第10話 『暗くジメジメした部屋の中』(執筆者:美島郷志)
それからというものの、私は問答無用でここに閉じ込められている。いざこざの話を聞くだけにしては、もう何回か簡単な食事を提供され口にした気がする。それを三回食べれば一日だというなら、かれこれ三日はこうしている。
ここは恐ろしく居心地が悪く、何よりも窓がないせいで光が入ってこない。世界から隔離されたこの場所に明日が来るのかどうか、喉が締め付けられるような閉塞感と行き場のない焦燥感が私の心と体を蝕んでいく。
(私、どうなっちゃうのかな……。)
何よりも先が見えないという恐怖の波が、容赦なく不安の海の底へ沈めようと襲い掛かる。締め付けられる胸の痛みに耐えきれず、息を殺すように心臓を押さえた。
ガタン、と音がする。
身がたじろいだのは言うまでもなかった。暗闇の向こうから耳の奥へ入り込んでくるような空洞音が、何かが向こうからくるのではないかと錯覚させる。
心休まる瞬間などない。少しでも恐怖を和らげるため、私はその場に丸くうずくまる。
(お兄ちゃん!! ……。)
どれだけ心の中で呼んでも、その人は来てくれない。私達は離れ離れになってしまったのだ。いつ会えるかもわからない。今までずっと一緒にいた事が、こんなに心強くて、こんなに心細くなるなんて思わなかった。
生まれて初めての "独りぼっち" に、私は熱くなる目頭を堪えきれなくなる。
「…………ぅぃ。」
嗚咽が何度か漏れ出た頃だった。何か冷たい感触が、首筋にピタッと触れたのだ。
「ひゃああっ!!?」
堪らず飛び上がった私に、冷たく触れたそれも驚いて離れていった。しかしそれは、暗闇の中でも徐々に私との距離を詰めてくる。
「何!? 誰なの!?」
ゆっくりと迫ってくるそれに震えが止まらない。怯える私に目もくれず、それは一歩一歩近づいて、私の顔を板挟みにした。
ダメだ、食べられる! 私は恐怖のあまり目を食いしばって最期を待った。
「……目を開けて。怖がらなくていいよ。」
聞こえて来たのは人間の言葉だった。冷たい感触も、よくよく確かめてみれば人肌の感触だった。
その言葉を信じて、私はゆっくりと瞼の力を緩めていく。
大きな瞳に垂れた目はとても眠そうで、眉は薄く、頬の肉は痩せているが、恐らく食べていないからではなく元からなのだろう。鼻の高さも唇の厚さも程よく、じっと見つめ続けるには照れ臭い、可愛らしい人だった。
「だーいじょーぶ。怖くないよー。」
ゆったりとしていてもはっきり聞こえる声で、彼女は私が怖がらないようににへら~とだらしない笑みを浮かべた。
「……ぷふっ。」
暗闇の中でもわかるぐらいの朗らかな笑みは、この子はきっと大丈夫だと感じさせてくれた。
それどころか、その表情があんまりにもだらしなくて、悪いとは思いながらも吹き出してしまった。
「あはははははははっ! 変な顔!」
「えへへー。」
真っ暗な世界の中で、私に一筋の光が見えた気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そっか、
「うんー。よろしくねー、ヒマリちゃん。」
南方さんと話をしていくうちに、だいぶ心の中が落ち着いた。
どうやらここはお城の地下室らしく、様々な事情で人が集められるらしい。大抵は街で犯罪を働いた人らしいのだが、私たちのいる場所は「女王様にとっても大切な人」たちが集められている……らしい。そんな人たちをこんなキノコが育ちそうな場所に閉じ込めるのもどうかと思うけど、南方さんが嘘を言っているようには思えない。
なんだか……闇が深そうだな。
「南方さんはどこから来たの?」
「どこ? うーん……違う世界?」
南方さんは困ったように首を傾げて、上の空になりながら唸っている。
「凄く古い建物に入ったら、突然世界が輝きだして……気づいたら女王様と一緒に? ここにいたよー。」
「そ……それはつまりどういうことなの?」
一体彼女に何があったのだろう……。
「うーん……よくわからないんだぁ。でも食べ物もおいしーし、静かでよく寝られるから満足だよー。」
「そ、そうなの……?」
南方さんはなんというか、とてものんびりしている。こんな閉鎖的な何が出るかもわからない場所で、よくご飯なんて楽しみにしていられるものだ。
「……ねぇ、私たち、いつここから出られるかな?」
「うーん……早ければ、今晩中?」
私がとりとめのない弱音を漏らすと、南方さんはのんびりとした口調ではっきり言った。
「そっか、今晩……ん? 今晩!? 早くない!?」
「うーん。まぁ、あれは順番だからねー……。」
「じゅ、順番? 順番ってなに?」
「えーっとねぇ、大丈夫だよー。女王様も悪い人じゃないしー。」
「わ、悪い人じゃないって……ねぇ南方さん、もうちょっとわかりやすくプリーズ?」
予想外の返答と、そもそもなんで見当ついてるのっていう素朴な疑問と、なんだか怖いこと言ってる気がするけどはぐらかされてるみたいでもどかしい感じが混ざり合って、わかりやすくいうとよくわからない事になっている。
そんな時だった。暗闇の奥からコツン、コツンと足音が聞こえ始めたのだ。
「ひいっ!? なに!?」
怯える私は南方さんに飛びついた。南方さんはそれを苦にすることもなく、おもむろに私の頭を撫で始めた。
「だいじょーぶだよー。怖くないよー。」
あ、なんだろう、これ結構いいかも……。南方さんの掌にうっとりし始めたその時だった。足音が私たちの檻の前で止まったのだ。
「……そこの二人、女王様がお呼びだ。」
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