヘルサによる歴史の講義が始まった。
「この大陸は以前、小国がそれぞれの領地を治めておりました。それぞれに王がおりました。その王は魔導をもって人心を獲得し治め、時として互いに戦いました。しかしおよそ百年前、現在の王家ヘルゴラント家、我がアノン家、グンズ家、ボドゥ家が手を携え、血の連盟を築きました。ヘルゴラント家は統治に、アノン家は異世界召喚に長け、グンズ家は軍事に、ボドゥ家は経済に長けておりました。この四家は戦争の無い、安寧な世を目指し、反目する諸侯を倒す統一戦争を繰り広げました」
「平和の為の戦争、ね」
この手の言葉は耕助とって単なるお題目の様にしか聞こえない。
(戦争に正義も悪もあるものか)
「戦争に道義はない、という見解は理解できます。ですが、統一戦争には我々なりの義があるのです。統一以前の諸侯は魔導を神格化し、いわば宗教戦争に明け暮れていたのです、民は疲弊する一方。どこかで軛を立たねばならなかったのです。血の連盟はこの未来の無い戦いを終わらせることを誓い、戦ったのです。私利私欲に走らず、平和を求め」
「なるほど、我々の世界の中東の様なものか。宗教戦争となれば血みどろだな、先細りってのは確かに正しいかもしれない。なるほど。でどうなった」
倉田が先を促す。
「血の連盟は反目する諸侯を順番に滅ぼしました、恭順するものは従え連盟に連なる国家は増えていきました。条件は魔導の神格化をやめること、世俗化です」
「なるほど、魔導は認めるが、神を捨てよと」
ヘルサはうなずき返す。
「今でも魔導の神格化は一部で残っています。現に私の呪文にも神を称える一節があります。しかし、以前のそれとは比べものにならぬほど少なくなっています」
「脇道にそれるようで悪いけど」
耕太が切り出す、以前の耕太ならこういう話し方はしなかった。いきなり話題をぶちこんできただろう。人格も成長しているように見える。
「呪文って変えても効果あるの、神への祈りだったんでしょ昔は」
「呪文はいわば肉体と魔導波を同調させるための手段でしかありません。同調すれば文言を変えたとて同じなのです。呪文の長さがそれぞれの使用者により異なることはペスタを見ていればおわかりでしょう。彼女は同調に時間がかかるのですが、そのように個々の魔導師ごと同調のさせかたは異なるのです」
「なら極端呪文を唱えずとも、つまり無詠唱で魔導を発動できる」
耕太は目を光らせる。
「できます、ごく一部の者ですが」
マダムは恐らくそれだ、耕助は感づく。
(この機会に相談してみよう)
マダムの相談をしよう、耕助は決心した。
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