通信販売会社『ジャングル』構想!
◇◇
「おおい! ここだぁぁ! 寺村殿ぉぉぉ! 助けておくれぇぇ!!」
と、俺が今にも泣き出しそうな声で叫ぶと、土佐藩士の寺村道成は目を丸くしながら、俺が入れられている独房の前までやってきた。
「われはどうしたんや? どいてこんなところに入れられちゅう?」
「そんなの知るものか! メリケン人が因縁をつけてきたんじゃ! そしたらアメリカの裁判にかけるっちゅうて聞かんのじゃ! それまではここで大人しくするようにと脅迫されてしもうたのじゃ!」
「メリケン人じゃとぉぉぉ!?」
寺村は耳をつんざくような金切り声を上げると、さっと顔を青ざめさせた。
俺は内心でほくそ笑みながら、半べそをかいて懇願した。
「寺村殿は、容堂公と話ができるのだろう? 容堂公にかけあって、俺をここから出してくれ! そうすれば、京でも土佐でもどこへでも行ってやるから! 頼みますよぉぉ」
寺村の額に汗が珠のように浮き始める。
それもそのはずだ。
恐らく彼は「何がなんでも坂本をここへ連れてこい」と容堂に命じられていると思われる。
しかし、アメリカ人といざこざを起こして投獄されている者を、勝手に出そうものなら、下手をすれば国際問題になりかねない。
もはや彼の手に負えるような事案ではないのである。
彼の心の中では、容堂とアメリカを天秤にかけているに違いない。
どっちを取っても地獄なら、どっちを捨てても地獄だ。
つまり彼に与えられた道はいずれも地獄へ通じているのだから、彼がこの世の終わりのような顔をしているのも無理はない。
するとそんな彼に追い討ちをかけるような者を、与太郎が連れてきた。
それは一人のアメリカ人で、名をスミスと言う。
もちろん昨日のうちに、俺が協力を仰いだ人物である。
普段から親しくしている彼は、「龍馬サンのためなら!」と協力を快諾してくれたのだった。
「オウ! 新しい『フクチジ』様デスネ! コンニチハ! 私はスミス言いマス!」
片言の日本語で寺村に話しかけるスミス。
彼は満面の笑みを浮かべて、寺村に深々とお辞儀をした。
「そ、それがしは寺村道成と申す。この者が不埒を働いたそうで、かたじけない」
寺村は挨拶をするとともに、スミスに頭を下げた。
するとスミスは彼の肩を抱いて大笑いした。
「アハハ! ミスターテラムラは悪くアリマセン! 悪いのはここにいるミスターサカモトデス!」
「その坂本を許してはもらえぬだろうか? 彼を罪人として土佐に送らねばならぬのだ」
相手の機嫌が良いと判断した寺村が、さらりと俺の解放を要求する。
するとスミスは眼光を鋭くしてささやいた。
「ソレハ『いくら』デショウカ?」
「は?」
寺村は瞬時にスミスの言葉の意味を飲み込めず、短く問い返した。
するとスミスは噛み砕くようにゆっくりと話した。
「ミスターサカモトの身柄にいくらダシマスカ?」
「いくら……と申されても……これくらいしか出せぬ」
寺村は懐から小銭を出すと、スミスに差し出した。
しかしスミスはそれを目にした瞬間に鼻で笑った。
そして『流暢な』日本語でささやいたのだった。
「てめえ、なめてんのか? 坂本の身柄が欲しかったら、少なく見積もっても『七万両』は出しやがれ。アメリカは坂本相手に十万両以上の賠償金を払わせるつもりなんだよ」
「な、な、な、七万両!?」
「それともここから強引に出すつもりかい? もしそうなれば土佐はアメリカに銃口を向けることになると、容堂に伝えよ」
顔を青くして絶句してしまった寺村に対して、スミスは再び満面の笑みで「アハハハ!」と大笑いしている。
そして彼は寺村と肩を組みながら、牢獄の外へと出ていったのであった。
◇◇
寺村がスミスとともに俺の前から姿を消すと、与太郎、正一郎、そして杉浦誠の三人が、俺の前に残った。
「坂本殿。これでもう寺村は手を出してきませんでしょうか?」
と、正一郎が不安そうな顔で問いかけてきたので、俺は軽い調子で答えた。
「もう大丈夫だ。しかし、しばらくはここを出ない方がいいだろうな」
「そうすれば雫と千葉殿からも離れられますからね」
「うん、まさにその通りだ。また二人から問い詰められたらかなわんからな。……って、おい! 与太郎! 余計なことを言うでない!」
俺が顔を赤くして抗議したのを見て、正一郎の表情もようやく緩んだ。
それが頃合いと見たのか、今度は杉浦誠が問いかけてきたのだった。
「……して、これからどうするのじゃ?」
「暗殺されそうになったところから始まって、とうとう牢獄にまで入っちまったからな。もう失うもんは何もないさ」
「ふむ……つまりどういうことですかな?」
「こうなりゃ大胆に生きてやるさ!」
そして俺は、これからやってくる『旧幕府軍』と、そして戦争を起こす『新政府軍』、その両方を『銭』の力をもって『味方』に取り込む決意を固めたことを語った。
与太郎と正一郎の二人にとっては、彼らの想像の範疇を大きく超えてしまったのだろう。
口をぽかんと開けて、ただ俺を穴が空くほど見つめている。
そんな中、杉浦誠だけは冷静に、いつも通りの淡々とした口調で問いかけてきた。
「その『銭』を坂本殿は持ってらっしゃるのか?」
「いや、今の俺は無一文だ」
「では『銭』を稼ぐあてはあるのですか?」
「いや、それは今から考える」
「ふむ……榎本殿や新政府の方々が『銭』だけで釣られるとお思いなのか?」
「いや、そうは思っちゃいないさ。『銭』はあくまで『対話』のきっかけだ。俺は双方にとって『敵』だからな。まずは『対話』の席につかせることから始めなきゃなんねえ。そういうことだ」
そこまで問答を終えたところで、杉浦誠は「ふぅ」と大きく息をついた。
そして再び俺に目を向けると、さらりと告げた。
「はっきり言って、無茶にもほどがある。見通しも甘い。一言で言い表すなら『大馬鹿』じゃ」
散々な言われようだが、不思議と腹が立たないのは、彼の口調が柔らかいからだろう。
すると彼はニヤリと口角を上げて続けた。
「しかし、ここにいるのは『坂本龍馬』じゃ。『大馬鹿』を『本物』にしてしまう男じゃ!」
言葉を重ねるたびに杉浦誠の口調に熱が帯びてくる。
そして締めくくりはまるで叫び声のような大声となった。
「わしは坂本龍馬に、この大馬鹿に賭けるぞ! それが箱館を守るための乾坤一擲の策であれば、乗らぬは『あほう』じゃ!!」
彼の言葉が終わると、灼熱の余韻が辺りを漂う。
そして……。
「うおおおおお! 父上! 俺も賭けましょう!!」
「おおおおお! それがしも賭けるに決まっておるでしょう!!」
と、若い二人もまたそれぞれに雄叫びを上げて、瞳を輝かせた。
そして場が落ち着いたところで、杉浦誠が元の淡々とした口調で言った。
「では、『大馬鹿』を『本物』にするための作戦を練らねばなりますまい」
「そうですね……まずは『資金』でしょうか?」
「あと、何で金儲けするか、ってのも忘れてはならぬ!」
与太郎と正一郎が杉浦誠の言葉に続いた。
俺は少し考え込むと、ぼそりとつぶやいた。
「……ところで、山内容堂はなぜ俺の身柄にこだわるのだ? 俺が表舞台に立たねば、彼がちょっかいを出してくる理由が分からん……」
「それはやはり『海援隊』ではなかろうか」
「海援隊……ん? 待てよ……海援隊か! そうか『資金』は海援隊がもっているはずだ!」
俺が突然大声を上げたので、全員が目を丸くしている。
「坂本様。それはどれほどでしょうか?」
「たしか……七万両!」
「な、な、七万両ですとぉぉぉ! それなら十分に『資金』になりえます!」
「うむ……では、あとは『何で金儲けをするか』じゃな」
みなが再び難しい顔をして考え込み始めた。
しかし、『資金』さえ確保できたなら、俺には一つアイデアがあった。
「サハラだ」
「さはら? なんですか? それは」
「同じ名前じゃ芸がないからな。『ジャングル』としようか」
「じゃんぐる? いったい坂本様は何をお考えなのでしょう?」
それは元の時代で俺が毎日のようにお世話になっていたもの。
そしてその時代では、『世界一儲かっている商売』……。
通販会社だ――
「ジャングル。日本では『密林商会』としよう! 俺は日本一……いや、世界一の通信販売会社を設立するぜよ!!」
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