買い物しました

 翌日。起きてすぐに洗濯と掃除をする。今日も雨降りなので、洗濯物は室内干しだ。


「もう……洗濯物が乾かなくて困るよ……」


 秋の長雨とはよく言ったもので、もうじき十月だというのに雨が降り続いていた。天気予報によると、雨は今日の夜には上がるそうなので、それを信じて洗濯をしたわけだ。

 買い物ついでに、たまには外でご飯を食べようかなあと出勤時間の三時間前に家を出て、駅のほうへと向かう。その途中で体格のいいスーツを着た人が二人、薬局の店員と話しているのが目に入った。

 それに首を傾げつつ、通り過ぎてから見たことあるよなあ……って考えてから、そう言えばその二人は森川さんと、いつも一緒に飲みにくるうちの一人だということに思い至った。


「何かあったのかな」


 お店で見るような楽しそうな顔じゃなくて、とても真面目な顔をして、何かメモを取っていた。あんな顔もするんだなあ……なんて思っているうちに駅に着いたので、そのまま反対側に抜けて駅ビルに入ると、婦人服売り場がある階に向かう。

 仕事や普段使いもできるジーパンやズボンを三本と、膝下ワンピとマキシ丈のスカートを買い、その足で靴が売っている階に向かう。靴屋さんでは仕事に使うスニーカーと、スカートに合う靴を買った。

 パンプスでもよかったんだけど、歩き方が下手なのか絶対に足首を擦り剥いたり挫いたりする自信があるので、ローヒールで布製の靴を買ったのだ。試しに履いてみたけど、履き心地がよかったからというのもある。

 下着やタオルも駄目になってきてきたのでそれらを買ったものの、いろいろと買いすぎた! と思ったけど、必要なことだからと言い訳をし、喫茶店に入ってサンドイッチとオレンジジュースを頼んだ。そこで出勤まで時間を潰し、店に行く。


「おはようございまーす」

「おはよう」


 板長は私と同じ時間かそれよりも五分早く来ていることが多いので、お店の鍵が開いてない、ってことはまずない。まあ、板長が休みの時は別の調理場の人か店長が鍵を開けてくれるんだけど、たまに遅れて来て開いてないことがあるんだよね。

 特に板場の人の場合は、開いていないことが多い。

 そういう時は店長に報告するように言われているので、きちんと報告する。今日は板長なので、鍵は開いていた。

 買った荷物を着替える部屋に置かせてもらい、ロッカーから背中に店の名前が刺繍されている五分袖の茶色い半被はっぴを出すと、それを着る。同色の腰巻エプロンを持って鍵を閉めると、フロアに出た。エプロンの右下にも、店の名前が刺繍されている。

 先にドリンク類の在庫や、昨晩店長が発注してくれたものを確認すると、明日の日付で足りないドリンク類を追加発注する。それが終われば、お通しを作る。


「お兄ちゃん、お通しはどうする? 使っていい材料はなに?」

「んー、今日はたくあんとかつおぶしかな」

「じゃあ、たくあんを銀杏いちょう切りにして、かつおぶしと混ぜようかな」

「そうだな。あとは切干大根くらいか。それ以降は、適当に何か作っておくから」

「わかった」


 切干大根はそんなにないというので、それを先にお通しの器に盛る。それが終わったらたくあんを縦に四等分に切って銀杏にし、それを薄切りにしてから大きなボウルに入れると、かつおぶしをまぶす。

 それもお通しに入れて盛ると四角いトレーに乗せ、お通しの準備は終わり。トレーには25個乗るのだ。それを四つ作ると席数と同じ、百人前だ。

 もちろん、予備も作っているので、なんだかんだと百五十人分はある。

 ボウルの中にはまだたくあんが残っているので、冷蔵庫にしまっておく。これは暇を見て私が盛るか、フロアの人で手が空いている人がやることになっているので、あとで店長に報告すればいいだけだ。

 それが終わると食材が届いた。食材はチェーン店本部から来ているもので、それを冷蔵庫にしまったりする。

 それが終わると今度は生簀いけすに入れる生きた魚が届く。こっちは板長の仕事なので、私はシンクに溜まっている食器を洗うことにし、それを実行した。

 甘エビの殻剥きを手伝うように言われたのでやり、私がそれをやっている間に板長はマグロを冊にしたり、他の刺身の材料を板場の目の前にある冷蔵ケースにしまいながら準備をしていた。


「終わったよー。頭は除けてあるけど、どうする?」

「お、助かる。こっちにくれ」

「はーい」


 ボウルに甘エビの頭を除けておいたので、それごと板長に渡す。それが終わったので私はその周囲を片付け、シンクにぬるま湯を張った。

 そしてパントリーに行くと残っていたビヤタンや中ジョッキ、カクテルグラスを洗うと、グラス専用の冷蔵庫に入れた。

 今日は宴会の予約はないのでそういった準備などする必要はなく、あれこれ開店準備をしている間に店長や他の従業員が来た。店長に追加発注したドリンクのことやお通しのことを伝え、みんなで早ご飯。

 今日のオススメは昨日に引き続き甘エビと白子ポン酢。あとは旬だからとカツオ、イワシ、カンパチ、太刀魚。どれも刺身と、太刀魚は塩焼きも一緒にオススメとなった。

 食事が終わったら少し休憩して、全員で開店準備。と言っても、私と板長は途中から休憩時間になるので、奥に引っ込んで何もしないのです。

 そして休憩時間が終わり、いそいそと仕事に励む。まあ、まだ雨が降っているからなのか暇で、まだお客さんは来ていない。

 この間にレモンスライスを作ったり、レモンの櫛切りを作ったり、焼酎の割り材の在庫を確かめたりしておく。特に雨の日や冬場は、焼酎のお湯割りや、お湯割りの梅干入りが出るので、梅干の確認は大事だ。


「店長ー、梅干なんですけど、あと2パックです。発注してもいいですか?」

「2パックか。今日も出そうだし、いいよ。それとも僕が頼んでおく?」

「お願いできますか?」

「いいよ。他にも何かある?」


 レモンは板長が発注しているからあとで伝えるとして、他にないか聞かれたのでカクテルグラスとビヤタンのことを伝えた。ビヤタンはともかく、カクテルグラスの数がヤバイ。

 昨日私が帰る時は結構あったのに、今日来たらかなり減っていたのだ。一応在庫はあるから新しいのを出したんだけど、それを伝えると店長ともう一人がげんなりとした顔をした。

 二人ともラストまでいる社員なんだけど、どうしてそんな顔?


「何かあったんですか?」

「ああ。昨日、小夏ちゃんが帰ったあとなんだけどね……」


 実は駅の反対側に、もう一軒同じチェーン店がある。そこはうちの店よりも大型店なんだけど、数日前から新人が三人入ったらしい。

 ただ、三人いきなり教育をするのは無理だから、動きとパントリーだけでも教育してほしいと、そこの店長とブロック長が新人を一人、連れて来たそうだ。

 まあ、うちの店ではよく頼まれることだからと教育し始めたのはいいんだけど、来た早々たった五人のお客様のオーダーでパニックを起こし、グラスを次々に割ってしまったらしい。


「あちゃー……」

「初めてだったそうだから仕方がないとはいえ、いきなり十個割られて顔が引きつったよ。心配だからと残ってたブロック長も顔を引きつらせていたよ……」

「……」


 それは店長もブロック長も引きつるわ。私だって引きつる。

 まあ、グラスはどうしても割れてしまう消耗品だからそこは仕方ないけど、もうちょっと落ち着いて仕事してほしいとは思う。……人のことは言えないんだけどさ、私も新人の頃に、グラスを割ったから。

 最初にグラスを割りはしたけど、その後はゆっくりでいいからと落ち着かせ、なんとかラストまで頑張ったそうだ。今日も来るそうなので、念のためグラスを発注してくれることになった。


 そんな話をしていると、あっという間に六時を過ぎる。この時間になると、ポツポツと会社帰りのお客さんが見え始め、ドリンクや料理が出始める。

 雨が上がったのか、七時を過ぎたあたりからお客さんが一気になだれ込んで来て、座敷以外の席が埋まってしまった。ドリンクを捌いてひと心地ついたところで、全員にウーロン茶を配る。

 それからポットのお湯の残量を確かめ、厨房にお湯を沸かすようにお願いする。ホールにもポットがあるし、そっちのお湯がなくなりそうだったから、お願いした。

 様子を見ながら次々ポットにお湯を入れていき、無くなってきたレモンの櫛切りを切る。そんなことを繰り返しているうちにあがる時間となったので他の人にパントリーを任せ、着替える。


「お先に失礼しまーす」


 荷物と傘を持ってそう声をかけ、板長と一緒に店を出る。


「あれ? 森川さんじゃないか?」

「え?」

「ほら、あそこ」


 板長に指差された方向を見ると、真剣な顔をした森川さんともう一人見えた。


「何かあったのかな。昼間もあんな顔をして薬局のところにいたよ?」

「ふうん……。仕事中だと困るし、声をかけずに行くか」

「そうだね」


 板長とそんな会話をして、そこで別れる。私はここから歩いて二分だけど、板長は電車に乗るのだ。

 明日は大丈夫かな、なんてさっきや昼間の森川さんの様子を思い浮かべながら、家路を急いだ。


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