オーリローリ独白
さて、どこから話そうか。
僕は画家としては割と早くに認めてもらってね。
まだソロフ師匠の元に居た十代の頃から、あちこちで公募展や競作展コンペに挑んでは、賞を獲得することに躍起になっていた。そうやって絵の世界で名を上げることで、何処にいるか知れない父に気付いてもらえるかも、なんて考えていたんだ。本名のオーレグで描いていたのもそのためさ。
ところがそれに目を付けたのが大叔父だ。有力な貴族議員や将軍の肖像画を描かせて、我が一族を守るのに利用しようとしたんだね。ちょっと名が売れただけの駆け出しの絵描きが描く肖像画なんて、普通なら大した
「魔法使いが描いた肖像画は武運を呼び込む」なんて益体もないデマまで流してね。
時代が時代だったから、大叔父も必死だったんだろうな。他にもいろいろと裏の仕事で使われた魔女とか居たから……
とにかくそれからは自分の描きたいものなんて一切描けなくなった。毎日描きたくもない脂ぎった顔だの、ばかばかしい勲章だのばかり見ながら過ごさなきゃいけない。思い出しても
それでも、これも一つのチャンスだ、と考えて手を抜かずに描いたんだ。もしかしたら肖像画家として名を知られるようになるかも知れない、なんてね。
戦争が酷くなるにつれて画材も手に入れにくくなってた頃だ。画布の代わりに使い古した麻袋を木枠に貼って使うような日々だったから、どんなに嫌な仕事だろうと奴らにしがみついてさえいれば、必要なだけ画材が手に入るのも大きな魅力だった。
ところがある日、目の前に居るのがどうにも許しがたい人物だと知って、描けなくなってしまった。
ウォルフガング・ミヒャエル・グランネル将軍。――嫌だな、まだフルネームで覚えてたよ。
魔女や魔法使いの力を戦争に利用した張本人だ。その昔母やアガーシャが死んだのだって、表向きは魔法薬の事故ってことになってるけどね、奴の考えに反対して口を封じられたせいだ。
それまで『同年代の魔法使いには十二やそこらで戦場に送られた者もいる。それに比べたら、絵を描いて兵役にも付かずに済むならこんないいことはないじゃないか』なんて甘い考えでいたのが一気に現実に引き戻されてしまった。
断るだって? そんな選択肢は無かったよ。
僕にできたことと言えば、大叔父の家から逃げ出すことくらいさ。エレインの言葉を借りるなら敵前逃亡、だな。
しばらくはあちこち逃げ回ったけど、結果は見えていた。大叔父の探索魔法で見つかって連れ戻されたんだ。さんざん叱られ、一族こぞって前線に送られたいのかと脅されてね。結局描かざるを得なくなった。皮肉なことに、その時に描いた絵が評価されて、僕は十八にして望みどおり肖像画家として認められたんだが……
その時思ったんだ。この手は自分の魂を裏切った、もうどんなに有名になろうと父に認められる絵なんて描けないだろう、ってね。
それからまもなく戦争が終結して肖像描きからは解放されたんだが、真っ先にした事は何だと思う?
将軍の絵を展示してある美術館に忍び込んだんだよ。
戦争が終わって古い価値観は終わりを告げた、なら絵だって同じだ。あの恥知らずな肖像画を破いて、大叔父の仕組んだ茶番をお終いにしてやろうと思ったんだ。その結果どうなろうと知ったこっちゃ無い、魔力を封じる罰を受けても、二度と絵が描けなくなっても構わないとさえ思ってた。実際、そうなるところだったよ、ソロフ師匠に止められなかったらね。
師匠には何もかも見透かされてた。僕が苦しんだことも、思いつめて美術館に忍び込んだことも。その上で諭してくれた。『時の試練』という例の言葉でさ。
『一時の感情に流されたところで傷つくのはお前ばかりだ、相手にとっては屁でもないだろう。それよりも、悔しさも恥も自分の中で濾過して筆に乗せろ、親の仇さえ感動させるくらいの絵を描いてみろ、絵の道を選ぶとはそういうことだ』とね。
その時自分に誓ったんだ。助けてくれたソロフ師匠の為にも描き続けよう、けどもう二度と魂を裏切るような絵は描くまいと。
件の将軍はその後どうなったかって?
知らないし、知りたくもない。今の僕にとっては何の意味もない人物だ。
――で、その後は隣の国で一画学生になって、絵を基礎から学び直した。魔法には一切頼らずにね。名前を変えたのは、その時からだ。
オーリローリ、ふざけた響きだろう。どこの国の言葉だったか、『笑う光彩』という意味だそうだ。この名前によって僕はまた一からやり直せたんだ。ついでに『ガルバイヤン』の姓も消したかったんだが、さすがにそれは死んだ母に悪くってね。中途半端な改名になっちまった。こんなので一からやり直した、なんて言うのはずるいかな。
さあこれで僕の名前にまつわる話は終わりだ。
あまり面白くもない、重い話を聞かせてしまってすまなかったね。
お茶を飲もう、うんと熱いやつをね。
もちろんミルクをたっぷりと入れて。
(了)
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