第143話
「まず諸々を教える前に、この世界における魔法がどういうものかわかってるよな?」
「アリアが作ったナノマシンが世界中に溢れてて、それが炎出したり電気出したり氷作ったり何でもできるから、それを自分の思うように操って形にするっていうのだよな」
「だいたいはそんなとこだな。でだ。その魔法は頭の中できちんとその形を思い浮かべることで発動する。ナノマシン……つうかマナがその想像に応えてくれるんだ。こんな風にな」
エルフィは空中に炎の文字を描き出す。
一つ一つが、フォントと字間をきっちり揃えられたように表されており、まるでサーカスのショーを見ているような愉快さがあった。
「おーすげえ」
「これくらいなら下準備をしなくてもいいけど……戦いの場で能力を発動する時、特に炎魔法や雷魔法だな。あれらは自傷する可能性が大いに高い。つーか自傷する。手のひらの上に燃えてる炭なんか置いたら普通に火傷するだろ?」
「確かに…………あれ、けどそれなら、なんでこの世界の人達は普通に平気なんだ? 機械だとしても、皮膚焼けるだろ」
「そこだよ。この世界の住人は魔法を発動する時、無意識レベルで保護するための膜を貼れるんだ。そうやって自傷を防いでる」
それを聞いた大我は、そういえばと自分にも思い当たる節があったことを思い出した。
「もしかして、足元を爆破して加速したりとか、電撃纏わせた時にもそれやってたのか?」
「当たり! そうしないとお前の足だけ吹っ飛んじゃうからな。これを『保護壁』って言うんだ」
「保護壁…………つまり、最初はそれを纏うのをやれってことか」
「そういうこと! 説明が短くできて助かるぜ。じゃなきゃ、簡単な魔法すら危なっかしいからな。発動した瞬間に手がぼわって蒸発してもおかしくねえぞ」
大我は青ざめ、背中にぞぞっと冷や汗をかいた。
「お前、やっぱりそれ知らずにやろうとしてたな」
「っぶねー……おとなしくついてきといてよかった。つうかあの女神、最初に言いやがれっての!! あそこで俺がそれやったらどうしてたんだよ!!」
「多分強制的に止めてたか、そもそもすぐ発動できるとか思ってなかったんじゃねえかな? アリア様ならそれくらいできそうだし」
「いつか思いっきり顔面ぶん殴ってやるからな……」
そういうことはもっと早く言いやがれと怒りを込めて、その場で激しい地団駄を何度も何度も踏む大我。
一通り気が済んだところで、大我は改めて魔法の基礎を知るための心意気を整えた。
「それで、その保護壁を作るにはどうしたらいいんだ?」
「さっきも言っただろ? マナは己の想像を形にしてくれる。例としてはなぁ……両手にオーラを纏う感じをイメージしてみな? 細かく考えるのは難しいし、最初は大雑把にやっていこうぜ」
両足を肩幅程度に広げてしっかりと地面に芯を保ち、大きく深呼吸をする。
両手を握っては開き、もう一度深呼吸をして、力を抜いてオーラを纏うイメージを整えていく。
二分ほどそのイメージを脳裏に描き続けていたが、果たしてそれが実行されているのか、大我にははっきりとはわからなかった。
「…………何も変わった感じしないな」
「ちょっと手を出してみ?」
大我はたいして深く考えもせず、ほいっと手をエルフィに向けて差し出す。
その時、エルフィの指から不意打ちとなる高速の小さな火の玉が飛ばされてきた。
反応した頃には既に着弾しており、大我は思わず手を後ろへ引っ込めて目を丸くした。
「いきなり何すんだお前は!?」
「悪い悪い。ところで、今手のひらに熱いって感じはあったか?」
「そんなの…………あれ、そういやあんまり感じなかったな」
「成功だな。このやり方を絶対に覚えとけよ。何もなしに発動して、いきなり手が燃えたり感電したりしたら怖くて仕方ないからな」
「つーか、今ので上手くできてなかった俺の手どうなってたんだよ!?」
「心配すんなって。だとしてもパーティー用の花火がちょっと当たる程度の物だから大したダメージもないさ」
なんだかちょっと納得行かないような感じもする大我。
ひとまずその不満は頭の隅に置き、その基礎となる保護壁を作り出す練習に励み始めた。
目を瞑り、両手をオーラが包むようなイメージをしてはエルフィに軽く魔法を当ててもらう。
その魔法は9割強の成功数を収めたが、ごくたまに失敗した時には、うっかり熱々の鍋に触れてしまったような一瞬だけ襲いかかり、大我は跳ね上がって手首を振った。
同時にエルフィが慌てて氷を作り出し、火があたったと思われる箇所を冷やしていく。
そんな練習を続けていくうちに、大我の中に一つの疑問が浮かんだ。
「これって、発動できてるみたいな目印はつかないのか?」
魔法の感覚などこれっぽっちも養ったことのない。そもそもそんなものすらなかった大我には、何がどうなっていればちゃんと発動できているのかもわからない。
エルフィはそういう機能はあったっけと指を顎に当てて考える。そして、数秒の思考の後でそっと指輪に触れた。
すると、それまでなんの変哲もなかった指輪に青白く光る稲妻のような線の紋様が姿を表した。
「アリア様がちゃんと付けてくれてたよ。これがお前が魔法使えてる合図になる。お前が操作することでオンオフも自由にできるみたいだ」
意外にも痒いところに手が届く機能を付与してくれていたアリアに、なんだかもやもや気持ちを抱きながらも一応感謝する大我。
エルフィが言う通りに、自分の頭の中で操作思考を送ると、指輪の紋様はすっと鎮まるように元の姿へ戻った。
「こういうことか……」
「基礎もそれなりに身についてきてるし、そろそろ簡単な属性魔法の練習に入ってみてもいいかもな」
「ようやくか! そういうの待ってたんだよ」
エルフィコーチのステップアップ指示に、内心のわくわくが湧き上がる大我。
地味目な練習が続いた後で、ようやく創作上の能力に目に見えて一歩近づける段階へと入ることに、やる気が止まらない。
年齢相応のはしゃぎようを見せる大我。だがその一方、エルフィは再び考え込んでいた。
「……いくらなんでも、うっかりが多すぎないかアリア様」
アリアは確かにどこか抜けている部分がある。それは心から産みの親を崇拝しているエルフィにも否定できない部分ではある。
しかし、いくらなんでもここ最近のアリアはそれが今までに比べて多すぎるように感じられた。特に発動前の保護壁に関しては、いくら信頼があっても大怪我の可能性もあって危険極まりない。
アリアは長年、自身の性能を向上させ続け、世界の管理を正しく行えるようにとリソースを裂き続けている。
何千年も稼働し続けたそのしわ寄せがどこかに来ているのか、ここ数ヶ月で変貌したおっとりとしたゆっくりめの口調もその影響なのか。
考えれば考える程抜け道の見えない沼にはまっていると、大我が指でとんとエルフィの身体を押した。
「何難しい顔してるんだよ。エルフィが教えてくれないと、どうすりゃいいのかわかんないぞ」
迷える子羊のような雰囲気を浮き上がらせながら呼びかける大我。
指輪の紋様が浮き上がっているところを見ると、どうやら話しかけている最中もひたむきに練習を続けているようだ。
「あー悪かった。今は余計なこと考えてるときじゃねえよな。よし! お前に免じてこれからガンガン育ててやるからな!」
大我が自分のことを先生として、魔法の先輩として頼りにしてくれている。
ずっとついてきた相棒としては、その期待に応えないわけにはいかない。
晴れない疑問は残っていたとしても、今はこっちを優先するべきだと順序をつけ、エルフィは大我がさらに強くなる為の練習に親身に付き合った。
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