59限目 深まる秋
時の流れというのは、なかなかに多角的である。
時計という概念で言うならば、それは常に一定速度で、かつ正確である。電波時計ともなれば数年単位でミリ秒しかずれない。
一方で、それは速度によって変わるともいう。高速で移動しているものほど時間の密度は濃くなり、結果として周囲よりも時の流れが遅くなるらしい。
他にも、重力の影響もある。重力ポテンシャルの高い空間ほど、時間は早く進むというのだ。
まぁここら辺はアインシュタイン大先生の相対性理論に任せるとして、だ。
俺が思うに、一番の要因は、結局継続する側の精神的な要因に思う。
例えば人間なら、退屈な時ほど時間は遅く流れ、逆は早くなる。充実している時ほどあっという間に過ぎるのだ。
充実、というと、多幸感が含まれているような感もあるが、実際はそうとも限らない。単に仕事やイベントがてんこ盛りだったりして変化に富むだけでも、時間は無慈悲に消費されていく。
学校という機関において、九月はまさにそんな時期だ。
夏休みという長期休暇が明け、真夏の項垂れを引きずる体に鞭を打ち授業を受ける。空白の時間に変化した人間関係に神経を尖らせ、水面下での優劣争いに目処がついた頃には、現実を数字で突きつけるテストが迫り、それを乗り越えれば、あっという間に十月だ。
十月と言えば暦の上では秋であり、衣替えも本格的に行われる。晴天では未だに暑苦しく、雨天が続けば肌寒い。そんな時折見せる冬の形相に、少しずつ人間の感性もセンチメンタルを帯びてくる、そんな季節なのだ。
さて、十月である。
多くの部活は夏場に本番を迎え、三年生は本格化する受験戦争を前に引退、新体制への基盤を手探りで探している頃だろう。
しかし、そんな多くの部活の例に反して、ゲーム部の活動は益々熱を上げていた。
ゲーム部の舞台は、まさしく「ゲーム甲子園」。新設されたビッグイベントの記念すべき第一回は、その予選を十一月に迎える。十月は、それの最終調整時期と言える。熱が入らない訳が無い。
これは彼らの勝利を掴みとる為の戦いではない。
彼らがその居場所を見つける為の闘いなのだ。
◇
「よし、そこまで!」
いつもの視聴覚室。そこはゲーム部の部室である。俺の号令によって、皆が一斉にヘッドホンを脱ぎ捨てた。
「ふー! あっつーい!」
飛び散った青春の飛沫が、モニターの光を乱反射させ、煌めいている。
映し出されているのは、バトルロワイヤル系シューター「PSBR」の戦闘結果だ。今しがた、学生専用サーバーで行われている練習マッチが終了したところ。四人一組で挑むフォーマンセルロイヤルルールで、結果は三位。最終盤にて相手にうまいこと出し抜かれ、善戦したものの、全滅してしまった場面だ。
「さっそくだが、今の説明をしていく」
俺はホワイトボードに、先ほどの戦局を描いていく。簡易マップと、○で人の配置を示していく。
「今のは、相手の投擲を許したのが致命的だったんだ」
ステルス行動で慎重に間合いを詰める美月達だったが、集中力の乱れか、メンバーの姿が岩陰から一瞬見切れてしまった。そこへ、相手からのグレネード投擲。
「少しでも見られた可能性があり、かつ相手が身を晒しているなら、攻めるべきなんだ。なぜなら、このように不利になるからだ」
グレネードを投げつけられたことにより、美月達は回避せざるを得なくなった。岩陰に身を隠しているとなれば、その回避方向は限られる。そこへ射線を置かれたら、あとは撃ち抜かれるだけだ。実際にその方法で灯里と悠珠が撃ち落とされ、前に出た美月は蜂の巣、最後の琢磨は背中に銃弾を浴びて倒れた。つまり、おびき寄せられたのだ。
「不用意な攻撃は悪手だが、しかし相手に好き放題させるのは最悪だ。少なくとも、相手に撃たれるより先に攻撃を仕掛けている分、こちらがマシになる。攻撃することで相手の手段を封じる事も出来るから、積極的な姿勢も忘れちゃいけない」
実際、FPSゲームの多くは攻撃側が有利だ。相手と自分の動力性能が同じなら、先に動いた方が有利なのは言うまでも無い。
「だがまぁ、そもそものミスは、見つかった事だな。一瞬の集中力の切れが命取りになる事もあるから、気をつけるように」
その常識を打ち破ったのが、バトルロワイヤル系ゲームだ。ランダムに戦闘エリアが変化する同ジャンルは、有利な戦闘状況を探すと言う選択肢が出た。先に有利なポジションを陣取り敵を待ち受けるという戦法は、防御的な立ち回りの威力を高め、返り討ちを現実的なものにした。これが人気の秘訣でもある。
このように同じようなシューターと言えど、ゲームにはそれぞれの個性に合わせた攻略法が存在する。操作方法はほぼ画一されたFPSとは言え、その立ち回りは全然別物。
その立ち回りの重要度を説けと言えば簡単で、素人が格闘家相手に突っ込めばその結果は火を見るよりも明らかな訳で、立ち回りとは、そういう実力差がありうる環境下で、いかに自分に有利な状況を相手に押し付け、勝負を制するかにある。力で勝てないなら拳銃を持て、相手も拳銃なら背後からやれ。シーンごとの有利条件を理解して都度再現することで、勝率は格段に向上する。
だからこうして俺は、実践後に必ず解説するようにしているのだ。
「ごめんね、みんな」
それを受けて、灯里が両手を拝んでいる。姿を晒してしまったというのは灯里だった。彼女が一歩出遅れてしまったのは、アイテム交換に手こずったからだ。
「スコープを替えようとしたんだけど、まごついちゃって」
「大丈夫だよ、灯里。次からは気をつけよう」
すぐに続いてフォローを入れたのは琢磨だった。乱高下しやすい灯里のメンタル管理は、今や琢磨の立派な仕事だった。
「そうですよ、灯里センパイ。次はあたしが敵をぶっ殺しますから!」
「……真っ先に返討ちに合っていたじゃないですか、美月さんは」
明るく励ます美月にチクリと刺したのは悠珠だ。その鋭さのあまり、美月の表情は笑顔のまま時が止まってしまっている。
「だいたいあの距離でスパスとか。せめて
「しょ、しょーがないでしょ!
美月は両手を振り上げて、ムキー!と効果音が聞こえてきそうなポージングをしている。その様子をドライな目線で見つめる悠珠は、クレヨンで描けそうなほどの見事なキノコ型の溜息をついた。
「練習してください」
「悠珠のいじわる!」
夏休みが明けて以降、美月と悠珠の間にはよくわからない争いが頻発している。お互い根はいい奴同士なので大事には至らないが、果たして喧嘩しているのか、喧嘩するほど仲が良いのか。どう言う訳か、こういう小競り合いの後、決まって二人揃って俺を睨んでくるのが本当に困る。吹き出しを描けば「どっちが正しいと思う!?」と台詞が浮かび上がるに決まっているので、知らんぷりをすることにしている。
「まぁ、負けたら連帯責任だ。仲間なら、チームメイトの不得意な環境を作らないようにフォローし合うことだな。さ、休憩したら再挑戦だ。返事は?」
「はい!!」
日々の厳しい練習は部員たちの結束を強くした。目的が決まっているから、気持ちの切り替えも早い。彼女達は、身も心も強くなったのだ。
こうして、白鷺高校ゲーム部の秋は深まっていった。
そして季節は冬に入ろうかという十一月。
いよいよ、それは始まったのだ。
――G甲子園大会、関東地区予選が。
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