第316話

 セレナが逃げ去った後、偽ティアや他者からの追撃も無く、なんとかその場を去ることができた大我達。

 大我とエルフィは、ラントが創り出した石の荷車の上に乗せられ、ぐったりと疲労困憊していた。

 二度に渡って直接風弾を叩き込まれた腹部が、戦いが終わったあとでずきずきと強く傷んでくる。

 ラントは先頭に立ち、魔法の力で荷車を押しつつ自身の力も加えて動かした。

 エヴァンと劾煉は、出発前に伝えた通りにその隣を歩き、ラントの負担を減らしていた。

 大我達の向かう方向そのものは、アルフヘイムを指しているが、その足取りは決まっていなかった。


「一回アルフヘイムに戻りたいな……さすがにすげー疲れたよ」


 ぽつりと呟いた大我の一言。

 それにエルフィ、ラント、劾煉は、言いにくそうに口を濁した。


「今はたぶん無理だ。こんだけ消耗した状態でアルフヘイムへ戻るのは……」


「いてて……え、何かあるのか?」


「それが……」


 ラントがアルフヘイムの現状について説明をしようとしたその時、進行方向側から、何者かがやってくるのが見えた。

 全身を鎧に包んだ男女二人。大我達の姿を目にした瞬間、ようやく見つけたとばかりに足を早めた。


「見つけた! あなた達が精霊を連れた桐生大我さんと、エヴァンさんの一行ですね?」


「あんたらは……ネフライト騎士団か?」


 鎧や装飾品の特徴までしっかりと覚えているラントが、すぐに二人の所属を言い当てて見せる。

 二人は説明の手間が省けたと、一瞬だけ笑みを浮かべ、それから表情の緊張を取り戻した。


「はい。ネフライト騎士団第一部隊員のクリークとネロです。自己紹介は後にして……私達はエミル隊長の指示で、お二人を探すように頼まれました」


「エミルさんが?」


「緊急事態です。そこに他の隊長達や皆さんの知り合いも待機していますので、私達についてきてください」


 説明をしている暇などない、というような切羽詰まった雰囲気。これはおそらくあれこれ迷っている時間は惜しいと判断したエヴァンは、すぐさま決断を下した。


「わかりました。ついていきましょう。みんながいるのなら、身体を休めることも出来そうです」

 

「俺もそれに賛成です。アルフヘイムに戻れないなら、そこで休憩取りたい」


 ラントも劾煉も、それに賛成の頷きを向けた。


「感謝します。では、ついてきてください」


 ラントは荷車を走らせる力を強め、二人の騎士の後ろをついていった。

 セレナという予想外の強敵と対峙した後で、また何か起ころうとしているのか。

 大我達は目まぐるしく動く運命に流されながらも、その気持ちを強く保ち続けた。



* * *



「こちらがアルフヘイム住人の避難場所になります。元々存在していなかったので即席ではありますが、第2部隊の協力もあって、人々がなんとか簡易的に住める環境は完成しました」


 二人の騎士に案内された先に広がっていたのは、巨大な街であるアルフヘイムの住人の多くが集まった、シルミアの森の中に作られた広場だった。

 ところどころにはまだ切り株が残されており、それを避難した住民が椅子代わりに使用している。

 下処理も終えていない丸太がいくつも積み上がっており、環境こそ未完成だが、ここでなんと凌ごうという意思は強く伝わった。

 大我達のいる場所から遠くでは、第2部隊隊長のバーンズが所有する馬車を囲うように、人々の食事スペースが丸太を利用して造られている。

 ラントは、騎士団の戦闘面以外でも活きる能力と、行動の迅速さに改めて感銘を受けた。


「みんなこんなところにいたのか……通りで街中に人がいねえわけだ」


「まさか、あれからもうこんなことが起きてるのか? 俺の時間の感覚がおかしくなったわけじゃないよな?」


 目まぐるしく進んでいく数々の出来事に、混乱しそうになる大我。

 そこに集まった人々を見渡すと、自分以上に混乱している人、そんな人を震えながらも安心させようとする人、突如避難させられた人の為に動く人々。

 無辜なる住民の様々な事情や人間模様が多く渦巻いていた。


「よかった! 大我さんもエルフィも、皆さんも無事だったんですね!」


 と、その時、大我達の方へと向けた声が聞こえた。

 そちらへ耳を傾け視線を移すと、その先にはアリシアとルシールの姿があった。


「お兄ちゃん!? 大丈夫なのその腕!?」


「あはは、ちょっと大丈夫じゃないかな。けど、酷い怪我じゃないから心配しなくてもいいよ」 


「心配するって! もう、ほんっとうにいつもお兄ちゃんはさぁ……」


 大好きな兄の怪我した姿を目撃し、一目散に心配で飛びついてきたアリシア。

 過度な不安は抱かせないようにと振る舞うその一方、大我はルシールの雰囲気に強い違和感を覚えていた。


「…………お前、本当にルシールか? その声まさか、アリアじゃねえだろうな」


「――流石は大我さんですね。実は緊急措置として現在、私の人格と記憶の一部を神憑へ移動させ、起動しているのです」


 大我の予測は見事に的中した。

 あの世界樹に籠もり続けている女神が、メッセージとしてルシールの身体を通すだけでなく、その身体まで借りるとは。

 ルシール自身の意思はどうしたのか、了解は予め取ったのかと、人道的に気になる面は無数に存在するが、一旦はそれを置いておき、その事情を問おうとした。


「……それで、一体何があったんだよ。俺達が外に行ってた間に」


「それが……」


 その時、アルフヘイムの方向から、大気を、大地を、光を震わせるような轟音が鳴り響いた。

 まるで地の底から何かが這い出そうとしているような重圧が、大我達を、人々を襲う。


「なんだ一体!?」


「第1部隊員は住民の保護を優先しろ! 何が来ても良いよう、第2部隊員と共に戦闘態勢を取れ!」


「大丈夫よみんな、きっと大丈夫だから……」


 一人ひとりが不安と恐怖に襲われる中、立ち上がれるものがか弱い人々を守り、身体を寄せて助け合う。

 いつ終わるのか、いつ止むかもわからない現象を前に為す術無く怯む住民達。

 そして、ようやく治まり始めた直後、神の号令の如き女性の声が、世界樹から全てに語りかけた。


『旧き女神の落し子達よ。私の声を聴くが良い』


 その声は、大我にも、エルフィにも、エヴァンにも。そして、アルフヘイムの住人の誰もが聞いたことのある者の声だった。


「この声、まさか……!」


「やはり……私のシステムを掌握していましたか……!」


『我が名はアリア=ノワール。旧き管理者に代わり、世界の秩序と創造を統べる新たなる神である』

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