第三話 種が、芽吹く

「      」

 何かを少し大きくつぶやく。と、薄オレンジに輝く。……内側から輝いている様な気もした。すうっと傷が癒えていく。腕に付いた傷も、ほほに付いた傷も、全て。

「すごい」

 思わずつぶやいた僕に、彼はまたむすっとした様子で言った。

「お前達が言う魔法、俺たちの言う神術だ」

「神、術」

「神のなせる技。神の使いだから出来る。昔はそう言われていたけど、今は違う」

「……魔術」

 悪魔の技術……略して魔術。

「これから、どうするの?」

 徐にボクは言った。……ずっと、いてくれたらいいのにな。そんな淡い気持ちはやっぱり、当たり前に潰えた。

「……すぐに出て行く。迷惑はこれ以上掛けられない」

「いつ出ましょうか、ラル様?」

 妖精さんがふわり、とボクの肩に舞い降りて言う。

「今すぐにでも、と言いたいが、まだ警備が凄そうだな……。まあ、こんな街すぐに破壊できるが」

「ぶ、物騒な事言わないで!」

 思わず少し大きな声が出てしまった。その時、大きな音がしてびくっとした。ドアが、ノックされている。

「ドリラ? いるんでしょう? お客さんが来てるの?」

「お袋……?」

 ああもう、なんてタイミングなんだ! 彼は彼で、少し苦しそうに言った。

「……ラルさん。勝手口から、逃げてください」

 え。と、彼は言う。でもそれしか方法がない。早く、少しだけ鋭く言う。肩に乗った妖精さんが、何とも言えない顔をして彼の方に飛ぶ。彼はようやく決心したように立ち上がる。その間も、おばさんは待っている様だ。へんねえ、と言う溜息がだだもれだ。

「世話になった」

 そのころにはもうボクも行動を開始して、風呂に向かって髪を濡らす。それを簡単にまとめて、帯剣して、玄関に。

「あ、おばさん済みません。お風呂にはいってて……て、何の騒ぎですか!?」

 わざとらしく驚いてみせる。彼女の後ろには、何人もの警備者の男がいた。全員が武装し、手には各々武器を構えている。……まあ、想定内だ。

「ドリラ……、お前が規律を破るとは思わなかったよ」

「……はは、何の事……?」

「とぼけるな!!」

 大声で叱咤され、ボクの体は半反射的に硬直した。

 ……うるさい。うるさいのは嫌いだ。

「異能者をかばっていただろう。今更とぼけたって無駄だ!」

 後ろの方から、ラルさんの姿が。ロープに繋がれて自由に出来ないようだ。はーあ、とボクは溜息。

「あーあ、ばれちゃったか」

「来い! 異端者! お前は王都で審問だ!」

「……ボクを連れて行けるとおもう?」

 な! と男達は叫ぶが、勇敢な……あるいは気配を察する事の出来ない愚かな……巨漢が前に出てきて、斧を構えて見せた。それに答えるように、ボクは剣を構える。動揺が、広がる。

「貴様みたいなひよっこが、俺にかかれば一瞬だ」

「……試してみる? 肉だるま」

 斧を大きく振りかぶった。本当は一瞬かも知れない。だが、戦闘態勢に入ったボクの世界では、世界がとてもゆっくり流れる。あれ、でも、今日凄く調子が良いかもしれない。いつもはただ見える世界だけがゆっくりなのに、今日は何だが時間までも緩やかに流れているような気がする。これでもか、と言うほど胸元が空いている。峰打ちをしようと思ったのに、手が勝手に動いて思いっきり突き刺してしまう。嫌な感触。

 一瞬で、それこそ一瞬で勝負が付いた。

『ドリラ』

 そのまま剣を振り回して、驚いた顔のラルさんの元まで駆ける。ロープを切る。手を取って、走る。走る。走る。

「はあ……も、もう大丈夫、かなあ」

 握った手を放して、街のはずれで言った。

「も、もうすぐしたら、……はあ。外へ出られる様な、そう言う穴があるんだ。そこに行こう」

「おまえ、いいのかよ」

「……へ? なにが、」

 あえて目をそらして、言う。おじさんは死んだだろう。付け根までついた血を払って、鞘に戻す。その様子を見て、たっぷりボクの顔を見て、悟ったような顔をして頷いた。

「……そうか」

 じゃあ、行こう。と、彼は言った。

 二回目の、旅の始まりだった。


 *


「ここからどうする気だよ」

 どうやら僕が異能者と言う事は分かって貰えた様だが、その質問の意図は範囲が大きすぎてへ? と言ってしまった。

「……これからどこに身を潜めるのか。あるいは俺にどこまで付いてくるのか。それ、考えてる?」

「つ、いて行って、良いの?」

 はあ? と、彼は不機嫌そうなかおをもっとしかめた。

「おまえ、そりゃおいていくわけにもいかねえだろっ? お前が嫌なら良いが」

「いく! 一緒に行く!」

 ボクはぐいっと近づいて、いった。「お願い、ついて行かせて!」しばらく呆気にとられて彼はボクを見つめていたが、口を開いて出てきたのは、ボクにとって嬉しい言葉だった。

「……普通に、連れて行くだろ」

 そう言って、彼はぐいっとスカーフを鼻のあたりまで隠した。そして言う。

「……よし。じゃあ次はヨーレステラだな、いくぞ」

「はい!」

 ボクは比較的元気にそう言った。と、呆れた声。

「だから、お前さ。なんで俺が旅しているかとか、訊かねえの?」

「……? 訊きます? ふつう」

「聞くよう」

 さっきまで空気だった妖精がボクに言う。

「あたしリュミエル。アモスは知ってるよね。あたしはラル様のアモスなの。イマイチあたしアンタのこと信じらんないけど……、まあラル様が信じてるみたいなら、この際仕方ないわ、説明するね」

「俺達が今旅している理由は、とある魔術書を探す為なんだ。その内容は……まあ、相当あり得ねえ話かもしれないが……世界を作り替える、と言うものだ。で、俺達はこの地域、東リーナルを探していると言うわけ」

「……世界、を創り変える……」

 そう。と、彼はいった。「俺達神の子が、迫害を受けるなんて意味わかんねえ世界なんて、無くて十分、ということなんだろう」真剣な瞳が、ボクを見つめていた。どきどきする。ボクは逃げる為に旅をするんじゃ無いんだ……!

「分かった! じゃあ、ボクも手伝うよ!」

 彼はやっぱりためいきして、分かった分かったといったのだった。

『リュミエル、ラル……《光》。そうか、《種》は芽吹いたか』

 小さな声で、モンドは呟いた。

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