第314話
ラントが作り出したドームに亀裂が入るその前。
エヴァンはナイフを地面に突き刺し、そこから土魔法の応用によって、外にいるラントにあるメッセージを伝えていた。
何の前触れもなく伝えられたそれに、余計なことを考えず作られていくそれを読み進めていく。
『これは……』
『この伝言が伝わっているなら、もう一度僕が合図を送った後、このドームを破壊してほしい。派手に煙を起こして、何も見えなくなるくらいに崩してくれ。その後、僕が示す場所に向かって攻撃してほしい。この作戦は君にかかっている。エヴァンより』
わざわざ作り出した、対セレナ用のフィールドを自分達から壊すなんて、一体何を考えているのか。
最初はセレナがわざと自分に向けて与えた罠だと考えた。
だがその考えは、土壁に直接触れた瞬間に払拭された。
反射的に手を離す程に熱くなっており、これは内部の状態は想像よりも大変なことになっているのだろう。
こうなれば、いくらエヴァンでも大きな影響を及ぼすだろう。大我ならば尚更である。
ということは、これは危機的状況を回避すると同時に作り出される最後のチャンス。
よくよく考えてみれば、セレナの性格的にもこんなメッセージを送ってくるとは到底思えない。
冷静に頭の中で整理したラントはこの言葉を信じ、いつでもドームを崩壊させられる準備を整えたのであった。
そして、大我がセレナに一発を叩き込み、作戦を共有するわずかな余裕が生まれた時間。
ラントは大我、エルフィ、劾煉に、自身の思いついた策をしっかりと形にした。
『僕はこの後、タイミングを見計らってラント君に合図を送り、このドームを崩壊させる。そこが僕達の最後であり最高のチャンスだ』
三人からの反対の弁はなかった。
ラントは言った。「わかったとだけ言ってほしい」と。その上で三人には、反対する理由が存在しなかった。
ここを崩壊させれば、偽神の天眼は最大限の効果を発揮し、逃げられればもうチャンスは無い。
だからといって、このまま持久戦に持ち込まれれば、いつか蒸し焼きにされるだろう。
四人がかりで攻めに行っても、ようやく一発をまともに叩き込めたのだ。時間稼ぎは圧倒的に向こうに分がある。
なら、自分達の命を繋いだほうがまだ勝機がある。そう考えつつ、続きがある口振りを察し、三人はまだ口を挟まずにいた。
『崩壊させた後には派手に土煙を出してもらう。そして、僕がセレナへの目印を作るから、そこに大我君が思いっきり一発を叩き込んでほしい』
言い渡された大役。その拳でこの戦いを勝利で終わらせてほしいという信頼の言葉だ。
大我は苦しくなる呼吸の中でも、息を呑んで拳を握る。
『わかりました』
『劾煉さんには、僕と一緒に崩壊するまでのサポートと、もし大我君やラント君が失敗した時の第二の刃になっていただきたい。劾煉さんならば、それだけの状況をカバーするだけの力があると信じています』
『承知した。大我殿、貴殿は己の信ずる通り、全力を叩き込まれよ。もし予期せぬ事が起これば、拙が後始末をつける』
ただの目眩ましなら、隙間さえあれば視えるままの偽神の天眼には効果がない。
だが、轟音と砂嵐に塗れる崩壊ならば、本体への影響もさることながら、視界にばかり目を向けていられなくなるだろう。
だからこその最後にして最高のチャンス。そして、それを逃さないでいてくれるはすだという、エヴァンから皆への信頼を込めた作戦だった。
そしてそれは、完全に、完璧に、パーフェクトに遂行された。
セレナの胸部へ、前後から豪快な一発が喰らわせられ、アルフヘイム全土を混乱に巻き込んだ少女はついに地面へ崩れ落ちた。
二人の拳から外れた後も、セレナは虚ろに目を開いたまま、右眼をぐるんと白目を剥き、全身を不規則にがくん、がくんと揺らしている。
「うわ、あっつ……はぁ…………悪く思うなよセレナ。俺だってお前と戦いたいとは思わねえよ。けどな、俺達の世界を陥れようってんなら話は別だ。しばらくそこで眠っとけ」
いつも鬱陶しいと思っていたし、歌を歌う日は食堂を避けるようにしていた。
だが、それはそれとして彼女のことは腐れ縁に近い友人と思っていた。
面倒くさい奴だとは思っても、強い悪感情を抱いていたわけではない。
それ故に、この結果をラントは歯痒いものを感じていた。
一方、大我はセレナが倒れた後も、なにかいうわけでもなく、そのまま動かずに固まっていた。
「…………大我?」
「どうしたお前?」
エルフィとラントがそれぞれに声をかける。
直後、大我はふらりとバランスを崩して地面に崩れ落ち、大の字になった。
「大丈夫か!?」
「おいこのアホ!! 死ぬんじゃねえぞ!」
すぐさま駆け寄る二人。大我は肩で呼吸し、全身の緊張が抜けてクッションのようにぐったりとしているが、不思議とそこから生命の危機は感じられなかった。
「はぁ…………はぁ…………あぁ…………すっげぇ涼しい……」
「……ったく、無駄に心配させんじゃねえっての」
「悪いな。けど、すげえ喉乾いた。冷えた水が飲みてえな……」
「もう少し我慢してろ。川も湖もこっからだと遠いからな」
全てを終えて、気の抜けた会話も許されるようになった一方、エヴァンはじっと、左腕を押さえたまま、倒れたセレナを一人哀れなものを見るような眼で見つめていた。
「……僕が君に思うことはいくつもある。皆を騙し続けていたこと、力を隠し続けていたこと、影の繋がりも持っていたこと。けど、それ以上に僕が許せなかったのは……妹に手を出していたことだ」
己の胸中にまだわずかに燻っている、とても久しぶりに抱いた怒りの心。
それを抑えるように、痛み震える左腕を支え、ゆっくりと大我たちの方へと歩いていった。
「胸の内が焼けるくらいに僕を怒らせたことが君の敗因だ。妹を玩具にした時点で、君は詰んでいたんだよ」
「エヴァン殿、無理を召されるな」
「ちょっと歩くくらいなら大丈夫さ。そちらも気を付けてください」
「拙の身体は、幸いにも頑丈だ。しかし……今までに無く疲れは溜まっているな。今回は、そちらの言葉に甘えるとしよう」
ようやく戦いが終わり、皆の緊張の糸が切れることが許された。
解放された空間の下で、大我達はそれぞれに労りあった。
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