第145話

「当然、エルフィもつけての対決だ。あの時からずっと、お前を倒したいって気持ちは変わってない。だからその決着を今つけてやる」


 憧れの人との修行を経てちょっと落ち着いたのかと思っていたが、気のせいだったらしい。

 初めてユグドラシルから出ていきなり喧嘩売ってきたときのように相変わらずの血気盛んな野郎。

 相変わらずの面倒臭さだが、そこが逆に安心感を覚えた。

 一方の大我は、一番最初に勝負をふっかけられたときは戸惑いながらも挑んでいたが、今はその時とは心情も状態も違う。わけのわからないまま世界へ放り込まれた時とは比べ物にならない程に慣れと実力を身に着けた。

 今ではすっかりと現世界の住人として地に足をつけた大我。その上で、何をどうすればいいのかわからないという迷い猫の状態から脱した今、その勝負を受けてみたいという気持ちが強くなっていった。


「いいぜ、その勝負受けてやる」


 本当のところを言えば、今の大我は本調子ではない。重傷を負う前に近いような完全な回復までには至っていない。

 おそらくこの先、その時以上、それ以上の能力を身につけるのかもしれないが、今はまだその時ではない。

 それでも、目の前の相手に対しては戦いたいという燻る心が灯っている。

 そんな心に、大我は素直に従い、戦いを挑むことを決めたのだった。


「決まりだな。移動するからついてこい」


 内心ガッツポーズをきめるラント。

 早くこいつに勝ちたいというはやる心を抑えながら、大我に背を向けて部屋を後にした。

 一方の大我は、じっと目を細めて見つめるエルフィを横目に、同様に入り口へと向かっていた。


「大我お前さー……なんで勝負受けたんだよ」


「……アルフヘイムに初めてきた時さ、あいつがいきなり挑んできて、それでものすごく軽い身体を動かしながらなんとか勝負した。戸惑ったし、迷惑だなとも思ったけど、今思うと楽しかったのかもしれない。それがなきゃ感覚もつかめなかったしな。そのお礼も兼ねてってとこだ」


「律儀だなーお前」


「それに、あいつとなら思いっきり戦いたいかなって思ったんだ。たぶんラントは俺よりも強い。前だったらエルフィと一緒なのもあっていけたかもしれねえけど、今はそれでも難しいと思う。多分これからも、俺は強くならなくちゃいけない。なら、もっと強い奴と戦わないとな」

 

 暫くの間とても真面目に魔法の練習をした影響なのか、いつもより優等生なコメントを残した大我。

 しかしそれは間違いなく本心ではあるのだろう。

 ツッコミとして一発こつんと小突いてやりたいと思ったが、エルフィはそれを抑えてふっと笑いながら後ろについて飛んでいった。


「しゃーねーな、付き合ってやるよ。どうぜまだまともに魔法できねえんだし、そっちは任せとけ」


「ありがとなエルフィ」


 肉体を用いた戦いなど無縁だと思っていたし、もしそのような状況になったらまともに生きていけるかすらわからなかった。

 だが、今はもう違う。

 大我とエルフィはそんな「今」を友へぶつける為に、修練を重ねた部屋を一度離れていった。



* * *



 ラント自身の懐から三人分の料金を出してレンタルした試合場。

 二人が使っていた訓練所よりも広く、足元はしっかりと固められており、天井も大きく立ち回れるように高く作られている。

 壁は一部分が外から見学できるようにくり抜かれており、中で行われるスパーリングを見て参考にしたいという者向けの仕掛けも備えられている。

 そんな室内の中心に立つ二人の男。脅威を退けた男大我と、ヒーローに憧れる男ラント。そして大我の側を飛ぶエルフィ。

 既に三人は、いつ勝負が始まってもいいように構えを取っており、あとはどちらが前に出るかだけ。

 大我は様々なメディアで見た、見様見真似の構えの姿勢で視線をラントに刺し、呼吸を整えて集中している。

 一方のラントは、今までの荒々しいスタイルとは比べ物にならないほどに落ち着いた姿で、両手に握り拳を作り、同じように狙いを定めていた。

 互いに姿勢を作ってはいるが、その完成度はラントが段違いである。

 見学窓に少しずつ人が集まり始める。そんなことは気にもとめずに二人はずっと静かに固まり続ける。

 その静寂が二分程続いた後、ラントが凍った空気を割るように口を開いた。


「そっちから来てもいいんだぞ。準備は出来てる」


「そっちこそ、お前が来るのを待ってんだよ」


 膠着状態から互いに言葉を揺さぶりをかけ、今か今かと足を踏み出させようとする二人。

 いつ動くか、どう攻めるか。無数の選択肢が二人の脳内を駆け巡る。


「わかった。なら」


 ラントの右足が地面を沈める。


「――こっちから行くぞ」


 その言葉を受け止めた真っ先に動いたのはラントだった。

 長い様子見から、しっかりと相手のことを観察して一つ一つの動きに注目していた大我。

 だが、直後にそれはちゃんとできていなかったことを嫌でも痛感する。

 ラントの拳は、宣言と同時に一瞬にして大我の目の前まで飛びかかっていた。

 その初速の爆発力は大我の反応を凌駕し、避けることすら適わずにラントの鉄拳を直に叩き込まれた。


「ぐぁっ…………!!」


 大我は咄嗟に身体を力ませ、その一撃を筋肉で受け止め我慢しようとした。

 しかしその拳は防御を突き抜ける。防御した上から肉体の奥まで衝撃を叩き込み、大我の身体を大きく後方まで吹き飛ばした。

 一番最初にラントが立っていた地点には、大きく地面が抉れた足跡が一つ残されていた。

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