第109話
「さあみんな! 今日はいくらでも飲んで食いなぁ! 今日の為に明日は仕事もねえんだ! この祝祭を心から楽しんでくれ!!」
街中が一丸となり、年齢性別種族一切関係なくアルフヘイムに平穏と安寧が訪れたことを全身で喜び分かち合う。
外は人々で溢れかえり、露店やこの一日限定のメニューを出すような屋台などが出店され、それぞれに用意された椅子やテーブル、者によっては自身の魔法で作り出した家具を使って、青空の下でその祝いの食事を笑いながら楽しんでいた。
「っあぁ〜〜!! これだよこれ! やっぱグラムのおやっさんのエールは最高だな! あれだけの年月が経ってるってぇのに、相変わらずの味と来たもんだ」
その中には、B.O.A.H.E.S.再封印を無事終えて、何事もなく帰還を果たしたエヴァン達の姿もあった。
十年もの間ちょっとした娯楽すら得られなかった神伐隊の皆は、ようやく元に戻れた後にやってきた災厄の対処も終えて。ついに日常へと帰ることができたのだ。
アレクシスは大好物のブランドのエールを久々に飲みに行き、屋台で買ったミートボールの串と共に最高の酒を味わっていた。
「てめーも相変わらずだなアレクシス! 話には聞いてたし気の毒とも思ったが、たいして変わった様子も無かったみたいで安心だよ」
「いや、変わった様子が無いというよりは……変わることができなかったってとこだな。おやっさんは味を変えずに、俺はそもそも何もできなかった。この差は大きいぜ?」
「なるほどな。まあ、今更こんな楽しむ場で辛気臭え話をしても仕方ねえ。どうだ、こいつでも」
「こいつぁ……レッドエールか。前は売ってなかったよな?」
アレクシスの前に差し出されたのは、その色に込められた意味の一つに勝利がある赤色のエールが注がれた瓶。
それはアレクシスが籠もる以前には、販売されていなかった品物である。
「元の味を保つっつっても、バリエーションは多少はなきゃあな。んで、作ったってわけだ」
「なるほどな、ありがたくいただこう」
意図的なのか無意識なのかは図れないが、それを聞くのは無粋だろうと、アレクシスはそのプレゼントをガッシリと受け取り、その場で瓶からゆっくり飲んでいった。
「あれが銀界の魔女か……すっげえ美人」
「けど、あのテーブルなんかアンバランスじゃね?」
設置されたテーブルの一つに絵画のような佇まいを自然と披露するクロエは、反対側に本を置き、ティーカップに注がれた紅茶と道中で買ったポップコーン、そしてトマトソースをかけた、サイコロ状に切られた小さめの鶏肉のグリルを少しずつ口にしていた。
統一性の無い品目ではあるが、何も彼女はその組み合わせにしようと買ったわけではなく、紅茶以外は全て偶然客引きに会い、そのまま断れずに流れで買ってしまったものである。
無論その状態は表情には表れておらず、まるで冷静かつ大胆に己の美学に従って選んだようにも見えてしまったため、指摘する者は誰もいなかった。
「…………ポップコーンはちょっと合うかも」
やってしまったと内心思いながら、クロエは相変わらずのクールで麗しい佇まいのままにちびちびとその食事を進めていった。
「ねえねえ迅怜! 次あそこ行きましょ!」
「だぁもう引っ張るなって! 言われなくてもついていくっての」
迅怜は恋人の紅絽と寄り添いながら、少しだけ照れ臭そうに連れ回されていた。
長い間まともに会話すらも出来ず、ただ世話をしていつかなんとかなる時を願い待っていたばかりの日々。
それがついに終わりを告げた。こんなに嬉しいことはない。
十年の年月で容姿に差はできたが、二人にそんなことは関係ない。
満更でもない感じの文句を言いながら、迅怜は十年分の感情を少しずつながら返していった。
「なあ紅絽、これなんかどうだ?」
「うーん、私はこっちの方が迅怜に似合うと思う」
「…………マジか」
「みんな楽しそうだな」
「そりゃ、ずっと居座ってたアレがようやく無くなったんだからな。不気味な怪獣もいなくなったし、喜ばずにはいられねえよ」
そんな中で、未だ安静の状態を続けている大我は、数日前の平和とは程遠い喧騒とは真逆の、窓越しにでも楽しさが伝わる街の声をベッドの上から聞きながら、側で寄り添うエルフィと話を交わしていた。
まるで遠足や文化祭のようなわくわくするイベントを病欠してしまったような勿体なさがこみ上げてくるが、ちょっとした動作すらまともに出来ない今の身体ではどうしようもない。
疎外感にも似た寂しさを感じながらじっと窓の外を見つめていると、今日はフローレンス家すら出張っているはずのドアが突然開いた。
「よっ、もう治って……るわきゃねえな」
「来てやったぜ大我!」
「お前ら……今日は祭りなんじゃ」
扉の向こうから姿を表したのは、ラント、アリシア、ルシール、その後ろにはエヴァンとティア達がチラチラと見え隠れしていた。
入口からでは確認できないが、そのさらに後ろにもまだ何名が上がり込んでいることが、耳に入ってくる音から察せられる。
「そうだよ祭りだよ。けど、そもそもの功労者がそれに参加できないってのは味気ないんじゃないの? ね、お兄ちゃん」
「そういうこと。足を運べなくても、せめて大我君と一緒に楽しく祝えたらなってね。君がいなかったら、もうこの街は終わりに対っていただろうし」
「みんな……」
動けないならばこっちから来てしまえばいいという逆転の発想によって、八方塞がりの状況をこじ開けた相手ともこの空気を分かち合おうという提案に乗った皆。
純粋なその気持ちは、抱えきれない程に大我の胸に届き、涙を拭こうにもまともに手が動かせずそのまま流れ落ちていった。
「ありがとう……俺……」
「はいはい今は泣くのは無し! わかるけど、それは後! 持ってきた料理がしょっぱくなっちゃう」
各々の手元には、出店された露店の食べ物が入ったぶら下げられており、よくよく見るとそれは零さないようにと配慮してバランスを取っているようにも見られた。
「そうだ……な」
「よーしよし。そういや、腕が使えないんだったよな。あたしが食べさせてやるから、はいあーん」
「お前がやるとそのまま喉貫きそうで怖いんだよな」
「あーん、なんか言ったラント?」
「冗談に決まってんだろ!」
ちょっとしたやりとりから、そのままシームレスに室内での食事会の様相へと移り変わる。
その光景はとても微笑ましく、まさしく自分立ちが取り戻した日常という形は眼の前に表れているようだった。
そんな状況で、エヴァンとティアが静かに楽しそうに廊下で佇んでいた。
「協力してくれてありがとうティア君」
「ずっとここで寝っぱなしでしたからね。身体は休まっても、心はそれじゃ辛いだろうなって思ったんです。話し相手もほぼエルフィか私くらいですし……」
「なるほどね。それをわかってるのは良い事だよ。同じ状況が続きすぎると、度合いはどうあれ摩耗しちゃうからね」
ティアの献身的な思いやりと、みんなの大我のことを労いたいという気持ちが、この優しい時を生み出した。
この後も次々とやってくるであろう客人によってどうなるか、家のスペースがもつかはさておき、その触れ合いは大我にとってとびきりの清涼剤となった。
「まったく、大我君はいい相手を持ったね」
「?? 何か言いました??」
「いや、なんにも」
エヴァンはちょっとした意味を含んだ愛想笑いを向けながら、改めて怪我を刺激しないようにしつつじゃれ合うみんなのことを眺める。
時に笑ったり大声を出したり。大我の感情の発露がはっきりと見えるその姿は、とても幸せそうに見えた。
* * *
そして、アルフヘイム全域に及んだ祭りから数カ月後。ついに全身の怪我が治り、リハビリも乗り越え、本当の意味でようやく自らの足で自由に外に出られることになった一日目。
大我は早速のウォーミングアップ、ずっと動けてなかった分のせめてもの稼ぎ、いくつもの意味を込めた一発目の依頼をこなす為にルシールの働く紹介所へと訪れた。
「おっ、街を救った大英雄のお出ましだな!」
「そういう言い方はやめろって! すっげえこそばゆいから」
「こいつ、ここ数日は早く身体動かしてえ早く身体動かしてえばっかり言っててさ。呪詛聞かされてるみたいだったぜ」
「うっせえ! 待ち遠しかったんだよ!」
「ふふっ……けど、何事もなく治ってよかったですよ、大我さん」
「ああ、それもこれもみんなのおかげだ。本当にありがとう」
数日前から約束を取り付け、ティアとアリシア、エルフィと共に適当な軽めのクエストを探す。
ようやくまた身体を動かせる。この世界で生きて戦う動機がそれなりに見つかった。長い休息とリハビリの中でいくつも思うことがあった。
そんな時もうすぐ自由になれるという宣言がなされれば、身体はウズウズして仕方がない。
身体が鈍っている以外の枷から解き放たれた大我は、今この時が昂ぶってしょうがない。
適当な張り紙を手に取り、休息中に学んだ言語をスラスラと読み、クシャっと紙の端を握った。
その内容は、武装もしていない継ぎ接ぎのアンデッドを三体倒してほしいという、まさしくウォーミングアップという言葉が相応しいものだが、大我は楽しみで仕方なかった。
「よっしゃあ! これにするぞ!」
アルフヘイム、ひいてはこの世界に寄生した癌細胞が取り除かれ、ようやくの平穏が訪れた。
だが、強大な敵が消えたとしても、全ての課題が解決されたわけではない。
「ァ…………ガ……も…………う……s……こ…………シ………ァアぁア…………」
「ようやく楔は解かれたわ。どこの誰だかはわからないけど、感謝しないと……もっと人を、亡骸を集めてお兄様に捧げるの。そしたら、いつの日か元に戻れる……ね、お兄様?」
「――――――風の声が変わった。何か、良からぬことが起こる前兆か、それとも…………」
世界は絶えず移ろい行く。要因、原因はその時々で変わっていく。
大我達に待つ未来の試練は、強大なる暴力には収まらないだろう。それを乗り越えるか、それとも潰れてしまうか。それは誰にもわからない。
旧人の生みし機械神、絶対なる存在は人に近く、そして遥かに遠い。
しかし近いが故に完全ではない。証明するは何れ来る機神を堕とす其の日にて。
「待っているがいいわアリア。築き上げてきたその世界、全て私が奪ってあげる」
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