307帖 オアシスに噴水
『今は昔、広く
大通りを街の中心へ向かうと、次の角にホテルがあった。そやけどそこも満室。その向かいのホテルも、その隣も然り。仕方なく更に街の中心へ向かって歩く。
街の中心に近づくに連れ、少しずつ現代的な建物が目立ってくる。勿論、カーキ色の土レンガで出来た建物も多いけど、モダンなデザインの鉄筋コンクリート製の建物の数も高さも増えてきてる。それに比例してホテル代も高くなる様な気もしてる。
その後見つけた「中の下」クラスの2つのホテルは、やっぱりどちらも満室。流石にミライの顔にも少し不安が見え隠れしてくる。
「安いホテルはどこでも何時でも一杯や。そやしちょっと高いかも知れんけど、ええホテルに泊まろうや。そういうホテルやったら空いてるでぇ」
「そうねー。お金ならまだ沢山あるから心配無いけど……」
「大丈夫。直ぐ見つかるって」
あんまり自信は無かった。そやけどこんな都会やし、高級ホテルやったら大概空いてるやろし、高いお金を払ろてでもそこに入ったらええわと考えてた。
そやけど心配なんはこの暑さ。昼の12時を過ぎると、更にきつい日差しが容赦なく僕らを苦しめる。
「どこかにホテルは無いかなぁ」
「まぁ、そのうち見つかるって」
「でも、早くしないとオフィスが閉まってしまうよ。明日は日曜日だから、どんどん遅くなってしまうわ」
「そっかぁ。それやったら急がなあかんな」
「そうだよ」
ホテルが見つからん不安とパスポートの
やばいなぁ。これは早よせなあかんぞ。
またミライを不安にさせたくなかったし、僕は少し焦り始める。焦れば焦る程、日差しのきつさが身にしみる。
大きなモスクの横を歩いてると、そのモスクからカッターシャツに黒のスラックスを履いた紳士風のおっちゃんが出てきた。
僕は直ぐにそのおっちゃんに声を掛ける。
「すいません。ホテルを探してるんですが、知ってる所があれば教えて貰えませんか?」
「ああ、いいとも。キミは中国人かい?」
「いえ、ジャポンです」
「おお、ジャポンですか。よく来たね。えーっと、今キミが歩いて来た道を戻って、あの角を右に曲がればホテルがあるぞ。しかも安い」
おっちゃんは自慢げに説明してくれる。そやけどそこは……。
「ああ、そこはさっき行きました。既にいっぱいでした」
「そうか。うーん……」
「高いホテルでもいいんですが」
「そういうことなら……。OK、いいホテルがあるぞ。私に付いて来なさい」
「ありがとうございます」
そう言うとおっちゃんは歩きだす。
「ええホテルがあるみたいやで」
「よかったね。少しぐらい高くてもいいわ。急ぎましょ」
僕らはそのおっちゃんに付いて行く。
モスクの横を抜けると
この通り沿いの建物は新しく、車も結構走ってて都会って感じがする。どことなく以前にも見た様な雰囲気やなぁと思てたら、イランの
砂漠の都会って、どこもこんな感じなんやぁ。
まぁ、唯一違う所は英語表記があるとこかな。さっき寄ったホテルでもちゃんと英語表記がされてたし、イランでは絶対にありえへん事や。それだけでも僕は何となく落ち着くし、どちらかと言うとここ
そんな事を考えながら歩いてると、いつの間にかミライはおっちゃんと話をしてた。時々おっちゃんが驚いた様な顔をして僕を見るのんはなんでやろと思たけど、ミライがご機嫌やったんで大丈夫かな。
するとミライは僕の方を振り向き、
「このおじさんは、大学の先生なんだって」
と紹介してくれる。
その後、そのおっちゃん、いや教授と歩きながら話をしたんやけど、僕の語彙力の無さのせいで話の半分も理解出来へんかった。
判ったんはこの教授は
ちゃんと英語が理解できたら……。
それを思うと残念で仕方がない。
話を聞きながら暫く歩くと、
教授は右に曲がってキルクーク通りに沿って歩いて行く。ちょっと高級そうなレストランや喫茶店を過ぎた所でおっちゃんは立ち止まった。
ほんで少し奥まった所にある大きな建物を指差し、
「あのホテルはどうだろう。いいホテルだぞ。それに外国人もよく泊まっていると聞く」
と説明してくれた。
「そうですか。どうもありがとうございました。助かりました」
「なに、問題ない。それでは良い旅を」
教授と握手をして別れた。
見送った後、改めてホテルを眺めてみる。結構新しい建物で、10階建て位やろか、看板には英語で「
砂漠のオアシスに噴水かぁ。
「ミライ。ここはめっちゃ高いかも……」
「そうね。でもここにしましょ。早くホテルに入りたいわ」
「分かった。ほな行こか」
何台も並んでる車の脇を通り、ホテルの入口に立つ。ガラス越しに見える中の様子はめっちゃ高級そう。それにさっき見て来た安いホテルの様に人や荷物が溢れかえってるって感じは無い。
やっぱりめっちゃ高いんとちゃうやろか?
そう思たけど、ミライの為やと思い勇気を出してこの高級ホテルの中へ入った。
つづく
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