第282話

「ぶつかってやろうじゃねえか。来やがれ!」


 戦力差があるわけじゃあない。むしろ勝てる見込みは十二分にある。

 かつての世界での危険物や、あの姿での予想外の挙動、以前苦しめられた者と同じ動作と、驚かされる面はいくつもあったが、それももう目に収めた。

 まだ何かある可能性は存在していても、今は念頭に入れなくても戦えるだろう。

 大我は迫りくる偽ティアに構えを取り、高速で突っ込んでくる中でもしっかりと少ない時間で観察をした。

 表情は無のまま変わらず、両手両足に変形の兆候はない。大我はそのまま、偽ティアからのラッシュを真っ向から受けた。


「やっぱ速え…………だが」


 一発一発のパンチ、キック、懐を抉るような容赦ない手捌きの一つ一つから、風を感じるような速さが乗っている。

 本物のティアも、戦いの術を身に着けていけばここまでのことができるのだろうか。

 そんな未来の可能性も見させられているような戦法。だが、相手はあくまで彼女のコピーである。

 確かに速く、鋭く、一つの攻撃の威力は沈むように響く。それでも大我は、見事に耐えていた。

 最初はただ防御に徹し続けていたが、だんだんとそのラッシュに目が慣れ始め、攻撃の流れが見えるようになると、防御手段に回避が混ざるようになる。


「勝てないわけじゃない……!」


 そして、ついに一発、顔面に向けたストレートを右手で完璧に受け止めて見せた。

 だが、偽ティアは怯むことなく、掴まれ固定された手を起点にし、ノータイムで腹部への膝蹴りを放った。

 

「うおっと!」 

 

 大我はその足元の動作が見えた瞬間、反射的に手を離し、無理な体勢ながらなんとかバックステップで避けつつ距離を取った。

 体勢が建て直される前、動けない状態を狙いすましたかの如く、偽ティアは拳を開き、銃口を展開した。

 隙あらばそのようなノーモーションの反撃は仕掛けてくるだろうと、お互いに予測していた大我とエルフィは、なんとか身体の向きを変えつつ、氷の壁によるバリアを張ろうとした。


「余所見ばっかしてんじゃねえぞ!!!」


 その準備は、幸運にも稀有に終わった。

 一騎打ちの如く一対一の戦いに終始していた偽ティアに、ラントが真横から豪快な中段蹴りを腹部に叩き込んだ。

 容赦のない一撃に、偽ティアの内部機構が軋む音が鳴り、ほんの少しだけ、眼球がぴくんと不自然に揺れる。

 それでも偽ティアは、淡々と壁に衝突する前に空中で身体をコントロールし、むしろ勢いを利用して壁に着地し、力の流れを操るように脚を曲げた。

 

「損傷軽微。反撃を続行」


 偽ティアは反動を利用して、跳ね返るようにラントめがけて、飛び蹴りによる突撃を仕掛けた。

 全身に風魔法を纏わせて、追い風のようにしてさらに加速。まるで人間弾丸のように迫りくる。


「――――――」


 だが、そんな芸当を見てもラントは落ち着いている。澄んだ大気の流れでも見えるかのように。


「確かにてめぇは早ぇけどよ…………」


 直後、全身を低く保ち、偽ティアの脚撃に空いた、平行に飛んできた敵のデッドゾーンである真下の空間に潜り込む。


「迅怜さんの神速に比べりゃ、相当見やすいんだよ!!」


 そして、この瞬間が一番の殴りやすいポイントだと、見事にダメージを受け流し利用してくれてありがとうとばかりに、ラントは豪快なアッパーを叩き込んだ。

 

「――――!! ――!!」


 ついに一発、大きな一撃を与えられた。

 偽ティアは腹部に受けた甚大なダメージを計算し、空中へ浮かび上がりながら、これからの行動に対しての演算を行う。

 そんな悠長な余裕は2対1では許されなかった。


「こいつで、終わりだ!!!」


 損傷からのエラーや不具合を修復する隙もなく、彼女の胸部に、大我からのトドメのダブルスレッジハンマーが叩き込まれた。

 思いっきり振り被った全力の一発は、偽ティアの内部フレームを歪ませ、皮膚の奥でショートを起こし、地面への激突を以て戦闘不能に近いダメージを叩き出した。

 痛がる声も悲鳴も上げず、ずっと冷たい表情のまま瞬きもせず、地面をごろごろと力無く転がっていく。

 ようやく回転が止まり、両腕両足が糸が切れたようにだらんと垂れながら仰向けになる。

 だがそれでも、偽ティアは立ち上がろうとする。

 しかし今度は、不規則にがくん、がくんと全身に痙攣を起こしており、今にも崩れ落ちてしまいそうな状態となっていた。

 そんな中、大我とエルフィはゆっくりと、警戒を解かないまま近づぎ、目の前で立ち尽くした。


「なあ、どうしてティアに成り代わろうとしたんだ。記憶までそのまま持ってて、お前は、一体なんなんだ」


 答えられなくなる前に、この異常なまでに本人と瓜二つな偽者の情報は引き出しておきたい。

 嫌悪感の混じったしかめ面を崩さないまま、大我は顔を下に向けたままの偽ティアに投げかけた。

 内部からの機械音だけが鳴る5秒程の沈黙。答えは返ってこないかと、フロルドゥスの時と同様に、この先の危険を考えてトドメを刺そうとしたその時、偽ティアが顔を上げた。


「たスけて…………大我…………死にたくなイよ……」


 偽ティアは、電子音混じりの震えた声で、レンズの割れた眼から涙を流し、怯えた表情で、まさしくティア本人の如く命乞いを口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る