テーブルの上に何がある?
明智紫苑
アイリッシュシチュー
隣の部署にいた野郎が言っていた。
「ブスの正妻が丹精込めて作った手料理より、美人の愛人がレンジでチンしたレトルト食品の方がうまいに決まってる」ってさ。
アホか。
俺は男だけど、同性としてこんな野郎とは一緒くたにはされたくないね。
単なる女性差別や外見差別だなんてもんじゃない。「食」というものに対する冒涜だ。
そもそも、他の男に奪われないためにわざわざブスの女を正妻にした上に、さらにてめぇの遊び相手の美人を確保するなんざ、とんでもねぇ贅沢野郎だ。実に厚かましい。世の中には美人や十人並みの女どころか、ブスにすら相手にされずに余っている男がゴマンといるんだ。まあ、そんな輩ほど負け犬の遠吠えで贅沢を言うんだがな。
俺が思うに、人間の食に対する思い入れというのは、そいつの教養レベルを測る物差しだ。どれだけ食に対する意識があるか、どれだけ食について学び、色々と食べて味わえるかで、そいつの人間としての深みが分かるような気がするのだ。あの「ブス嫁の手料理より、美人が温めたレトルト食品」などとほざくような奴は、「人間」としても「男」としても実に薄っぺらい、くだらん野郎だ。
今日の夕食のおかずはアイリッシュシチューだ。これは羊肉のシチューだが、近所のスーパーマーケットではなかなかシチューに適した羊肉の塊肉が見つからないので、代わりにジンギスカン用の薄切りロール肉を使う。
他には人参、玉ねぎ、ジャガイモ。要するに、カレーの材料と変わらない。俺は材料を切り、鍋に放り込んで炒め、水を入れて煮込む。途中でローリエの葉っぱやコンソメを入れて、さらにしばらく煮込む。
しばらく経ってから、味付けを整えて火を止めて椀に盛る。西洋風のスープ皿ではない。百均で買った漆器風の椀だ。何だか「アイリッシュシチュー」というよりも和風の肉じゃがみたいだが、食うのは俺一人だから、見た目なんぞどうでもいい。
これは今日初めて作った料理だが、ビギナーズラックでなかなかうまい。アイルランド人にとっては人参の有無についての議論があるらしいが、俺が作ったシチューはなぜかジャガイモよりも人参の方が多い。どうせ、俺一人だ。別にいいだろう。自己流なりにもうまいんだし。
俺はこれを食べて、別の料理を連想した。いつかレトルトパックを買ってきて食べた沖縄料理の山羊汁。あれをもっとマイルドにしたような風味なのだ。ジンギスカンは濃い味付けのタレで羊肉本来の味を分かりにくくするが、それに対してこのシンプルな料理法だと羊肉本来の風味が際立つのだ。
翌朝、俺はどんぶり飯に昨夜のアイリッシュシチューの残りをかけて食べた。こうしてもうまい。
あの「ブスの正妻より美人の愛人」などとほざいた野郎は、結局はいまだにカノジョが出来ないようだ。奴は今日もジャンクフードばかりを食っているけど、どうせ「食」を軽く見る奴にはお似合いの末路だよ。
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