16章 二人のティア
第266話
霧の魔女の問題を解決してから暫く経った、ある日のアルフヘイム。
ネフライト騎士団本部、騎士団部隊長ごとに割り当てられた隊長室にて、第2部隊隊長バーンズと副隊長のイルは、机に置かれた裏返しの見知らぬ置き手紙を手に取り、互いに見合っていた。
「なあイル、こいつについて事前に何か聞いてないか?」
「いえ……私も隊長と同じく今見ました」
一時間だけ部屋を後にし、二人で部下達からの近況報告を直接聞きに行っていたバーンズとイル。
僅かな時間とはいえ、油断せずしっかり鍵もかけていたはず。それなのに知らない一枚の紙が綺麗に裏返しで置かれていたことに、二人は不思議に思う。
幸いにも敵対する者の罠ではないことは既に確認済み。おそらく騎士団内の誰かによる物と考えられる。
「直接言やあいいのにな。どれどれ………………!?」
「ん、どうしたんですか隊長。一体誰から」
「――――団長からだ」
そこまで気を張らずにいつも通りの日常的な雰囲気を保ったまま、手紙を読み始めるバーンズ。
しかし直後、彼の表情は一気に緊張に包まれた。
その中身は、異常に文の書き方が上手いリリィ隊長直筆の置き手紙もとい、臨時の通達書だった。
内容は至極単純かつ明快。
数日以内に隊長、副隊長各位は部下を連れてアルフヘイム外の遠征任務に向かえ。
というものだった。
明確に自分達の名前と、遠征場所の指定が書かれている為、おそらくこれは他隊長にも届けられていると考えられる。
そのバーンズの予想は的中していた。
「…………アルフヘイムを離れる必要があるのか。これはまた突然な」
霧の魔女との熾烈な争いと事情を未だ細かくまとめている最中だったミカエルは、侵入者を許した室内の状態を簡易的に確認した後、手紙と正面からにらめっこをしていた。
遠征任務というだけで、その詳細までは一切記されていない。
とにかく指定した場所へ向かえというだけの謎の指令。だがこのような単純な任務だけなら、第1部隊や第2部隊。それも隊長格ではなく部下達に任せれば良い。
それを直接隊長に、しかも事前報告も無しに届けるということは、おそらくは緊急の用件であると考察した。
「フェリクス」
「お呼びですか、ミカエル隊長」
ミカエル以外誰もいなかった室内に向かって名前を呼ぶと、突如姿を現した、第3部隊副隊長のフェリクス=リヴァーズ。
目だけを出したフードを被り、身軽な装備に身を包んで、中性的な声で呼ぶ声に応える。
「ガイウスと連携して、今すぐアルフヘイムに残る隊員を召集してほしい。これから全員で外へ向かうよ」
「…………それはどういったご用件で?」
「わからない。だけど、団長からの命令だ。ともかく移動しよう。僕はその前に少し行かなければならない所がある」
「了解しました」
細かな質問まではせずに受け入れ、フェリクスは命令に従い隊長室を去っていった。
「……何かが大きく動こうとしてるのかな。最近街の様子も明らかに慌ただしいし」
脳内で思考を巡らせ、自分なりに短い命令を噛み砕くミカエル。
ここ暫くのアルフヘイム及びその周辺の騒がしさ、隊員から受けていた無数の報告。
バレン・スフィア消滅以降、環境そのものは確実に改善している。が、まるで白蟻が柱を少しずつ侵食していくように、それまでとは性質の違う事件や事故が、再び少しずつ増加していた。
その詳細はまだわからない。あまりにも情報が少なすぎる。
しかし、霧の魔女がそれと無関係であったこと。そして、事後調査に向かわせた部下から受けた、クリスとガエルの無惨な死体の存在。
技量の信頼していた部下である二人が、今更霧の日に単純なヘマをやらかすようなことは考えられない。
そして明らかな殺意を持った、それぞれの身体への破壊痕。さらに帰投後に確認した、二人が遺した緊急信号。
半信半疑だったが、やはりセレナには何かがあるのだろうと疑惑を深めたミカエル。
しかしその矢先の遠征命令。まだ調査すべき事柄はあるが、命令を聞かない訳にはいかない。
「少しエヴァンのところへ向かおう」
鎧を纏い、剣を携え、装備を整え、ミカエルは堂々と隊長室を後にした。
そして、同様の手紙は第4部隊隊長エウラリアの元にも届けられる。
「どうしますか、エウラリア隊長」
「うーん…………隊長命令だから従わないわけにはいかないけど、平時の作業を疎かにするわけにはいきませんし。ある程度の人員は残して、後から向かいましょう。おそらくこの手紙は他の隊長にも届けられているはず。なら、多少は彼らの判断もあるでしょう」
「了解しました。では、そのように連絡を」
副隊長のルカ=ブリックスを介し、自身の状況とも照らし合わせた指示への妥協点を作ったエウラリア。
過去にこのような細かな指示もなく、さらに隊長達に向けられた命令は存在していなかった。
急を要するのだろうが、治療部隊であるが故におそらく出発するのは最後。
隊長達の判断もあり、そのサポートも必要になるだろう。
エウラリアは早急に準備を整え、ルカと共に隊長達を後にした。
そして、二人でこれからの行動を考え込んでいたバーンズとイルも、他の二人と同様に自分なりの判断を下した。
「よし、二手に分かれて行動するか。俺があいつらと共に隊長の指示する方に向かい、イルが街に残る。さすがに全員連れ出して街に穴を空けるわけにはいかねえからな」
「私もそうしようと思ってました」
「気が合うな。まあ、隊長が会議も介さず、こんなクソ大雑把な指示を出す時点で何かおかしいからな。どうせエミル達も何かしら部下に指示向けてんだろうし、連携も取って安全確保したら、すぐに向かってこいよ」
「わかってますよ。可能な限り早めには行動しますから」
「んじゃ、無駄話をしてる時間はねえな。さっさと行ぞ」
「そう言うなら、材料の補充とか挟まないでくださいね」
「わーかってるよ。そう言われると思って、とっくに馬車の中は満杯だ」
常日頃の備えがいいんだかなんだかと、ちょっと溜息を付きながら、他の隊長達と同様に、万全の装備で隊長室を後にしたバーンズとイル。
円卓会議すら通さずに与えられた全体指示。おそらく詳細すら詰める時間もない、緊急を要する事項なのだろう。
直接、今すぐ問わずとも、後から理由は聞けばいい。
過度に慌てず、かといって警戒を緩めることもない。それぞれに出来る認識範囲内での判断を下し、団長への信頼を基に、隊長達は騎士団本部から各々に散っていった。
そしてそれは、第1部隊隊長、そして副団長であるエミルも例外ではなかった。
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