第253話

 大我達の周囲に驚きの空気が立ち込めた。

 これまでの事情や霧の魔女の出現時期と、遠い過去からの存在であることはそれなりに察せられていた。

 が、まさか曽祖父の名前が出る程の人物かつ、目の前の騎士と親族とのものとはいえ関係性があったとは。

 しかしそれ以上に、ミカエルの顔はこれまでの不安や疑念を一切見せない冷静かつ爽やかな表情から、少しだけ感情の濁りを見せたものへと変わっていた。


「曽祖父……ってことは、ひいじいちゃんか。けど、なんでその友達の人の絵がこんなとこに?」


 それだけの過去の繋がりや出来事は、到底ごく普通の人間である大我には及びつかないもの。

 曽祖父などという単語を人生で数回しか耳にしていなかった大我は、そこから抱いた疑問を口にする。

 その質問に対してミカエルは、まず自身の家系、テオドルス家に伝わる過去の話をするべきだと考えた。


「僕もはっきりとはわからない……けど、ある程度の憶測は出来る。その為にもまずは、僕の曽祖父とクロヴィスの話をしなければならないかな」


 ミカエルはエルフィとティアに目線を送り、何かあったときは二人でこの場を一旦護ってほしいという意思を伝えた。

 二人は大まかにそれを汲み取り、何があってもいいようにとひとまず互いに隣り合った。


「これは僕が父から教わった話だ。かつてアルフヘイムには、僕達テオドルス家と親密な交流を築いていたランベール家という魔術師の一族が存在していたんだ。当時の当主、クロヴィス=ランベール人当たりも良く、後ろ暗い話が流れても本人達の優しく義理堅い人柄に、街の人々からの印象は良好だった」


 間柄を認識するためと始まった昔話に、大我達は現在の場所のことも忘れて聞き入る。


「しかしある日、クロヴィスが穢れに侵されてしまった。原因不明、それらしい存在や人物と接触した覚えもなく、相対したならば事前に対処することも容易いはずだったのに」


「ただの何でもない穢れなら、魔法なり祝福なりでなんとかなるんじゃねーの?」


「そのはずだった。しかし、教会でも医者にも何故かどうすることも出来なかった。原因不明で祓うことも不可能。どうにもならないと考えたクロヴィスは、僕の曽祖父ユリウスに話したんだ。私はこの街を去ると」




『ユリウス、私はこの街を去るよ。これ以上穢れを持ち続けたままアルフヘイムに居座り続けるのは、人々に迷惑をかけるだけだ』


『待つんだクロヴィス、何もそこまでする必要は無いだろう。せめて己を隔離するだけでもいいはずだ。その間に原因と穢れ祓いの方法も見つかるはず。どうしてそんなことを……』


『……私はこの街の人々が大好きなんだ。今まで沢山の方に助けてもらったし、幸せも届けてくれた。ユリウスだってここにはいる。だけど、今のまま居座り続けるのは恩を仇で返すのと同義だと思っている。原因がわかればまだ考える余地はあったけど…………すまないねユリウス』


『……………………いや、わかった。こう言い出すと君は歯止めが効かないからな、全く……』


『ありがとう。こういうことはユリウスには一番に言っておきたかったからね』


『妹はどうするんだ? あまり外にも出ていないみたいだけど、移動には耐えられるのか?』


『妹と一緒にいくつか荷物を持ってどこかへ行くよ。まだ穢れに侵されていないだろうセシルはここに残しておきたかったが……どこまでも甘えん坊だからね、いくら言ってもついてくるだろうし、寂しい思いもさせたくない』


『はは、そういう強情さは兄妹そっくりだな』


『自分でもそう思うよ。私の家はそちらで壊しておいてくれ。もしかしたら、私の知らない原因が埋まっている可能性もあるからね』


『わかった。だが、ちゃんと穢れを祓えた暁には、必ずここに戻ってこいよ』


『ああ、その時は必ず』




「そしてランベール家の二人はアルフヘイムを去っていった。それから結局二人は戻ってくることはなく、長い時が経った後で霧の魔女が姿を現した。という話だね」


「そんなことが……けど、それじゃそのクロヴィスさんが言ってたこととあいつがやってること真逆じゃねえか。どうしてそんな……」


 過去の回想を聞いている限りでは、セシル並びにその兄が霧の魔女と呼ばれる程の災厄を起こしてしまうような人物とは到底思えない。

 新たな疑問が噴出し、敵である魔女に対しての情が湧き始める。

 その影響が特に強く現れていたのは、同じくエヴァンという兄を敬愛するアリシアだった。


「ここからは僕の推測だけど……この館はクロヴィスが去った後でたどり着いた、滅多に人が来ることも無い理想の人里離れた場所なんだろう。ここなら誰かに穢れの心配をかけることもなく一人で集中できる。外に植え付けられていた透明化の空間魔法も、それを補強する為に施された……というところかな」


「じゃあ、セシルさんがああなったのは一体……」


「――――それをこれから確かめに行くんだ」


 ミカエルが視線を動かした先にいたのは、ぼんやりと微小な霧から形を成そうとしていたセシルだった。

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