第四章 異世界視察は経費で落ちますか?

外来食物

「父さんは良いよな、ヘルサちゃんと話が出来て」

 ジュセリが操るフヌバに先導される車内で、耕太が愚痴を漏らす。

「馬鹿、農業だ、農業。仕事の話だ」

 さっきまで案内されていた荘園で耕太はヘルサと話す機会をどうにか伺っていた様だった。が、その機会は無かった。耕助がヘルサを独占していたからだ。

 

 だがヘルサと耕助のこの世界における技術発展の根幹に関する会話には隙がなかった。積極的になりかけていた耕太には多少可哀そうなことをした。

「次の大事なアッタクチャンスを逃がすなよ」

 親心か、耕太に毒にも薬にもならぬ慰め位はしてやった。


 ヘルサによると次の行先は農村だと言っていた。アノン家の領民でスミナを耕しているらしい。

 耕助はスミナも見ておきたかった、どんな植生なのか、どう育てているのか。

 これは単なる好奇心ではない、この世界に呼び出された目的の根本にかかわる問題だ。

 

 いきなり別世界の作物を植え付けるとは言うは易し、行うは難しだ。植え付けさせられる農民からしたらたまったものじゃない。


 例えるならUFOがやってきて、異星人が未知の植物を「コレ、ウエロ」と言うようなものだ。

 だが、もしその植物が水耕できるならコメ大国日本ではウケはまだマシだろう。つまり、作物の植え付け方によって農民、消費者の意識というのは大分変わるものであろうというヨミだ。


 だからスミナとジャガイモの耕作に共通項があればそれが突破口になるかもしれない。だが、きっとスミナは麦の様な育て方だろう、地中に埋めるジャガイモとは話が違ってくる。


 車で十分程の所、荘園のすぐ傍に村があった。

 木造の家が五十軒ほど軒を連ねている、既に一部の農民たちが一行を出迎える様に待っていた。

 確かに若い男はいなかった。話にあったとおり徴兵されたのだろう。

 耕助一行は車を降りる。家畜の臭いがする、ここで何かを飼っているのかもしれない。

 糞尿はどう処理してるのか、肥やしにはなるのか、衛生状態は大丈夫なのか。

 耕助の脳内は既に農業モードに切り替わっている。


 「寛大なるヘルサ様、ようこそいらっしゃるってくだすっただ」

  長髪の白髪、ひげ面の痩せた老人が平伏しヘルサに声をかける。

 彼はヘルサの大魔導服以上に汚れた服を着てはいるが、身体はどこか清潔感があった。

 ゴランの言葉はかなり訛っている、翻訳魔導食は訛りまで再現できるのか。

「村長ゴラン、出迎え大儀である。この四人が件の異世界人である、丁重にもてなせ」

「ははぁー、かしこまりましただ。その奇天烈な召喚獣に乗られた人が別世界のお人ですな」

 まるで時代劇だ。それにこの村長は自動車を召喚獣とやらに間違えているらしい。

 

 それにしてもヘルサは良くもまぁこんなにも口調を変えられるものだと耕助は感心する。流石貴族様という奴だ、下々への言葉遣いを知っている。

 だがまだまだ若いのかイムザの様な横柄な風体ではなく、どこか取り繕ったような印象だ。そこに若さが垣間見える。


 「そいで、御用向きは。こんな汚ない村にお客様を御泊めするのはとてもでねぇが……」

「否、ゴラン、村人に彼らの持つ作物を育てさせろ。これは王の勅命である」

 ジュセリが立派な紋の入った書状を取り出しゴランに示す。まるで水戸黄門のようである。

 「ジュセリ様、なんとご無体な! たすかに今年の収穫は少なかったけども、それは……そもそも異世界の食い物なんつ、いきなり育てろと言われも無理ですだ!」

「言いたい事は判るぞ。だがこれは国王の勅命だ、従えぬのならば叛逆である」

 ジュセリが剣に手をかける。


(なんという横暴) 

 耕助もさすがに農民たちに同情する、伊藤はわずかに身を乗り出した。

 宇宙人が持ってきた植物を育てろと武力で脅す。

 そう、我々召還者は『宇宙人』なのだ、そのことを忘れてはならない。


「その作物が食べられるかどうかもわから無いのよ」

「今でさえスミナが足りないのに、謎の食い物を食べろというのですか」

「そもそも、どうやって育てればいいのかわからないのにどうしろと」

「土が合わなかったら、取れ高はない……飢え死にしかない……」

 農民たちの小さなつぶやきが群れとなり、大きくなる。


 ジュセリは剣を僅かに抜いた、反射的に倉田はホルスターに手を伸ばす。

 耕助と耕太はその剣呑さに後ずさりする、伊藤は農民を感情の無い目で見つめていた。

「ヘルサ様、我々アノン家領民は税や労役でも大変良くしてもらってますだ。税を増やされても構いやせん、ですが今回の御判断だけはどうかご再考を、どうか」

 平伏していたゴランは顔を上げ、ヘルサを拝む。

「くどいぞ、ゴラン。これは国王陛下の勅命である、拒むと言うならば斬り捨て――」

 ジュセリは気色ばむ、ここは介入するほかなさそうだ。


「私、S町農業協同組合部長の鈴石耕助と申します、敬語じゃなくて結構ですよ」

 意を決した耕助は剣に手をかけたジュセリを制し、ゴランに歩み寄る。

「別世界の人がウチラの言葉をしゃべっただ! 」

 ゴランは驚き腰を抜かす、確かにエイリアンが流暢な日本語を離せば驚くか。

 耕助はジュセリに目配せする、彼女は剣から手を離し、口調を若干和らげた。


「皆さんの仰る事はもっともです。私も農業やってますから異世界の食べ物を作れなんて言われたら驚きますよ」

 農家と農協は良好な関係でなくてはならない、異世界でも同じことだ。

「あ、あんたも農民かい。驚いただ、服もきれいだしてっきり異世界の貴族様かなにかだと」

「まぁ、農家と似たようなものです、農協だからちょっと違いますけど」

 この世界の平民にに農協を手短に説明するのは無理だろう、そう判断した。


「は、はぁ。で、あんた方の作物とやらはどんなもんだ」

「キタアカリという品種なのですが、イモってこっちの世界にあります? 」

 耕助は振り返ってヘルサに問う。

「ありません、未知の植物です。実物を見せた方が早いでしょう、しばしお待ちを」

(そうか、イモはないのか。似たような作物があれば説明が楽になったのに。残念だ)


 ヘルサは杖を地面に突き立てた、農民たちは地面で窒息しそうなほどに平伏する。

「我、魔導の力に依り転移を望む者也、異界のキタアカリを此処に顕現せしめよ」

 パチンコ屋の店内がチンケに思える程の光と音の洪水が一同を襲った。

「へへーぇ、領主様の御業に感謝を! あー、ありがたやぁー、ありがたやぁー」

 村人たちが一斉に感謝の言葉を述べる。翻訳の仕方のせいか何処となく和風だ。

 ヘルサの足元からは何重もの光の輪と幾何学模様が浮かび上がる。


「うおおお! 魔導陣だ! 凄い! 」

 耕太は興奮気味に叫び目を見張る。だが耕助は目を閉じた、最近眼が疲れやすいのだ。PCとの睨めっこは眼精疲労の元、こんな光の点滅では視力低下の恐れもある。

 三秒ほど経ち、音が止んだ、目を開くとヘルサの足元にジャガイモが転がっていた。

「あのこれって……」

「転移魔導で農協倉庫のジャガイモを幾つか引き寄せました、どうぞ」

 ヘルサがジャガイモを拾い上げて耕助に渡す、これを使って説明しろということか。

(しかし、『どうぞ』とはなんだ、元々このジャガイモは農協の物だぞ……。盗人、いや召喚士猛々しい)


「えー、皆さん。これがキタアカリです、土の中で育つ作物です」

 耕助は丸く凸凹のあるジャガイモを示して見せる。

「あれまぁ、ありゃ白い石だ、本当に食べ物なのか」

「あのデコボコをみてみろ、なんだか小汚いぞ」

 農民たちの反応はまぁ反応の想定内だ。


 昔、南米から欧州へ運ばれたジャガイモは初め、聖書に乗っていないという理由で悪魔の実と呼ばれた。食物としてではなく花の美しさを貴族に愛でられていた。

 だが、結果としてジャガイモは多くの地域で栽培されるようになった。饑饉や戦争が需要を広め、ジャガイモは優秀な主食として世界中に広まった。この世界でもきっとそうだ、ジャガイモブームの分岐点に耕助は今立っている。


「ホクホクとした触感と甘味が特徴です、美味しいですよ。そのまま焼いても良いですし茹でてすり潰してもイケます。芽には毒がありますが、とってしまえば問題ありません」

 芽に含まれるソラニンについてはあまり語りたくない。初手からイメージダウン、抵抗感を増すだけだ。

 だが食中毒事故が起きてから釈明しても取り返しがつかない。農家の不作運動は避けねば。

「やっぱり毒があるじゃないの、ヘルサ様、どうも信用できねぇだ」

 ゴランはジュセリに阻まれながもヘルサにすがるように懇願する。


 ここは『あの手』しかないだろう、耕助は確信した。

「ゴランさん、水と薪と藁かなにかありますか。あと紙か布かなにか」

「あぁ、井戸もあるしスミナの干し藁があるだ、布を持ってこさせるべ」

 ゴランは中年の女に水と藁を持ってこさせた、藁はどこの家庭にもある燃料らしい。


「それで、何をするおつもりか」

 藁を集め、ところどころに薪をくべた耕助にジュセリが問うた。

「焼き芋ですよ、ヘルサさんに食べてもらおうと思いまして」

 農民から一斉にどよめきが上がる。


「おやめ下され、ヘルサ様。あれには毒があるですだ、どうか、どうか」

「いえ、これは国王陛下からの勅命、あなた方がイモを信用できぬならば私が証明するまで」

 ヘルサは確信めいたものがあるのかさらりと言ってのける。

「ヘルサ様、私が食べます。それならば農民も納得しましょう」

ジュセリが割って入る。

「ジュセリ、駄目。私が食べることに意味があるのです」

 

 この手法はドイツフリードリヒ王が行ったジャガイモ宣伝政策の真似である。

 権力者自らが未知の食物を食べることで無害性を喧伝させるのだ。ジャガイモの毒の除去と有用性を知らしめるにはこの手が一番手っ取り早い


 農民とヘルサ達のやり取りを傍目に耕助は焼き芋の準備をする。

「おい耕太、お前はイモをよく洗っとけ。倉田さんか伊藤さん、ライターもってます? 」

「あぁ、持ってるよ」

「どうも助かります」

 伊藤から借りたライターで干し藁に火をつける、乾いた藁は良く燃えた。

 農民たちはライターを目に驚いている、小さな魔導道具とでも思っているらしい。


 本当はアルミホイルが欲しい。だがこの世界では鉄は貴重、ましてアルミなんてある訳無い。耕助の家にはアルミホイルはある。が、時間が掛かるし面倒だ。

 耕太が洗ったイモをボロ布で包む、直火では焦げてしまうからだ。

 

 イモはなるたけ小さいものを選んだ、大きい物は火を通すのに時間がかかる。

 それでも三十分はかかるだろうか、たき火でジャガイモを焼くのは初めてだ。少し経つと火が安定してきた、これなら焦げないだろう。

 ある程度距離を置いて布で包んだイモを放り込む。


 さあ、ジャガイモが、そしてS町農協が異世界で初めての『戦端』を切ったぞ。

 Boys be Ambitious!

 開拓民の魂は異世界でも受け継がれるのだ。

 たき火以上に、耕助の心は燃えていた。


【補足】

『ジャガイモへの拒絶感』

 ヨーロッパへと渡ったジャガイモを待ち受けたのは特に農民からの拒絶であった。

「地中に果実がなるなんて食物は聖書に書いていない」という宗教的反発や見た目がゴツゴツしてて気持ち悪いという生理的な嫌悪感、「芽を食べる食物」だという風聞とそれに伴う中毒症状、そして毒への反発。

 ヨーロッパでは結構な反発があったようである。


 その点日本では原生の山芋など芋類を食べていたから、南米からヨーロッパ、そしてジャワ島からと世界一周して伝来しても特に反発はなかったようで。

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