浮遊小屋

「基本的な事聞くようでアレなんですけど宿はどうなるんですか」

 耕太がイムザに尋ねる、確かに宿の事を考えていなかった。最近は車中泊に慣れすぎた。

「うむ、基本的に馬車で寝ると思ってくれ、というのも農業大臣に推挙するのは早いほうがいい。参謀本部は今にもジャガイモ徴用の権限を発動せんとする勢いだ。御者もフヌバも代えを用意する。常に移動すると考えて貰って構わない」

「それは大変だ。エコノミー症候群にならないといいけど」

 耕太は耕助に目を配る、親の身が心配らしい。

「エコノミー症候群、なんだねそれは」

「人間身動きしないと体にガタがきて、最悪死んじゃうって病気です。年齢を重ねるとリスクが高まるとか」


「そのような病があるのか、なるほど。なに、馬車といっても大きいからな、そこいら宿屋にとまるよりよっぽど快適であろう。王都に向かう際は私もそうしている。もっとも、今回ほどの強行軍はなかなかないからな、普段は二週間ほどかけてフヌバも休み休みの行程にはなるのだが」

「馬車って言ってもそんなに装備が整っているんですか、後で見せてください。ちょっと気になるので」

「わかった、手配しよう」

 イムザは手を鳴らし、女中を呼ぶ。リンタと呼ばれる赤毛の娘が入室した。


 召喚直後と比べ耕太の受け答えは端的になった。耕太は変わった、異世界の物事に感心しているばかりではなく、こうした受け答えもきちんと端的にできる様になった。

 だが耕助としてはこれを素直に成長と呼べるかは微妙ではある。というのも、その裏にあるのはゴブリンとの戦闘があるからだ。こうした変化も全て裏には命のやりとりがある。だから耕助としてはこうした「現実的な対応」も悪影響がもたらした副作用だと思えて仕方が無いのだ。


「他に質問は」

 耕助は特に浮かばなかった、耕太もまた同じ様である。

「では一応馬車を見てから帰宅なさればよろしいだろう。リンタ、案内を」

 リンタは恭しく頭を下げる。

「では私が案内いたします」

「よろしくおねがいします」


 アノン家の屋敷にはそれなりに慣れているつもりである、最近はアノン家に詰めることが多い。トイレや飯の場には案内抜きで自分で行けるようにはなった。厩の場所も知っている。ダスクと始めてあった場所だ。車で移動したほうが早い。

「馬車って厩にあるんですか、それなら自動車とってきたいのですけど」

「近い場所にはあります。わかりました車で移動ですね」


 このリンタという娘は非常に落ち着いて見える。この家の女中は皆癖がある。ペスタは武人を気取っているし、サラは姉御肌、コルはまだまだ幼い。このリンタという娘はなんというか、「普通」のメイドである。


 一度表のでかい玄関から外に出る、耕助の自動車が目の前に駐車したままである。この家には何度か来たが、車のようなものがないから当然車寄せのようなものはない。かと言って厩に駐めるのは勝手が悪い。しかして、このレリーフで飾られた豪華絢爛たる正面玄関前が定位置になっているのである。


「耕太、後ろに座れ。リンタさんは前の席で案内を」

「承りました」


 こういう時に助手席と言ってしまいそうになるが、リンタに助手席といっても通じないであろうことは考えれば簡単な事である。車の基礎知識というものが彼女にはないのだ。だから『前の席』なんて言い回しになるのだ。


 皆が車に乗りこむ、耕助はハンドルを握った。

「では私めがご案内します」

 リンタの誘導で車はのろのろと走り出した。


「馬車はここです、着きました」

 リンタの誘導の元、車を走らせてきた。が、目の前には石作りの小さな小屋があるばかりである。立派なレリーフが付いていて、バルコニーが中途半端な位置についているのは奇妙な点であるが、それ以外はこれと言った特徴はない。


「馬車ってこの中にあるんですか、想像よりずっと小さいな」

「いえ、これが馬車です」

「またまたご冗談を」

「とりあえずお車から降りてください。直ぐにわかりますので」

 リンタは助手席から降りる。耕助はいぶかしみながら後に続く。


 車を降りる、が、これといった所は耕助にはわからない。

「うわ、なにこれ凄い! 」

 耕太は驚いている、この小屋のどこがそんなに凄いのだろうか。

「父さん、父さん! 地面から浮いてるよこの小屋! 」

 耕助は腰をかがめ、小屋の下を覗き込む。


 小屋は確かに浮いていた、地面から上にうっすらと向こうが見える空間が開けていた。

「浮遊魔導です、家の基礎が浮いているのです。移動する小屋です、便宜上は馬車と呼んで車両扱いにはなるのですが」

「驚いたなー、空飛ぶ家か」

 耕助は感心したように呟く。

 一方、耕助はあっけにとられたままである。未だに目の前のことが現実だと受け止めきれない。

「鈴石様、押してみてください。『わかり』ますから」

 耕助はリンタにそそのかされるまま小屋を押す。

重い、が動かない重さでは無い。小屋はゆっくりと動く。確かにこの小屋は浮いている。


「わかりましたか」

「わかりました。凄いですねこれ」

「ええ、国内でも所有しているのは鉄家と青銅家の一部と限られた家のみです。王都との行き来のため、由緒正しき家が保有しています」

 リンタは自分の事のように胸を張る。素晴らしい家に仕えていることを自負しているかのようだ。


「中見てもいいですか」

「少々お待ちください」

 リンタが鍵束を取り出し、鍵をあける。リンタは扉を開け、腕で中へと誘う。耕助は促されるまま中に入る。


 中は天蓋付きベッド二台とソファー、小さな机がそろった少し広めのツインルームだった。どの家具にもアノン家の家紋、横八の∞マークが刻まれている。ベッド、ソファー、絨毯など全体的に赤が基調となった部屋である。窓こそ小さいがシャンデリアが灯っている、調光は万全である。


「このソファーとベッドで睡眠がとれます、食事は転送魔導で本邸宅から送り届けます」

 耕助は試しにソファーに座る、よく沈むが触感は悪くない。これなら横になれば十分な睡眠がとれそうである。

「ふむ、悪くない部屋だね。馬車だと思うと想像の何倍も凄いけれど」

 片道一週間箱詰めになる部屋である、この馬車であれば大丈夫だろう。

「馬車、っていうかキャンピングカーだね、これ。凄いな、浮遊魔導だっけ」

「左様です、この家自体が浮いているのでスムーズに移動が可能です。更に言えば俊敏ながら重量物を引くには向かないフヌバでも曳くことができます」

「そういえばそういう事あったね、フヌバ」

 耕太は窓の位置を確かめる。

「視界はあんまり良くないね、射線がうまく通らない」

 耕太はすでにこの家を「護衛」する気で一杯のようである。


「じゃ、ここには嫌と言うほど詰めることになるからそろそろお暇するか」

「いやいや、嫌という程乗るからこそ今必要な物リストアップしようよ」

 耕太が反対する、まぁそれは正論ではあるのだがこの世界ではカバーできる問題なのである。

「いやいや、転移魔導あるだろ」

「確かに、じゃぁ帰ろう。リンタさん、ありがとう御座いました」

 耕太はリンタに頭を下げる、マナーまで身につけたか耕太は。


 二人は厩でリンタに別れを告げ家路についた。


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