第307話

「ええ、そうですか! それじゃあセレナももっと火力上げてあげるから!」


 矛盾した表情から、まるで昂っているような声色で叫ぶセレナ。

 まだまだ彼女には余裕が残っているはず。到底やけくそになっているとは思えない。

 エヴァンはそのエスカレートを目指すような言動には乗らず、あくまで冷静に対処を続けるようにした。

 セレナのファイアヴァネッサと、エヴァンのフレイムレーゲンがドーム内で弾け、ぶつかり、火の粉を散らし、爆発を起こす。

 威力ではエヴァン側の方が優勢。生き残りセレナを追いかける火塊は、個別に炎魔法の爆発で相殺する。

 一対一の爆撃合戦が行われている最中、大我とエルフィ、劾煉は飛んでいるセレナの真下につけるように移動し、一発叩き込み地上へ引きずり降ろすチャンスを伺っていた。


「エルフィ! 飛ぶタイミングは測れるか!?」


「ああ! あとはお前の準備次第だ! 俺がしっかり防いでやるよ!」


「此方の心配は無用だ。足場は或る」


 大我と劾煉、それぞれの額に汗が多く滴る。戦闘の疲れが出ているのか、呼吸もそれまでよりやや早くも感じる。

 二人とエルフィをそれを気にする暇もなく、今目の前の戦況に神経を集中させた。

 宙を華麗に舞いながら炎の雨を降らせ続ける彼女は、一見すれば隙だらけ。

 だが、偽神の天眼を以てしても、波状攻撃の最中に新たな攻め手が加われば、容易な対処はこれまでよりも難しいはず。

 大我はエルフィが伝える指示に従って動き回り、劾煉は壁際へと走り、右脚で地面を軽く踏みならした。


「今だ! 向こうへぶっ飛ばすぞ!」


「オッケー! 一発かましてやるよ!!」


 エルフィが狙うならここだ! と、ベストタイミングを捉え、迷わず合図を送りつつ、足元に爆発と小さな竜巻を起こす準備を整えた。

 大我も同様に、身体の軸がブレないように呼吸を整え、構えを取り、体重を地面に大きく傾けた。


「…………?」


 この時、大我は呼吸に小さな違和感を覚えた。

 なんだかいつもよりも呼吸が難しいような。だが、ようやく掴んでくれたタイミングに余計な思考を混ぜるわけにはいかない。

 大我は拳を握り、改めて体勢を作り出す。

 そして、地面と接地した足裏に発生した極小の爆発を号令とし、思いっきり右脚を踏み出した。

 同時に、まるでロケットの如く発生した爆発が、大我の身体をセレナに向けて吹っ飛ばした。

 巻き上がる竜巻が機動を安定させ、空中制御は全てエルフィに一任する。


「今そっから叩き落としてやるよセレナァ!!」


「人を勝手に舞台から降ろさないでよね!!」


 当然、その姿は既に認識されている。

 だが、今はエヴァンからの魔法に手を焼いており、意識全てを向けることはできていない。

 大我は風と爆風に背を押され、燕の如き速度で突っ込んで行った。

 セレナは右手を握ってぱっと開き、対抗策として連鎖する爆風をぶつける。

 エルフィは予め組み上げていた詠唱を発動させ、大我の全身に分厚いマナのバリアを、そして爆風に向けてそれ以上の威力の雷球を放った。

 両者の魔法攻撃は相殺し、周囲に衝撃波が響き渡る。

 風で浮き上がっているセレナは少々バランスを崩したが、もとより進むだけの大我とエルフィには関係ない。

 発生した衝撃に怯みはしたが、それに大きくやられることもなく、大我は決死のストレートを放った。


「ええい! 触んないでよ!!」


 それまで一度として守りの体勢に入っていなかったセレナが、初めて両腕を重ね、瞬時に氷を生成し、盾のようにして守りに入った

 叩き込まれた拳は力強く、一撃で氷の盾を打ち砕き、両腕の構えを強制的に解除させた。

 だが、威力は完全に殺されてしまったらしく、セレナ自身のダメージは殆ど無いように見えた。


「いった……い……! ああもう! 腹立つ!!」


 ふらふらと体勢を立て直し、落ちていく大我を感情を剥き出しにした、怒りを帯びた眼で睨むセレナ。

 その瞬間、彼女の意識は眼下の大我に向けられ、手で銃の形を造り、体内まで抉り殴るような風弾を叩き込もうとした。


「無限なる瞳が有ろうとも、使う意思は一つ也!」


 刹那。大地がひび割れる程の跳躍力で壁に向かって飛び立ち、壁が陥没する程の威力で弾き飛んだ劾煉が、セレナへの接近を大きく許した。

 たとえ超広範囲の常時監視能力を有していたとしても、意識そのものは個別に向けられるわけではない。

 読書に集中している時、周囲に見知った誰かが通り過ぎても気づかないのと同様、セレナの感情を覆った瞬間的な怒りが、彼女の視界を曇らせたのだった。


「しまっ……! きゃあっ!!」


 だが、それでおとなしく喰らうほどセレナもおとなしくはない。

 己の怒りを無理矢理制御して大我への攻撃を取りやめ、大きく身体を捻って指銃を劾煉に向ける。

 先に攻撃を放ったのはセレナ側。だが、慌てての軌道修正によって風弾は不発。全身がわずかに後方へと吹き飛んだ。

 それが功を奏してか、劾煉が叩き込もうとした踵落としは急所を外し、脇腹を掠めた。

 それでも、脚撃一閃の破壊力は、偶然だけで帳消しにはできない。

 叩き込まれた一発によって、セレナの空中でのバランスは大きく崩れ、ふらふらと地上に落ちていった。


「…………」


 大我、劾煉、共に無事着地し、体勢を立て直すことに成功した。

 しかしその一方、エヴァンは一人、現状への強い違和感を覚えていた。

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