穢れし土地に粛清を、眠りし命に覚醒を

 かつて森があった平地を土壌消毒機を付けたトラクターがゆっくりと前進する。土壌消毒はジャガイモの植え付けで必須の手順である。ジャガイモは疫病、害虫に弱い。

 針のような注入装置が付いたローターリーがグルグルと回転し、土に薬剤を注入する。


 耕助は暇を持て余しながら、ぼぉーっとしている。見慣れた作業であるからだ。

 だが、コル、ペスタはトラクターを興味深げに眺めていた。倉田も気を抜くことなく周囲を警戒しているようだった、流石元捜査一課というだけある。


 トラクターの後ろにはマルチと呼ばれる黒いビニールシートが敷かれる。

 消毒器の手押し式を使わなかった理由はこのマルチと呼ばれるビニールシートにある。


 このシートがしっかり農薬と太陽熱を閉じ込めるおかげで、露天にさらしておいておくより殺菌、殺虫能力が高いのだ。

 これを二十メートル四方の範囲、即ち四アールの範囲で行う。


 ようやくトラクターは速度を上げ始めた。

 トラクターは重心が高い、横転の危険もある。はじめはゆっくりと土地との相性を確かめていた。異世界組は未だに興味を失っていない、が耕助はあまりにも暇だった。


 ただトラクターを見ているのもつまらない、耕助は車を離れタバコを吸うことにした。

「倉田さん、少しこの娘たちの面倒見ててください。ちょっとタバコ吸ってきます」

「構いませんが、不測の事態に備えてください。なにかあったら大声で」

 倉田は肩に載せたショットガンにちらりと目配せした、斎藤から借りてきたものだ。散弾ではなく、鹿撃ち用の弾が込められているらしい。

 耕助は頷くと鍵を倉田に預け車を後にする。


 農薬を散布してる農場から少し距離をとる。黙々とトラクターが作業するのを横目に、耕助はメビウスに火をつけた。

 トラクター一台風景にあるだけで、ここが異世界だと忘れてしまいそうになる。それだけ、トラクターと現代農業は切っても切り離せない関係にあるのだ。

(燃料が切れてもトラクターを動かす魔導はないものか)

耕助はそんな夢想をする。


 作業は終盤戦に入りつつある、見事なマルチのラインが大地に刻まれている。

 土壌消毒後は二週間は開けないと作物を植え付けてはいけない。だからコルの魔導でジャガイモの発芽と同時進行でこの土地も時間加速させる。

 一分が一日になるのだから、十五分もあれば丁度土壌消毒も終わる。晴天下だから夜がない分、消毒も早まるという算段だ。

 気温も高めだから確実に滅菌、殺虫されるだろうし、発芽も問題なさそうだ。


 トラクターがノロノロと電気自動車に近づいてくる、作業が終わったのだ。面積が狭いからほんの一瞬で作業が終った。

 だが、ペスタの開拓の方が遥かに時間は短かったように感じてしまう。それだけペスタの見せた斬撃魔導のインパクトは大きかった。

 呪文と舞は長かったが、その後の効果そのものは素晴らしい。


 耕助は現代技術でも追いつけぬ魔導技術に興味が湧いた。お次はコルの番だ、彼女の魔導は如何なるものか。この間の宴で時間を加速させる、と説明されたがやはりイメージしづらい。


 とりあえず加速対象となるジャガイモを処理済みの土地に並べる作業に取り掛かる。

 ジャガイモを良く陽のあたるところへ並べた、総数はおよそ百個。種芋は半分に切って植えるから株数は二百株になる。

 これを半分は消毒前、のこりは消毒後の農地に植え付ける。この世界の土地とジャガイモの相性を比較する為である。


 もしこの異世界の土地に菌や害虫が住み着いているているなら初回の植え付けでも土壌消毒は必須。植え付けの度に焼き畑や太陽熱消毒等の手を講じなければならない。だが、問題無いようならば、初回の植え付けは土壌消毒を省ける。


 株数に対し一ヘクタールと少し広めの農地になった、北海道であれば三十トンは収穫量を期待できる土地の広さ。


 車に戻った耕助はトラクターを転移するようコルに声をかける。

そしてジャガイモをビニールの上に並べ始める。皆の手伝いもありすぐに並べ終わった。

 太陽を浴びた種芋は今眠りから目覚めようとしている。

 これだけ晴れている中放置されるのだから干からびないよう、少し水を掛けておく。


「それじゃコルさん、十五日分加速お願いします」

「はい、皆さんお下がりください」

 コルが一同を下がらせる。

「大いなる力を持ちて、慈悲深き我らが神よ。我、主に忠誠を誓い、その御業を広めんとする者なり。御業の片鱗を今此処に権限することを願う者なり。嗚呼、偉大なるポピュティウスよ」


 ペスタとは大違いで、かなり短い。それにペスタは十二神へ祈りだったが、コルのそれは一神教にも聞こえる。


 しばらくの間、沈黙。やがて紫色の光の柱が地面から立ち上る、神々しいとは正にこのことだと思った。北海道の冬のイルミネーションとは違う、純粋なる光、そんな気がした。


 S町一行は五分ほど光の柱に圧倒されていた。ペスタのそれとは異なった感動をもたらした。

 耕助はようやく自分の仕事がジャガイモの管理であることに気が付いた。

(危ない、大失敗を招きかねない事案だ)


 ジャガイモを注視する。僅かに芽が伸びている、三ミリ程度か。

「本当に、時間が加速してる……」

「芽の方は問題なさそうだべな」

 藤井も関心したように覗き込む、彼の言う通り問題はなさそうだ。


 彼女がスミナの高速育成に失敗したという話は農業知識の欠如が原因か。ならば今後のジャガイモ育成において農協と協同すれば素晴らしい結果は出るはずだ。


 少し芽が出たと思ったら、今度は一気に根が伸び始めた。

 青白くない、しっかりとした根だ。これなら耕作に用いても問題はないだろう。

 それにしても成長が早い、いや早すぎる。恐らくずっと暖気に温められているからだろう。普通は夜が来て冷えるべき時間も温められている、発芽にはちょうどいいのだ。


 だが、今後の耕作ではどうなるだろう。ジャガイモは昼と夜の寒暖差で旨味が出る、つまりこの加速魔導で育成に影響が出る。

 別にこの世界は旨味を求めてはいないだろう、だが不作は避けたい。


 きっかり十五分が経過した、光の柱は収まり消え果た。後にマルチと芽の出たジャガイモが残るのみ、だ。


 のちに到着するゴランら、異世界農民組のためにもお手本として十メーターばかり一畝の畑を耕すことにした。

 再利用するためにマルチを丸めて回収し、シャベルで土を起こす。


 藤井と耕助の二人で作業する、土は柔らかさを保ったままだ。土をシャベルでかき分けると、幅は一m程度で左右に積んでいく。

 これが畝になる、掘り進めるのは二十センチ程の深さ、この左右の谷間にジャガイモを植えていく。

 

 ここから先は異世界組との共同作業だ。彼らの方が道中の休憩時間が短い手筈になっている、それに徹夜の移動だ。その内到着するだろう。


 遠くで倉田の声がする。どうも昼飯の時間が来たようだ、目を凝らすとコルとペスタが昼飯の準備をしていた。


 昼飯、異世界の食べ物ではない。家にあった焼きそば弁当だ。それにおにぎり、ビタミン剤がつく。

 

 ペスタとコルは自分たちの食事の煮炊きを始めた。

 異世界組の食事はぱっと見たところ、スミナの粥に何かの干し肉を加えたものだ。

 異世界の食事、特に水が心配だから耕助はあまり口にしないようにしている。昨日の焼肉の様に単純な料理ならいいが、煮込みとなるとやはり水が怖いのだ。


 それにS町一行が持ってきた食事も有限だ、彼女たちに渡す分はない。だからそれぞれの世界の物を勝手に食らうことにしている。

 その結果異世界の人間と距離感が生まれたとしても、それは「仕方のない」ことと割り切った。


「肉を食べるのかい、前線では肉が手に入らないほど貴重な筈では」

 焼きそば弁当をすすりながら倉田がペスタに尋ねる。

「ええ、貴重です。ですが魔導は体力を消耗するので魔導師は優先的に手に入るのです。本作戦は国王陛下からの大勅命でもありますし」

「へぇ、なんかどえらいことなんだな、コレ」

 藤井が軽く眉を吊り上げ、焼き弁のスープをすする。

 作戦、大勅命。単純な農作業もそんな派手なネーミングになるのか。

(これは単なる農業じゃない、戦争だ)

耕助は自らの置かれた状況を把握した。

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