第4話 友人二人
入学式を終えて、宗二郎たち新入生はそれぞれのクラスに戻る事となった。
お決まりの挨拶に始まり、ダラダラとした歓迎の催しは彼にとっても退屈なだけだったので、すでに記憶の片隅からもご退場いただいて、ほとんど覚えていなかった。
気が付くと、教室に戻って来ていた。
そんな程度だ。
担任を受け持った教師は何用かで職員室の方に行っており、生徒は各々気の合った者、または席の近い者同士で話し始めていた。
教室での彼の席は入口寄りの後ろから二番目だった。
「へい、お兄さん、お兄さん、ちょっといいかい?」
自分の席に座ったところで、後ろから声を掛けられて彼は振り向いた。
後ろには、小柄で半眼の女の子が席に座っていた。
彼女は片手を上げて宗二郎に挨拶した。
ツーサイドアップでセミロングの髪が動きにつられて揺れる。
「こんにちは」
「そいつあ、淡白な反応だなあ」
あははと笑う少女は、「月島佑弥」と名乗って宗二郎に笑いかける。
「折角席も近い事ですし、これも何かの縁だよ。ヨロシクね、宗二郎くん」
「どうも」
佑弥は彼の手をとって、ぶんぶんと上下に振る。
抵抗もせずに、されるがままにしていると、二人のやり取りを聞いていた隣の男子生徒から声がかかった。
「おい、佑弥。あんまり初対面から馴れ馴れしくするなよ、困ってるだろ。だからお前は空気読めない能天気って言われんだよ」
「ちょっと、失礼なこと言わないでよ。そんな事ないよね?」
「ええ。変な人だなあ、くらいにしか思ってないです」
「おおぅ、バッサリだぜ。嘘がつけないタイプだね。ゴメンよ、宗二郎くん」
あまり目つきのよくない、長身の彼は堂島棗と名乗った。
制服を若干着崩して、非常にダルそうにしている。
「二人は知り合いですか?」
「そうよー、棗くんとアタシはお友達なのよ」
「え? よく聞こえなかったんだが、なんてったんだ? 中学時代からの、ただの腐れ縁だろ。何の因果か高校まで一緒だけどな」
「なんだとぉ、腐れ不良め」
「誰が不良だっつの」
棗の否定には、佑弥は口を尖らせて抗議する。
「なによぅ、お兄さん誰のおかげで無事に高校に入れたと思ってるのよ。ちょっとはアタシに感謝しても罰は当たらないんだけどな、寧ろ感謝しろよお」
にししと彼女は愉快そうに笑って「宗二朗くんもそう思わない?」と話を振って来た。
「いや、知らないですよ」
二人の関係なんて。
「えー、なんでさ。宗二郎くんも棗の味方するのね、祐ちゃん悲しいの」
「宗二郎、正直で良い奴だ。友達になろう」
棗の肩を持ったつもりは無かったのだが、がしっと握手された。
佑弥は佑弥でよよとわざとらしく泣き崩れた真似をしていて、何だかんだで二人とも似た者同士なんじゃなかろうか、と宗二郎は思った。
「ふーんだ、アタシ一人だけ除け者なのね」
「すみません?」
で良いのだろうか。
「ほっとけ、宗二郎」
つんと唇を尖らせてソッポを向く佑弥についつい謝ってしまう。
棗は慣れているのか、そんな彼女に特に反応しなかった。
「ぶー、つまんなーいの」
机に顔を乗せて横を見て、彼女はダレたように半眼をさらに細める。
そんな事を話していると教室の前の扉が開き、今までお喋りをしていた生徒が口を休めて注目した。入って来たのは、宗二郎たちのクラスの担任を務めることとなった男の教師だった。
教師は教壇に持っていた様々な書類を置いてから生徒に向き直る。
生徒はようやく現れた担任についてヒソヒソと囁きあう。
「おぉ、格好いい先生だね。あれは数学の館脇せんせいよ。堅物で有名なのね」
「何で知ってるんだ?」
「うんにゃ、それは勿論さっき聞いたからさ」
「誰に?」
「知らない人!」
「知らない人にホイホイものを訪ねるんじゃあないよ、迷惑だろ」
「えぇー、だって教えてくれるって言うからぁ」
「言うから、じゃねーよ」
そんな評価を余所に館脇は手早く書類の整理を終えて、それから二度、手を叩いて自分に注目するように口を開く。
「注目。静かにしろ」
その言葉でざわざわと騒いでいた生徒は口をつぐんだ。
「これから資料を配るので、一枚とって後ろに回すように。大事な手紙もあるので、帰宅したら忘れずに保護者に渡すこと」
そう言って、館脇は手に持った書類を回し始める。
前の生徒から渡されたそれを宗二郎は後ろの席の佑弥にと手渡す。その際、彼女はニコリと笑って受け取ってから彼に口を開いた。
「これからヨロシクね。宗二朗くん」
「こちらこそ。佑弥」
何はともあれ、宗二郎の高校生活はこうして幕を開けた。
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