LONELY HERO
新成 成之
第1話 東京が赤く染まった夜
東京が真っ赤に染まったあの日の夜。誰もが恐怖と絶望に怯えていたあの日の夜。一人の
*****
渋谷に本社を置く、東方新聞編集部では今日も記者達が慌ただしくオフィス内を駆け回っていた。
「おいっ!
フロアの窓際に置かれたデスクから大きな声で怒鳴っているのは、東方新聞の編集長。三十代前半という若さでありながら現在の地位に上り詰め、今ではデスクに張り付いたまま、部下を顎で使うようになった、眼鏡が良く似合う男性だ。そんな彼が呼び止めたのは、コートを勢いよく羽織るも、なかなか袖を通せず、もたもたしている女性記者、木部である。彼女は東方新聞に入社してまだ三年も経たないが、自由な性格からか、周りからは変わり者として見られている。そんな彼女が何故慌ててコートを羽織っているのか、それは彼女のスマートフォンに「『
「編集長!SEEDです!SEEDが現れました!ということは、ルージュも現れるはずです!ですから、私は取材に行ってまります!」
木部はそう言うと、編集長が口を開くよりも前に、コートに袖を通すと、エレベーターに乗り込んでいた。
*****
半年前、世間は突如現れた謎の生命体に平穏を奪われた。その謎の生命体こそ『SEED』と呼ばれる、昆虫や動物をモチーフにした人型の化物である。あの日の夜、渋谷のハチ公前に突如として現れたSEEDは、突然その場にいた人々を次々と襲っていったのだ。その夜、渋谷に現れたSEEDは五体。他にも、新宿、池袋を中心として各所でSEEDが人々を襲っていった。急遽現場に警察が出動するも、拳銃ではまるで歯が立たず、何百人という人が一瞬にして謎の生命体に命を奪われた。後に政府は謎の生命体を『SEED』と命名し、警視庁はあの日の夜の大量虐殺事件を『SEEDによる連続殺人事件』として対策本部を設立した。
しかし、この事件はそれだけでは終わらなかった。あの夜、SEEDは一晩中人々を襲うと、次の日には忽然と姿を消していたのだ。渋谷などの現場に残されていたのは、大量の血痕と、まるで、ありとあらゆる臓器を吸い取られたかのような人間の『殻』だけが残されていた。
対策本部はすぐ様現場の防犯カメラの解析に取り掛かった。すると、そこには驚くべき映像が残されていた。なんと、SEEDはただ人間を襲い殺していたのではなく、瀕死になった人に頭部を近づ、その被害者から何か気体状のようなものを吸い取っていたのだ。対策本部はこの映像から、SEEDは人間の精気を奪っているのではないかと仮説を立てた。そのため、SEEDに精気を奪われた人々は皆もぬけの殻となり、無残な姿で放置されていたというのだ。
しかし、それだけでは何故SEEDがあの日の夜突如現れ、また姿を消したのかという謎が残っていた。対策本部は目撃者に聞き込みや、現場に居合わせた生存者から話を聞き、とある話に行き着いた。それは、生存者の全員が赤い鎧の様な物を纏った化物を見たというのだ。更に詳しく話を聞くと、そいつは全身が赤い鎧の様な格好をしており、頭部には大きな赤い瞳と、鬼の様な二本の金の角が生えていたというのだ。
SEEDとは異なる姿形をした謎の生命体。SEEDが灰色の化物であるならば、そいつは赤い化物だった。そんな赤い化物は、不思議なことに、SEEDから人々を守るべく、SEEDと戦っていたというのだ。武器も何も手にせず、素手のみで異形の化物に立ち向かうその姿は、決して化物ではなく、
*****
そんなルージュを半年間追い続けているのが、東方新聞の記者である木部である。何故木部が半年にも渡り、ルージュを追ってきたのかというと、木部はあの日の夜、渋谷の道玄坂で同期二人と飲み会をしていたのだ。
突如鳴り響く警察のサイレンに何事かと思い同期の一人が店の外を覗くと、そこには
「大丈夫ですか?今助けますからね!」
ライオン型のSEEDに立ち塞がるようにして現れたルージュは驚くことに、喋ったのだ。しかも、若い青年の声で。ルージュはすかさずSEEDの腹部に拳を入れると、SEEDはセンター街の入り口にあるアーケードの所まで吹っ飛んでいた。
「早く!今のうちにできるだけ遠くに逃げて!早く!」
木部はその一言で我に返ると、何とか足に力を込めると、生まれたての小鹿のような足取りで宮益坂方面へと駆けて行った。その途中、木部は何度も何度も振り返り、ライオン型のSEEDと戦うルージュを見ては、ありがとう、ありがとうと心の中で叫んでいた。
ルージュの助けのおかげで何とか逃げ切ることができた木部は、警察に保護されると木部が目を覚ましたのは翌朝を迎えた、病院のベッドの上だった。
そこには木部の家族がおり、心配そうな表情で木部の手を握り締めていた。
「あれ?私・・・」
「心配しなくていいんだよ・・・ここは病院なんだよ・・・あんたは生きてるんだよ」
木部の母親は泣きながらそう教えると、隣にいた父親まで涙を流していた。
「本当に、生きててくれてありがとう・・・」
初めて目にする父親の涙に、木部は自分の経験した状況が如何に危険だったのかを改めて実感した。そして、あの時ルージュが現れていなかったら自分もあの木乃伊のようにもぬけの殻になっていたのだと分かり、心臓が掴まれているのような感覚に襲われた。
朝のニュースではどのテレビ局も昨夜の事件を報道しており、死傷者は渋谷、新宿、池袋を合わせて数百人にのぼり、事件の凄まじさを物語っていた。
それからというもの、ルージュに救われた木部はルージュの声が若い青年だったことが気になって仕方なかった。木部が確かに聞いたその声は、二十代前半の男性の声。それに比べて、SEEDは言葉を発しない。このことから、木部はこの二つの異形の生命体の違いの謎を追い求めていた。
昆虫や動物をモチーフにした灰色の化物SEED。一方、鬼のような金色の角を持つ赤い英雄ルージュ。あの日の夜、何故突如としてこの二つの存在が現れたのか。そして、あの日の夜に姿を消したはずのSEEDが何故最近になり度々姿を現し、またしても人を襲っているのか。そして、木部の命の恩人でもある英雄ルージュは一体何者なのか。
木部はそれを暴くべく、こうしてオフィスを飛び出したのだ。
*****
スマートフォンに入ってきたネットニュースの速報では、SEEDが目撃されたのは赤坂。木部は渋谷のオフィスを出るとタクシーを捕まえ、赤坂に直行する。
「お客さん、今赤坂にはあのバケモンが出てるっちゅう話ですけど、いいんですか?」
「いいんです!構わず向かって下さい!」
「姉ちゃんがええならええんだけど、正直あんまり行きたくないんだよね・・・」
そう言いながらも、タクシーは国道246号線を北上する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます