第397話 騎士の矜持、憧れへの道筋 16

(──!! 今だ!!)


 決して決着をつけさせない攻防一体の打ち合いは、気力と体力を徐々に消耗していく。

 それは、己の状態が諸に反映されるということでもある。

 対峙するリリィから絶対に目を反らさずぶつかり続けた先に見出した勝機。それは、彼女がわずかに足を揺らし、剣に込められた力が抜けた瞬間だった。

 電子頭脳に受けたダメージから生じる予期せぬ誤作動。予定外の挙動が太刀筋を鈍らせ、入り込む余地を与える。

 リリィは即座に不具合の修正に入りつつ立ち回りを戻そうとするが、千載一遇のチャンスをエミルが逃すはずがなかった。

 一気に力を入れて全力で押し込み、崩れたバランスをさらに揺らがせる。

 リリィの損傷した中枢部に、さらなる修正事項が追加され、タスクの処理がより難しくなり、電子頭脳の負荷がより増えていく。

 押す程に大きくなっていくリリィの隙。これを逃せばチャンスは無い。

 エミルは再び、リリィの感情の無い顔と見合った。


「りゃあああああっっ!!!!」


「!!!???」


 剣の攻防から外れた、かつてのがむしゃらな時代の名残。

 エミルは歯を食いしばり、己が守るモノの為に、本気の頭突きをぶつけた。

 ダメージの蓄積した頭部への致命的な一撃が、防御する間もなくリリィに叩き込まれる。

 金属的な、硬質な衝突音が悲鳴の如く鳴り響く。

 さらなる損傷によって、リリィの中でノイズが乱れ飛び、眼球がかたかたと無機質に揺れ動いた。


「頭部そ、損傷。戦闘プログrrrムに不明な不ナえエラーが発生しし……動サ修sssい。エラー、左腕部に現在制御制御フnoう」


 彼女を司る重要な器官が壊れたことで、電子音声や全身の挙動から造られた人間性が崩れ落ちていく。

 人生経験の積み重ねを感じさせた声は、ノイズまみれの作り物らしさが混じり、口から出てくる言動も到底会話の成立を諦めざるを得ないようなぐちゃぐちゃぶり。

 身体はまるで、下手な人形師が初めて魔法で人形を操った時のような稚拙さ。

 エミルが手加減なしに叩き込んだ頭突きが、それ程にリリィの張り付けられた人間性を剥ぎ取ったのだ。 

 洗脳されているというカバーストーリーがなければ、エミルもエウラリアも彼女のことを一瞬でもとても異様な存在のように見せてしまっていただろう。

 こうなればもう、戦いの結果は決まったも同然。

 エミルは再び剣を構え、フランヴェルジュの炎をより強く滾らせる。

 しかし、彼の顔には一切の喜びは無かった。むしろ、念願であったリリィとの対峙がこんな酷い有様になったことが、悔しくて仕方がなかった。


「…………リリィ団長、こんな形で戦いたくはなかった」


 刀身には覚悟が満ちている。


「私はこれを決着だなんて思っていない。だから、これはただの夢と思うことにします」


 リリィはかつて、団員達に胸に刻む言葉として何度も伝えていた。

 "強くあれ"と。

 強さにはいくつもの種類がある。間違った道へと進まず、踏み止まり、力と心の強さを持つものがまさしく騎士に相応しい。

 今ここで歯を食いしばってリリィを斬る芯の強さ、たとえ操られていようとも己を信じて打ち負かした強さ。

 そして、誰かを守る為に突き進む、仲間の為に身を挺することが出来る程の意志の強さを持つエミルには、まさにその言葉の通りの騎士とも言えるだろう。


「だから……今暫く、眠っていてください!!」


 そんな彼でも、憧れへの情を捨てられない弱さがある。

 だが、弱さがあることが必ずしも悪いわけではない。

 それを自覚し、己の一つとして受け入れることも、また一つの強さとなる。


「我が意志より、斬火は全てを振り払う────ファイアシュナイデン!!」


 エミルの炎の一太刀は、リリィの身体を鎧ごと斬った。

 リリィの動作は硬直し、残火宿る傷痕がつけられた。

 だが、それでも彼女は人間的な悲鳴一つ上げることはなく、無表情のままだった。

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