3:11「危険なふたり」

「心配したのよおおぉおお!!」

「んー! んーんーっ!!」

「っ!!」


 こうなるんじゃないかとは思っていたが案の定、俺を見つけるや否やものすごい勢いで俺の元へダイブを仕掛けてきた。

 そして例のごとく、抱き着かれた俺の顔はその豊満な谷間に埋もれて窒息寸前だ。

 俺はなんとか解放されようと、空いている左手を使って必死にジェスチャーをして見せる。

 しかしそれとは別に、ののとつなぎっぱなしの右手が、母さんに抱き着かれてから少し強めにつかまれていたような気がするのは気のせいだろうか。


「あらごめんなさいっ」

「ぶはっ……あーもう、いい加減学んでくれないかな……」

「だって心配なんだものぉ」

「大げさなんだって」

「あととってもかわいいし♡」

「それは余計じゃ!」


 確かに外見は美少女だけどな!?

 それとこれとは話が別だ!


「……それでエルちゃん、この子はだーれ?」

「えっ? あ、ああそっか。うん」


 母さんが少しばかり声色を強くして俺に問いかけた。

 心なしかその表情も強張っているような気がするが、そこはあまり突っ込まないで置いた方がいい気がする。


 そんなことを頭の片隅で思っていると、ののが俺の手を放してとことこと母さんの元へ歩いていく。そしてののは見上げた先にある贅沢ボディをまじまじと見つめながら口を開いた。


「ののはののだよ」

「ののちゃん?」

「この子はのーの。ちょっと色々あって……えっと、なんて説明したらいいんだ……?」


 あれ……そういえば、結局ののがなんでここに居るのかとか聞きそびれてるぞ?

 肝心な情報がなければそりゃ説明なんてでるわけないじゃないか。


「のーのちゃん、わたしはこのお姉ちゃんのお母さんなの。どうしてお姉ちゃんと一緒に居るの?」

「おかあさん……まま?」

「そう、ママ!」

「おー……」

「お……おー……?」


 まるで子供が「すごーい」と言っているかのような、そんなニュアンスの「おー」だ。

 まだ出会ってから十分やそこらでこんなことを言うものではないと思うが、ののの実態が謎すぎる。なぜここにいるのかどころか、何を考えているのか……。


 ののは何度も「おー」と呟きながら、彼女に合わせてしゃがんでいる母さんの周りを一周する。すると今度は大きく手を振るようなしぐさを見せながら、おぼつかない喋りで俺の代わりに説明を始めた。


「みんなどらごんに変えられちゃったの。うわーって、それでののがわるいどらごんたおしたの。そしたらえるにゃんがいたの」

「あらあらー、のーのちゃん強いのねえ」

「ののつよいのー」

「…………」


 ……しかしなんだ、この空気は。

 さっきから……母さんとののが一緒になってからというものの、とても一大事とは思えない、なんともほのぼのとした空気が場に流れている……今それどころじゃないのわかってます?


「なるほどなるほど……大体わかったわぁー」

「は!? いや、嘘だろ母さん?」

「え? 討伐隊の人たちも変な空間に飛ばされて、皆そこにいたって言うドラゴンさんに姿を変えられちゃったけど、その悪いドラゴンさんをのーのちゃんが倒してここに戻ってきたら、そこに偶然エルちゃんも居合わせたってことじゃないのー?」

「なんで今のでそこまでわかるんだよ!?」


 もう無茶苦茶だー!

 いや、母さんに関しては今に始まったことじゃないけども……ののと合わせてしまった結果、その異様さが余計に際立ってしまっている!

 絶対に今合わせちゃいけない組み合わせだよこれ……!!


「あーもう……まあいいや、母さんちょっといい?」

「あら? どうしたの、そんなに血相変えて」

あれ・・治して欲しいんだけど」

「あれ?」


 俺は急かすようにあれ……倒れているガレイルを指さして言った。

 あれから何も反応がないからそろそろ本当に心配になってくる。気を失っているだけだと良いのだが。


 ……ちなみに二人の雰囲気に流されて忘れそうになっていたのは内緒の話だ。


「!! どうしてこの人が……!」

「俺が飛ばされた空間にいたんだよ。結構ハデに傷ついてるから、早めに回復させてほしい」

「……わ、わかったわ」

「んっ……お、お願い」


 案外素直に受けてくれたことに少しびっくりした。

 まあ、詳しく聞かないのは俺に気を遣っているのだろう。それにいくら恨みがあるとしても、だからと言って傷ついて倒れているところを見捨てておける人ではないか。


「精霊さん、癒しの加護を」


 真剣な顔で回復魔法をかける母さんを見てか、るるも俺の服の裾を掴みながらじっと見守っている。

 俺もこうして実際に見るのは初めてだが、普通の魔法とは違い、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる。魔法を使う母さんの周りには精霊たちが微かに青白い光りを話しながら舞い、その両手には光の玉が集まりガレイルへと吸収されていく。

 この王都には精霊が少ない。しかしそれを全く感じさせないような、神聖な力の波動を感じた。


「……こんなところかしら」

「どうだった……大丈夫そう?」

「命に別状はないみたいだけれど、あまり精霊さんの力は借りられないから応急処置しかできなかったわ。しばらく目は覚まさないかもしれないわね……」

「そっか……」


 気絶させたのは母さんのあの水だけど、そこを突っ込むのはやめておこう。


「……水?」

「あら? どうかしたの?」


 そう、水だ。

 あの壁を粉々に砕くほどの激流。

 恐らく話しぶりからして母さんも俺たちのように別空間に飛ばされたのだろう。しかし何がどうしたらあんなことに?


「母さん、なんであんな激流の魔法なんか使ったの?」

「お母さんも変な場所に連れて行かれちゃったのよー、でもなんだか精霊さんいっぱいいたから、目一杯魔法使ってお水溢れさせたら壊せないかなーって」

「……やっぱむちゃくちゃだ」

「あらそーお?」

「そうだよ! おかげで俺らまでびしょ濡れなんだけど!?」

「ぬれぬれー」

「!! あらほんとね!」

「気が付いてなかったの!?」

「ごめんねぇ、風邪ひいちゃう前に乾かさないと」


 そういう問題ではない気がする。


 しかしそんなツッコミを入れる間もなく、母さんが起こした風によって俺とののの服は瞬く間の内に水分が抜けていった。

 こういうところは無駄に器用にこなす癖に、ほんとどうして変なところで抜けてるのか……たまにはそれに毎度付き合わされる方の身にもなってほしいところではあるが、今はそれどころではない。

 何度もしつこいようだが急がねばならないのだ、もうコロセウムに入ってから結構の時間が立っているように思える。

 状況を考えれば考えるほど親父が心配だ。


「偶然の産物に感謝だな……!」

「エルちゃん?」

「えるにゃん?」


 偶然も偶然。

 無茶苦茶なことではあるが、恐らく母さんは飛ばされた先にいたであろうボスモンスターを空間ごとぶち破ってきたってことだろう。

 そしてその激流は、コロセウムの内壁を粉々に粉砕するほどの威力を備えている。

 意図せずに全方位になだれ込んだそれは一つの壁を壊すにとどまらず……。


「母さんの魔法で、競技場までつながったみたいだよ」

「え?」

「おー」


 壁を堂々とぶち破って、中心まで一直線に繋がった。

 通路にはドラゴンに変えられた冒険者たちがひしめいていてどうしようもなかったし結果オーライ、これで親父の元に駆けつけられる。

 ……公共施設を大胆にぶっ壊したことはまあ、ドラゴンにやられましたとでも言っておけばなんとかなるんじゃないかな。


「ファルとミァさんがどうなったのかも気になるけど……今はこっちが最優先だ」

「……そうね」


 あとは……ガレイルは置いておくとして、ぽかんとしているののをどうにかしないとだ。

 この子が言っていることが本当なら心強い戦力になると思うが、こんな小さな子を危険な場所へ連れて行くわけにはいかない。

 しかしここに置いて行ったところで、それはそれでそうなるかわかったもんじゃない。すぐそこにもドラゴンにされた冒険者がうじゃうじゃといる。彼らに理性が残っているかもわからないし、残っていたとしてもこんな小さな女の子を一人にしたら何をされるか……。

 ガレイルが起きればまだ用心棒にはなったかもしれない……いや、それはそれで不安か。

 それだったら……。


「母さん、のの連れてっていい?」


 これしかなさそうだ。


「…………」


 俺の言葉を耳にして、母さんの表情が曇る。

 分かってはいたが、しかしそうするしかない。

 少しでも安全を確保したいのなら、せめて目の届く範囲で一人にさせないようにしなければ。

 あまり悠長にしている暇もない。母さんも考えた後に覚悟を決めたのか、ため息をついた後に口を――。



 ―――だっ!!!


「のの!?」

「のーのちゃん!?」


 開こうとした直後、まるで何かを感じ取ったかのように、ののがまっすぐ壊れた壁の方……競技場へ向けて走り出していった。

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