4:18「安息のひととき」

 服屋を後にした俺たちは、また2時間ほど町の中をぶらぶらと散策した。

 和風のアクセサリーショップや劇場(休館中)なんかもあったりしたが、チンピラの一件以来特にこれといった不祥事は起こらなかった。

 そうしてお昼を回り、今は町外れにある小さなカフェで一休みしている。

 飲食スペースが外に配置されているこのカフェは、すぐ目の届く場所に山へと続いていく道もあり、まさに町と自然との境目で一息つくのにはもってこいの場所だ。


「はぁ……」

「お疲れかい?」

「はははは……ちょっとね」


 お椀に注がれたお茶を啜ると同時に、思わずため息が漏れ出てしまった。

 体力的にはまだ余裕はあるのだが、思っていたよりも気の方が持っていかれていたらしい。

 まあ、今日の付き合いは純粋に……とは言いつつも、そうするために逆に気を張ってしまっていたのかもしれない。こればっかりはどうしようもないな。


「エルナさん」

「ん?」

「どうかな、ネリアは。いいところだろう?」


 ラメールの問いかけを受け、俺は「あー」と呟きを入れ、あらためてこの町の情景を思い出す。

 人目にこそつくものの、人自体は悪いわけではないし、近世日本を連想させる町並みは不思議と心が安らぐ。

 親父が好きなると言っていたのはそういった意味もあったのかもしれないと、今更ながらに思っていたところだ。


「うん、そだね。なんか懐かしい感じ」

「懐かしい?」

「あっ……い、いやこっちの話」

「ああそうか! 山と森の違いはあれど、ネリアも同じ自然の中の町だからね! エルフ族の君からしてみればそう思うのは無理もない話だ」

「ソ、ソッカ……ソダネ。正確にはハーフだけど」


 前世でのことを感想に乗せてしまい少し慌てたが、ラメールは上手いこと勘違いしてくれたようでホッとする。


 しかし言われてみれば、確かに森の中――エルフの里ルーイエで初めて目覚めた時の感覚に似ている気がする。

 この懐かしい気分にさせられるのはもちろん風景のせいもあるのだろうが、自然の匂いと言うのもあるのかもしれないな。

 あの森ほどではないが、ここは精霊の数も多い。俺にとってこの町は、比較的過ごしやすい環境にあるということなのだろう。


 ……そうだ、この流れなら聞けるんじゃないだろうか。


「そう言えばラメール、ひとつ聞きたいんだけど」

「なにかな? 何でも言ってくれたまえ! 君の為なら、世界の果てまでだって飛んで言って見せよう」

「いや、そこまで求めてないから。今ので気になったんだけどさ、私って見ての通り人間じゃないでしょ? 付き合って大丈夫なの?」

「愛に種族差などないさ! 当たり前だろう!!」

「あ、そう……」


 異種間恋愛と言うものはどの世でも難しいものだと思ったのだが、こいつにとっては関係なかったらしい。

 事実俺のようなハーフという事例はこの世界でも少ないらしいし、気になって聞いてみたのだが……つくづく愛に従順な男だ。


「まあ、こうは言っても実際気にする人は多い……君がそう思うのも無理はないさ。結ばれたとして子供もできないわけじゃないが、出生率が限りなく低い上にその先の不安要素も多すぎる。一般的に見てみれば、どうしようもない壁があるのは確かだろう」


 先の堂々と胸を張った声から一変、少し真剣な声色で言うラメール。

 半魔人に例を見るように、半端者が嫌われるのは世の常。

 例え異種間交際の先で子宝に恵まれたとしても、その子に災厄が降りかかるのは避けて通れない道だろう。それこそ人気のない山奥に隠居でもしない限り……これも人の業が深きところか。


「そう考えると、エルナさんのご両親は恵まれているね」

「ふぇ? ……い、いやーまあ何と言いますか……そ、そうなるのかな?」


 そう言われるとちょっと気が引けるな?

 元をたどれば親父も母さんも人間なわけで、勿論その子の俺だって人間だ。

 現状がイレギュラーなだけなのだが……なんかずるをした気分。

 でも、それにしても環境は恵まれている方なのだろう。

 事実、英雄の家と言うだけでその手の不条理な扱いは受けずに済んでいる。これがどこかの貧民街やらスラムやらに放り出されたら、きっと俺の末路は悲惨なものになっていたに違いない。


 しかしなんだ、流れで聞いてしまったが……空気が若干重苦しくなったような。

 選択肢間違ったかな?

 こんなこと慣れてないから、できればそこは大目に見て欲しいところなのだが。

 しばらく木々の騒めく音に場を任せ、3分ほどだろうか。

 不意にラメールが持っていたお椀を置くと、俺に微笑みながら席を立った。


「ゴメンエルナさん、少し席を外すよ。待っていてくれても構わないかな」

「ほい、行ってらっしゃい」


 俺に見送られ、ラメールはカフェの建物の中へと入っていく。

 トイレにでも行きたくなったのだろうと思い、俺は気にすることもなく茶を啜った。


「うぅ、こっちもちょっと催してきたかも……帰ってきてら俺も行こ……」


 お椀を置くと、俺は迫りくる尿意から少しでも気を逸らそうとして町の方へ目を向ける。

 ここの飲食スペースは、建物も合わせれば庭付きの一軒家が2軒は建てられるくらい結構広い。

 そこからの眺めというのも中々新鮮なもので、通りを挟んで中近距離から見る町の風景は――ん?


「今……」


 所々に木々が入り混じった町の風景。その中に、明らかにコントラストの高い緑が混じっているのが見て取れた。

 俺がとらえたとたんに草むらの中に消えて行ったそれには、確かな既視感がある。

 よくよく見てみると、ほかにも建物の影に隠れる黒い人影や、山道の方には見覚えのある青い髪。

 みんなつけて来てたのか……揃いも揃って。


「はぁ……ほんっと過保護だな? 来るなとは言わないけどさぁ」


 ミァさんとグレィにのの、それから親父と母さんもばっちり視界の範囲内にいる。

 チンピラに用があると言っていたのはもう終わったのだろうか?

 それならそれで、何か別に目的があるんじゃないのか?

 ……それとも、その目的がこの付き合いに関係してるとか。


 思えば母さんが言っていた気を付けろの意味は未だ分からないものの、チンピラ騒動以降は平和そのものだ。

 その時に俺を見て良かったと言っていたのもやっぱり気になる。

 昨日からどうにも母さんの行動には不可解な点が目立って見える……意味のないことはしない人なだけに、余計気になって仕方がない。

 だがしかし


「あの二人とこのデートに何の関係があるって……」

「お待たせしたね」

「ん……お帰り」


 いざ考えようとしたところで、図ったかのようにラメールが戻ってくる。

 まさかとは思うが、本当に図ってるわけじゃないよな?


「それでエルナさん、これからなんだけれど」

「あぁうん。何?」

「あの山の山頂まで行ってみたいと思うんだが、大丈夫かい?」

「……へ?」


 そう言ってラメールが指さしたのは、このカフェから続く山の頂上。

 ネリアは山間の町というだけあって三方を山に囲まれているのだが、ラメールが指したのはその山々の中でも明らかに別格と言わざる負えないもの。

 周りの山々の標高を200mとするならば、その山は優に3倍はあろうかという高さを誇っている。徒歩でいけばまず5時間ほどはかかってしまうだろう。


「なぜそこを選ぶ……」

「あそこからの風景を是非とも見せてあげたいんだ。もちろん、馬は連れて行くよ。到着する頃にはちょうど夕暮れ時だろう」

「……夕飯と帰りは?」

「上に小さな店がある。もう年老いたおばあさんがやっている店だけれどね。帰りはお楽しみさ。しっかり帰れることだけは保障するよ」

「な、なんじゃそりゃ……まあそれならいいけど」

「よし!じゃあ早速行こうか!!」


 急げと言わんばかりに、ラメールが勢いよく立ち上がり指を鳴らす。

 するとカフェの影から二頭の馬を連れた獣人――この店の店員さんらしき人が姿を現した。

 このカフェは山道に続いているということで、それ目的に調教された馬も取り扱っていたのだろう。先にラメールが席を外したのは、こちらの手配をしていたのだろうか。


 まあ……それはそれとして……もう限界。


「ら、ラメール……」

「ん? どうしたんだい?」

「行くのはいいから、先にお手洗い行ってくるね……もうヤバい」

「ハッ!! これはすまないことをしてしまった……! 分かった。しっかり護っているから安心して行って来たまえ!」


 ……何を護るのかは聞かないでおこう。

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