ジャガイモの初戦果

 初めてたき火で焼きじゃがを作ったから耕助は内心ヒヤヒヤした。

 真っ黒こげになってないか、芯はのこってないか、。先ず耕助が味見する。

 せっかく領主様にジャガイモを食べさせても一言目が「不味い」では農民のやる気がだだ下がりになるからだ。


「塩ってありませんか」

 耕助は村長のゴランに尋ねた。本当はバターか塩辛が欲しいところだ。が、贅沢は言ってられない。

「塩、ありますだ。ちょいとお待ちくだされ、持ってこさせますだ」

 ゴランは村人を促し塩を持ってこさせる。


 「耕助殿、一つお話しが」

 ヘルサが耕助に耳打ちする、耕助は無言でうなずいた。

「ここの塩はパロヌ塩湖でとれたものです、パロヌ塩湖は激戦の末手に入れた土地。当然、ただならぬ犠牲を払いました。塩は幾多の兵士の命と引き換えに手に入れた神聖なものなのです。ですから、こちらの作法通りとは願いませんが丁重に扱ってください。特にこの村からはパロヌ会戦で犠牲者が出ております故。」


(塩の一粒は血の一滴か)

「わかりました、こちらの流儀でよろしければ」

 耕助が頷くとヘルサは元の位置へと戻っていった。


 壺に入った塩が運ばれてきた。その姿はまるで御神酒でも運んでいるかのような丁重さだ。

 皮がついたままのジャガイモに名も知らぬ兵士の命を代償に手に入れた塩をパラパラと振りかける。

「頂きます」

 耕助は両手を合わせしばらく拝む。散っていった無名の戦士たちに思いをはせて。農民たちは異世界の作法をただ茫然と眺めていた。

 

 一口かぶりつく、ホクホクしてる、それに甘い。そしてシンプルな塩気がジャガイモの旨味、甘味を引き立たせる。

 初めてながらうまくいったものだと自分でも感心した。

 

 さて味見は済んだ、次は『領主様の毒見』の番だ。

「これとかよく焼けてるんじゃない、大きさ似ているし」

 耕太はヘルサに焼き芋を差し出す。

「では頂くとしましょう」

 ヘルサは塩のツボを手にとると、クリスチャンが十字架を切るように手で円を描く。

「血を以て塩を守った兵士に感謝を」

 ヘルサは塩を人つまみほどイモに振りかけ、かぶり付く。


 「おいしい!!」

 ジャガイモのうまさはヘルサから貴族の皮を剥ぎ取った。

(やった!)

 耕助は内心ガッツポーズを決めた。


「……ゴホン、美味である」

 口とは裏腹に年齢相応の喜びの顔を浮かべたヘルサは一口、二口と続けて食べる。毒見だという自覚を失ったのか。

 ヘルサの姿は素直にかわいらしい。この姿から察するにこの前まで幼な言葉だったというのは恐らく事実だろう。これが彼女の素なのだ。


 それまで貴族の風体を保ってきたヘルサをジャガイモが突き崩した。

(ふふふ、口が大人ぶっているがヘルサはまだまだ子供だな)

 異世界でもキタアカリの旨さが通用した。耕助にとって嬉しい限りだ、農協冥利に尽きる。耕助が持つジャガイモへの矜持が燃え上がる。


 「ゴラン、お前も食べよ、美味であるぞ。この機を失うのはもったいないと思うが」

 ヘルサが新しいジャガイモをゴランに突き出す、ゴランは平伏し手を伸ばす。

 「わ、わかったりますだ、ありがたく頂戴するだ」

 ゴランは震え声でジャガイモを受け取る、さてこの世界の農民はどんな反応を示すだろう。

 ゴランは意を決したようにガブリと頬張った、しばし無言で咀嚼する。

 「う、うみゃー。うまい、うまいですだ、ただ焼いただけだのに」

 ゴランは顔を綻ばせ次々と口に放り込む。この素朴な農民の反応が耕助とってはまたとなく嬉しかった。


 そもそも事務所で試食したスミナから察するに、この世界の農業は味よりも生産性、栄養を優先している。

 一方、日本の成熟化した農業は生き残りをかけて味や見た目にも力を注いでいる、敵はアメリカ、オーストラリラの大量生産の格安作物、当然価格競争で勝ち目はない。

 生き残りをかけて、日本の農業は味やブランドを追求している。

 だから生存のために作られるこちらの世界の作物と日本の農作物では当然味は違ってくる。農業の発達度合いがまったく異なるのだ。


 そしてジャガイモの良いところは調理が簡単な所だ、芽を取り、熱を加えるだけでいい。

 ジャガイモは貧者のパンと呼ばれたくらい、安くかつ簡便な調理ですむ。熊笹の群生地を開墾し、必死に育てたジャガイモで北海道開拓団は生き永らえた。

 そもそもジャガイモは耕作も含めて他の作物と比べ、遥かに簡単で生産性も高い。


 ヘルサ、ゴランが食べたのを皮切りに農民たちがイモに群がる。

「甘い、こんなに甘い物を食べるのは初めて」

「旨い!これが芋か! スミナ粥にはもう戻りたくない! 」

「焼いただけでこんなんなるとはな」

「ちょっと、半分ちょうだいよ! 私だって食べたい! 」


 皆、耕助の期待通り、いやそれ以上の反応だ。

 よし、異世界でS町JAによるジャガイモのプレゼンは成功した、大きな第一歩だ。

 だが、あくまで彼らにジャガイモを食べさせることに成功しただけ、課題は残る。


 先ず問題なのは労働力だ、村人の大半は中年以上の男か女性、皆痩せこけている

 魔王軍と戦うために徴兵された為だろう、肉体労働に向いている男の若者は少ない

 その上この世界には家畜で土を耕す技術がない、これでは労働力が低すぎる。

 トラクター、コンバインは召喚されていても、その燃料は有限だ。

 この王国の農業を立て直すためには生産性の向上が必須になる。


 耕助はたき火を見つめながら思考を巡らせる。

(手持ちの駒を使うほかないだろう)

倉庫に山積みになったジャガイモの一部を農民の食事に取り入れればどうだろう。スミナとのカロリー比は不明だが、絶対量が少ないスミナだけよりはマシだろう。それにジャガイモはビタミンが豊富だ、健康にも役立つ。

 だが、それだけではどうしようも無いだろう、手作業では限界がある。


「父さん、何考えこんでるの」

 東に沈む太陽を背に耕太が耕助の顔を覗き込む。

「この世界は適した家畜が居ないから手作業で土を耕すんだそうだ、非効率的だろ。お前、良いアイディアないか、お前この手の世界に詳しいんだろ」

 どうせ思いつきもしないだろう、期待せずに尋ねた。


「家畜ね……持ってきたコンバインとかあるじゃん、アレは? 」

「それはあくまで一時しのぎだ。こう、この世界でずっと使えそうな手はないか」

「なら魔導が一番じゃない? ちょっとヘルサちゃんに聞いてくるよ」

「お前、今の質問が大事だからな。会話することが目的じゃないだぞ、わかってるな」

「わかってるって、任せてよ。ヘルサちゃーん! 」

 耕太はヘルサの元へと嬉しそうに駆け寄る。

 さてこれ以上はどうしようもない、一服するか。

 たき火でタバコに火をつけ煙を吸い込む、心なしか藁の味がした。


「父さん、魔導を使って土を耕すには二つの手があるよ」

 五分ほど経ってヘルサを連れて耕太が帰ってきた、心なしが自慢げな顔つきだった。

「先ず一つ目、攻撃魔導の切断系を滅茶苦茶に使って土を掻きまわす方法」

「ただ斬撃魔導を得意とするスラッタ派魔導士は己の術に武の誇りを持っています。農業への協力を得られるかは不明です。更に彼らの多くは魔王軍との戦闘に投入されており、勅命といえども……」

 ヘルサは困惑を浮かべ答える。

「無い袖は振れない、か」

「左様です、当家の女中にも一名スラッタ魔導師がおりますが頑固でご期待に添えるかどうかは」

 どうもヘルサはこちらの案にはあまり現実味を感じていないらしい。


「で、二つ目は? 」

「鋤を曳ける家畜、がいれば良いのでしょう。ならば話は簡単です、召喚獣を使役するのです」

「そう、これ俺のアイディア。斬新で良いと思わない? 」

 耕助には召喚獣という言葉すら良く分からない、だから斬新と言われても評価に困る。

「ちょっと待ってくれ、召喚獣ってそもそもなんなんだ」

「魔導の力を受肉せしめた、魔導の獣です」

「話だとこっちの世界のイメージだとドラゴン、キメラ、ゴーレムみたいな感じのがいるらしいよ」

「父さんはドラゴンしかしらないが、耕せるならどんなのでもいいよ」


「でも、召喚獣って農業とかに使ってもいいの? なんかプライドとかないの」

(なんだ耕太お前、農業は下々の仕事だと思ってるのか。天皇陛下は宮中で御自ら田植えするぞ)

「召喚獣は魔導諸侯が持つ力の証です。また領民の恭順を得る為の術でもあるのです。農業に加わる事を拒むならばそれは召喚獣ではありません。ただのプライドが高いだけの獣です。それに、元々種まきの時期になれば召喚獣の最も重大な仕事が待ち受けております」

 種まきと召喚獣が元々関係していた、どういう事だ。


「領民を荘園に招いて召喚獣の肉を振る舞う召食祭アヴァ・マルタが開かれます」

「この世界の召喚獣って、食べれるの? 異世界メシ系でもレア展開だ……」

 耕太は呆然としている。一方の耕助の頭には人魚の肉とか、火の鳥の血のイメージが浮かんだ。

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