第339話 いざ、アルフヘイムへ 3
「いくらでもかかって来やがれ! あたしはエヴァン=ハワードの妹、アリシアだ! あたしの大切な友達の姿して、ただで済ませてやらねえからな!!」
慣れてはいけないことだが、もう慣れた。
眼の前にいるのは、友達の姿をしただけの敵。その記憶すらも惑わす道具に使う外道。
勢いのままの声が出るが、その奥には怒りが感じる。
火の粉散る矢を構え、動く的であっても鷹の目を崩さない。
アリシアは、より洗練された正確な射撃によって、飛び込んだ偽ティアの首元を撃ち抜いた。
速度、威力共に申し分ない。
偉大な兄に近づきたい。より皆の力になれるよう強くなりたい。強くありたい。
才能溢れる彼女の力は、己の意思によってさらに磨かれた。
模造皮膚を貫通し、向こう側まで突き出る赤の矢。
偽ティアはあくまで照準をブレさせず、仰け反りながらも顔と砲口はアリシアと馬車に向け続けた。
だが、二の撃である矢尻の爆発が、貫いた穴から首と身体を両断した。
偽ティアの身体と頭は地面に落ち、車輪の跡の上で断面をスパークさせながら、ガタガタと痙攣した。
「獣の真似事でも初めてたってか。だがぁ! 中途半端なんだよ!! 俺みてえな人狼よりもなァ!!」
飛びかかるのは一体だけでは収まらない。
次々と可愛らしい顔を開放しては、まさしく凶暴な動物の如く飛びかかる。
だが、付け焼き同然の獣の肉弾戦を仕掛けるとは、舐められたものだとばかりに、迅怜は雷魔法すら使うまでもなく、拳を叩き込み、剛爪にて切り裂いた。
「…………笑止!」
もう片側の馬車にも、四本脚の偽ティアと、通常の二足かつ、手から刃を開放した偽ティアが一気に攻撃を仕掛ける。
劾煉は冷静に個々の動作、速度、狙うべき急所を見極める。
無駄な攻撃すらもなく、冷静に一発。突き、裏拳、掴みから他個体への叩きつけと、処理とも言うべき速度で蹴散らしていった。
ひとまずは周囲に纏わりつく偽ティアの排除は成功した。
だが、まだ第一波。外側に見える敵の数は減っていない。それどころか、より増え始めているようにも見える。
車両も無く、自らの脚の機動力だけで馬車に追いつく量産兵は、たとえ戦闘力で勝っていなくとも明確な脅威だった。
車内からも、窓や入口を開けて外の様子を確認し、クロエが氷柱や氷の礫で、視認可能な範囲の敵を排除しサポートする。
もう一方の車両でも同様に、エミルも側面から遅い来る個体を、素手のバーンズと共に払っていった。
「アリシア! 外はどうなってる! 数は!?」
「一向に減る気配がねえよ! いくら倒しても湧いてきやがる!!」
ラントの大声での状況確認が掻き消えそうなくらいの、外の戦闘音。
助っ人として出ようにも、アリア達に与えられた戦闘スペースは、馬車の天井部分と荷台のみ。
立ち回りの余地を残しつつ防衛するならこれ以上は増やせない。どんな状況でも縦横無尽に動ける者なら話は別だが。
「ぐっ! 今の衝撃……南西か」
「アウルス、そちらの状況は」
「この衝撃なら軽微ってとこだけど、これが複数ならこの馬車でもかなり危なそうだ」
「そうか。我々は乗員第一だ。皆様の無事を最優先にするんだぞ」
「わーかってるよ親父! 散々叩き込まれたからな!!」
ガイウスの老練な手綱捌きとは裏腹に、強引さがやや前に出るアウルス。
彼らの腕は一流。どれだけの妨害を受けても、道中が荒れ始めようと、ミカエルの堅牢な馬車と蓄積した自らの経験と技術を最大限に駆使し、女神とその戦士をアルフヘイムへと到達させるべく奔走する。
搭載された護衛魔法を発動をさせるにも、魔法具であるが故に限りがある。無駄に撃つことはできない。
何より、身体が今ではないと告げている。
後方の強者たちに背中を預けながら、アルフヘイムを目指していく。
だが、どんな時でも予想外という物は存在する。
「やはり来るか。ふんっ!」
当然、姿を晒している以上狙いはつけられる。
それまでは三人の手によって護衛範囲をカバー出来ていたが、数が増えるごとに御者にも魔の手が伸び始めていた。
狙われた程度で怯む程、彼らはヤワではない。
備えられた剣で弾き、柔軟かつ軽快な身のこなしで回し蹴りを叩き込む。
少数ならば対処も可能。しかし、一人に複数となれば話は別。
アウルスが着く方に、六体の偽ティアが内部装備を展開しながら襲撃してきた。
「マズい、これは対処しきれねえ……!」
「しまった! 間に合わない……!」
「うおおおおらあああ!!!」
それに最も早く反応したのは、迅怜だった。
全身に電撃を纏い、馬車のフィールドから飛び出さんばかりの勢いと速度で、一瞬にして三体の身体を両断した。
当然迅怜自身は投げ出され、馬車から置いていかれるが、まだ三体残っている。
ほんの一瞬の出来事。被弾は免れないと思っていたその時、迅怜の一閃とほぼ同時。残された敵の胴体を、肉の槍が貫いた。
偽ティア達は脊柱部を貫かれ痙攣しながら抵抗するが、既に実質的な戦闘不能。
そのまま放り捨てられ、御者への襲撃は失敗に終わった。
「今のは、まさか……!」
予想外というのは、誰の立場にも発生する。そこに敵味方の区別などないのだ。
安否の心配こそするも、結局この日まで姿を見せることはなかった。
どこに行ったのかもわからなかった彼女は、どこからともなく追いついてきた。
アリシアを始め、次々とその姿が視認される。
変幻自在の肉を持つ味方は、たった一人しかいない。
「おおおーーーい!! 僕を置いてくとか、水臭いぞーーー!!」
生物の脚が、大地を駆け抜ける。
ジャガーの身体に、女性の上半身がくっついた異形の姿。
まるでケンタウロスの如き、いびつな美しさを放つ姿は、偽ティア達への新たなる楔となった。
「ラクシヴ!!」
「私も加わらせてもらうぜ!! うちがいれば百人力じゃ!」
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