第377話 あなたが誰であっても 19

「ああ゛ああぁぁっっ……!!!」


 アイドルとして振る舞い、可愛らしい自分を演出し続けてきたセレナが、今までに出したことの無いような叫び声。

 ユミルとセレナの接続は断たれ、それと同時に、空中に生成され降り注いでいたシリウススパーダは消え去った。

 と同時に、下の巨体ユミルから、唸り声のような激しい駆動音が鳴る。

 セレナの身体は宙を舞い、ルシールの方へと向かうように飛んでいった。


「セレナ! ぐうっ……!」


 ルシールはそのまま落ちては危ないと、両腕で支えようとした。

 が、自身の力以上の炎魔法を放ち、さらに間近でその衝撃を受けたことによって、両腕に激痛が走りたじろいでしまった。

 それでもと、ルシールは歯を食いしばり、セレナを受け止めた。


「セレナ、大丈……えっ?」


 ぐったりとした、下半身の無い友達に呼びかけようとしたその時、駆動音をならしていたユミルがさらに大きな挙動を起こし始め、全身を揺らした。

 既に疲弊したルシールの身では、それに対して完全にバランスを取ることができない。

 さらにセレナの体重が加わる今にも倒れてしまう寸前。

 だが、その直後、体勢を立て直す暇も与えられず、ルシールとセレナは、ユミルの振動によって空中に大きく投げ出されてしまった。


「きゃあああっ…………!!」


 飛ばされた勢いで、セレナと身体が離れるルシール。

 落ちている間にも、なんとか再度掴もうとするが、届かないし身体も動かない。

 地面との衝突まで残り僅か。ずっと空中のセレナを捕まえることばかに考えていたルシールだったが、今自分が危機的状況に陥っていることに気づいた。

 魔法を用いて、クッションなり空中制御なりしようと思っても、どんな魔法を使うのが正しいのか、そもそもこんな状況に陥ったことが無かったルシールにはどうしようもない。

 とにかく何か発動しようと思っても、両手の痛みがそれを妨害する。

 もう間に合わない、地面にぶつかってしまう。

 諦めかけていたその時、劾煉がスライディングでルシールの落下地点にギリギリで滑り込み、地面との衝突は避けられた。

 体重と速度がそのまま乗った衝撃が劾煉の全身に伝わるが、彼の筋肉は見事にそれに耐えきってみせた。


「大丈夫か、ルシール殿」 


「は、はい……ありがとうござ……あっ、セレナ!!」


 死を免れて一瞬の安堵の後、お礼を口にし終える前に、ルシールの思考は手を離れたセレナに戻った。

 一体どこに行ってしまったのか。なんとか目を動かし探すと、ちょうどその姿を視認した。

 空中から地面へ、何の手段も無く落下していく姿を。

 セレナは地面に激突し、まるで玩具のように回転しながら転がっていった。

 衝撃が加わる度、晒された下半身の断面から転げ落ちる金属部品。

 金属の衝突音が何度も鳴り、セレナの腕は折れ曲がり、模造皮膚は傷つき、頬に小さな傷と穴が空いていた。


「セレナ!」


 すぐに駆け寄り、安否を確かめるルシール。

 その姿は酷いものだが、彼女の声になんとか首が動かせている分、まだ機能不全に陥ってはいなかった。


「いっ…………た…………もう……痛すぎて……頭……まワん……なイ…………」


 ノイズだらけの声で、すぐに駆け寄ってくれたルシールに、心配させまいとぎこちない笑みを見せるセレナ。 

 もうそんな表面的な繕いに意味の無い状態だというのに。


「待っててセレナ、今すぐ安全な場所に……」


「もウ、そんな……場所……ないっテ…………」


 その言葉の直後、中枢部を失ったユミルの駆動音がさらに一段階うるさくなり始めた。

 あれだけの出力と暴力性を発揮していたモノが、これで終わるわけがない。

 セレナの不完全なシリウススパーダや、それまでに放ち続けていた無差別の暴虐的魔法の数々、そして射線上を全て消滅させたビーム。

 それらのマナの出力源は、ユミルから供給されたものである。

 それを、セレナを通して様々なバリエーションを作り、攻撃手段としていた。

 そんな膨大な魔力がどこに注ぎ込まれるか。ユミルだけとなった今、わかりきったことであった。


「また、あれが来るの……!」


「セレナ……の……かんかく……に……モ……残ってル……あれ……ハ……とんでモナ……い……やつ……だから……」


 セレナへと回す必要がなくなった分、ユミル内のマナが全て砲門へと注がれる。

 今の二人の身体で逃げることは到底叶わない。ルシールもそれを一度見ており、セレナも発動した側の体感として威力を実感している。

 それ故に、絶望の一歩手前まで精神が追い込まれていた。


「そんな……あんなの、どうやって……」


「あはハ……せれナも……もう終わりカな……でも、せめテ……るしールだけでも…………」


 やれる限りのことを尽くした先の絶望感。

 こうなったら、自分よりも、せめて底抜けに良い子である、唯一の友達が生き残るべきだ。

 セレナがルシールに震える手をかざそうとしたその時、二人の側に力強い足音が聞こえた。


「よくやったルシール。あとは俺達に任せろ」


「其方の勇姿、しかと見届けた。此れより先は、拙らが力を示す時だ」


 絶大なる暴力には、強大なる力で対抗する。

 二人の側に立ったのは、ボロボロながらも闘いの意思を決して途切れさせていない、アレクシスと劾煉だった。

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