開眼と清浄

 簡単な食事を済ませた後、S町一行は早速作業に取りかかることになった。まずジャガイモの植え付けがこの地で上手くいくか実験する農業実験団。そして原井の降圧剤代わりになる薬草マンドラゴラモドキを採取しにいく探検隊。この二つの班にS町に残留する三個部隊に分かれることとなる。


 耕助は最初に出発する農業実験団に属することになった。だが計画は頭からコケた。

 鈴木、拓斗、耕太それにサラ、ミサリから編成される探検隊の方が先発になったのである。

 

 耕太に先を越されるとは思ってもなかった。

「異世界で冒険だよ、これってやっぱりわくわくするよな」

 あんなにせわしない耕太は初めてだ。奴はキャンプに出掛けるとでも思ってるのだろう。

 だが所詮は薬草探し、言ってしまえば野草狩りとなにもかわらないのである、(それに喜んでいるようではまだまだ「勇者」への道のりは遠いな)


 しかし、ここは異世界だ。

 何が起こるかわからない、例えば電気自動車の充電切れとか。耕助はうっかりしていた、頼みの電気自動車は異世界の悪路を走り回りバッテリーが切れかかっていた。

 フルの充電には八時間かかる。今バイオマス発電所はこの電気自動車の給電目的だけに稼働している。

 この予想外の充電切れが本来先発隊となる筈だった農業実験団の出発を遅らせたのだ。


 耕太はそんな耕助の姿を半笑いで眺めながら

「あれ、オヤジまだ出かけてないの? じゃ、先にいってきまーす」

 と呑気に出かけて行ったのだ。

(父の威厳として許せん)


 今は午後一時ちょうど、八時間充電となると午後九時になる。見知らぬ土地、それも異世界で真夜中に土を耕したくはない。結局、設営は明日からになった。

 

 ただ、今回の思わぬ痛手は福ともなった。

 空き時間に試験農場に係わる魔導士、それに農民との懇親会にあてた。今日の晩御飯がその場所になる。

 この農協事務所脇で何やら肉を焼く予定とのこと。

 しかし、この世界の人間は飯を食べながら話し合いをするのが余程好きらしい。


 それに本命の試験農場に関するアイディアを洗い出す時間もできた。だから異世界にジャガイモが根付くかどうかの実験であらかじめ危険な要素を排除できる。

 耕助は耕太を見送った後、しばらくの間空を眺め、タバコを吸いながら過ごしていた。

 無論思考停止はしていない。今後の予定を練っていた。

 

 試験農地の予定地は森だ。だから初めに行うべきは木の切り出しと根の除去だ、これは大仕事だ。

 だがイムザによれば魔導の力を使って半日もかからず処理できるらしい。

(まあ、その森の切り出しが難しいのであればどこかの空き地を使えばいいか)

 森にこだわっている理由は一つ、将来的な種芋生産地にする算段があるからだ。

 ジャガイモは病気、害虫に弱い。かつてアイルランド飢饉では死者は二百万を超え、百万近い難民が生じたとされる。だから隔絶された環境で種芋を集中管理する必要がある。日本では人里はなれた場所で、クリーンな状況を保ち種芋を作る。


 だから、あまり人の寄り付かない森の中に隔絶された農場を作りたいのだ。しかしこれはあくまで将来的な展望でもある。だから今すぐに実行すべき内容ではない。が、種芋農場の必要性は変わらない。


 それに切り倒した木を細かく刻んでバイオマス発電に活用できるという利点もある。森の切り倒し、自然破壊と言われると反論は出来ないが、これでもまだ『エコ』な方法だ。


 さて、森の除去が終われば次は土壌の消毒となる、これが悩みの種だ。土壌を毎年使いまわすとジャガイモの天敵である疫病、害虫の温床になる。

 連作によりジャガイモが奇形になる、もしくは不作になることを連作障害という。

 だから土壌の自然な回復を待つには何年かジャガイモを植えない期間を開ける必要がある。


 だが、農家はそんなものを悠長にまってはいられない。だから農薬を使って菌や害虫を滅却する。

 これに輪作で相性のいいひまわりなんかと組み合わせながら土壌の環境を保つ。しかし異世界では農薬に限りがある。こればかりはどうしようもない。


 確かに土壌に熱を加えるなり、冷やすなりで別の手段もある。だが日光の熱を蓄え、熱殺菌を加えるための黒ビニールシート、通称マルチにも限りがある。

 異世界でマルチを作れるとも思えない、どうしたらいいものか。

 今回の試験農場だけならば農薬を使えるとしても、しかしその次がない。


 やはり、有機栽培法が一番確実なのかもしれない。 

 こうなると耕助とは『畑違い』の問題になる。何せ耕助は農薬を売る側だったのだから。

 この手の問題に詳しい人が思い浮かんだ。耕助は煙草をもみ消し農協事務所へと向かう。


「伊藤さん、無農薬で土壌消毒したいんですけど何かいい方法ありませんか」

 有機無農薬を標榜する伊藤の知恵は異世界ではかなり役立ちそうだと今気が付いた。

「マルチの加熱式はあるけど、あまり手元にないよね。気温も低いし」

 壁に掛けてある温度計を睨みながら伊藤がつぶやく。

「二十℃、うーん、そうですね微妙ですね」

 適当に相槌を打つ。その方法は当然ながら耕助も知っていた。この世界にビニールがこの世界にないからどうしようもない。


「となると直に熱を加えちゃうとかかなぁ」

 伊藤は頭をポリポリと掻く。

「そうだ魔導でどうにかならないかな」

 伊藤はもろ手をポンと叩いた。

「いや、直火だったら、それこそ焼き畑でどうにかなるんじゃないですか」

 しまった、エコがどうのとうるさい伊藤はこの手の話を嫌うのだ。


 だが意外にも伊藤はそこまで疎ましそうな顔をしなかった。

「ふむ、確かにね。でも野焼きが山火事になると大変だよ、ここは消防車もないし」

 意外な返答に内心驚いた。

「じゃそれも含め魔導でどうにかならないか検討、ということで。ありがとうございました」

 農薬、化学肥料のないこの世界で今後伊藤の存在は重要になってくるだろう。

 だから必要最小限のアイディアを頂戴し、伊藤の機嫌を損なう前に耕助はそそくさと撤退した。

 

 と言ったものの、アルカリ質を増やす焼き畑はジャガイモに合わない。そうなると加熱方式も一つ、アイディアを巡らさなければ。

 そうだ、ジャガイモは弱酸性の土を好む。逆にアルカリであれば、そうか病と呼ばれる病気の原因になる。

(この大地がアルカリ性か調べなくては)


 検知キットはどこかにおいてた筈だ、千里眼のマダムに頼もう。

「あのー、マダムお願いがあるんですけど」

 椅子にどっしりと座り、煙草をくわえる石屋幸子に耕助は声をかけた。

「はい、これ。土壌の検知器でしょ」

 マダムは机を肘でつつく、そこには正に今探し始めた検知器が置いてあった。


 昔からマダムは少しばかりエスパーの様な先見性はあった、だがではなかった。

「あの、マダム、これって一体…… 」

「耕ちゃんあのね、アタシもまったく訳がわからないんだけど…… こっち来てから『目』が冴えてね」

 石屋は薄茶のサングラスを外し、耕助を見上げた。


「もしかしたら、マダム、貴方は…… 」

「そう、魔導師かもしれない、未来予知とかの。今のところそれくらいしか説明がつかないもの」

 耕助はマダムを見つめ、絶句する他なかった。


「あーでもシンドイわ、コレ。脳味噌がこるというか」

 確かに未来や失せ物なんかが見えるようになれば疲労は蓄積するだろう。何せ今を生きるだけでなく、同時に未来も生きているようなものなのだから。


「本当に魔導師の適正があるなら、ヘルサさんに相談しましょうよ」

「でも、これ以上冴えても疲れるだけ、アタシはパス」

 石屋は新しい煙草に火をつけて、煙を吸い込んだ。

「まァ、無秩序にものが見えるよりかはマシかもしれないですけどね」

 マダムはぼやき気味に呟いた。

「魔導師、が付くなら制御できるってことでしょう、今のアタシじゃ無理無理」


「無秩序って、そんなに見えるものなんですか」

 耕助も隣のデスクに座り煙草を取り出す、つい先日までここは禁煙だった。

「そうよ、まったくお構いなしに見えちゃうの。面倒くさいったらありゃしない」


 彼女が俗な井戸端会議に投入されたら、それは正に最終兵器だ。秘密もなにもあったものじゃない、彼女によって無意識に暴かれてしまうのだ。

 マダムだけは敵に回すまい、耕助は心に誓った。

「北海道に帰ることが出来たら、たぶん元に戻るからそれまでの辛抱だわ」

 マダムはそう言い残すと資材庫へと向かっていった。また、何か見えたのだろうか。


 さて、試験農地だけは農薬による土壌消毒を決心した。それに検知器を手に入れた現在、準備すべきは種芋だ。

 そもそも種芋をジャガイモ農家は作らない。厳重にフェンスで囲われ、集中管理された農場で作られる。病原菌や害虫から守るための防衛措置だ。だから種芋づくりは耕助にとって殆ど素人知識でしかない。


 耕助が試験農場を人里離れた場所に作りたいのもそれが理由だ。日本のジャガイモ農家は種芋を買い付けはすれど育てたことはない。

 従って余ったイモを植え付ける程度の知識で種芋づくりを始めなければならない。


 その種芋も女中のコルの到着を待たざるを得ない。発芽のための時間加速が必要だからだ。

 それにしても時間加速魔導とはどんな条件で発動するのだろうか。最大の不安要素だ。

 生物の時間加速とは新陳代謝の活性化か。それは成長であり、老化でもある。

 先ず種芋の芽を伸ばすために時間を加速しなければならないが、それでうまく事が運ぶか。


 それに仮に植え付けが上手くいっても日照時間、水やりの問題も残っている。時間を加速するということは一日が短くなる、ということだ。

 

 仮に昼間に時間加速をしたら、その分だけ日照時間が長くなる。それが何時間も経てば太陽が沈まぬ環境での農業ということになる。

 そんな状況は想定したことがない、むしろジャガイモは昼夜の気温差で旨味が決まる。日中の気温差はジャガイモ農家にとって好都合だ。


 無論、この世界でそこまで旨味は求められていないことは知っている。

 この王国が求めているのは生産性と栄養素の二つだ、それ以外は無意味なのかもしれない。

 

(一人でごちゃごちゃと考え込んでも無意味だ。夜の懇親会を待つとしよう)

 そこで改めて時間加速や他の問題について聞けばいい。耕助は煙草を空き缶に放り込み、立ち上がり背筋をストレッチする。

 そして種芋にするための大き目なジャガイモを探しに資材庫へと向かった。

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