2:24「最後の仕上げと」

「ん……まぶし」


 カーテンの隙間からこぼれ出る暖かい光。

 俺はまだ休みたいと嘆く体をムチ打ち、洗面所で洗顔と歯磨きを済ませてからドレッサーに場所を移して、ボサボサになっている長い髪を梳かしていく。

 今日は緑の月47日。謎に包まれた男の襲撃から、はや二週間が経過していた。


「今日はいつもより三十分早く広場に来いって言ってたけど、なんだろ……実戦演習はもういいのかな」


 この二週間、俺は風と炎の魔法を詰め込めるだけ詰め込んだ。

 その過程で知ったことなのだが、混血ハーフというのは一つ特殊な能力を共通して必ず持っており、そのおかげで基礎レベルよりも10上の魔法までなら速読――すぐに覚えることが可能だった。

 そうして覚えられた魔法は【猛火弾フレア・バレット】を入れて全部で八つ。うち速読で覚えたものは五つ――男との戦いでまたレベルが上がっていたのか、基礎レベル26までの魔法は速読することができた。

 覚えようと思えばもっと……それこそここまでで百を超える魔法を覚えることも可能だったのだが、なんでもアルトガさん曰く「覚えられる魔法には上限がある」らしく、俺はアルトガさんが用意してくれた二百冊のなかから選び、習得していった。正確には一度すべてを覚えてから、記憶にとどめておくものを取捨選択していったのだ。


 そこまででおよそ一週間。

 翌日から昨日までは、先の告知通りアルトガとエィネが交互に実戦を想定した訓練をしてくれていた。

 主にはその時その時での魔法の使い方。

 如何せん意識を集中し、場合によっては長ったらしい術式を口に出さなければならないがゆえ、即座にできることを見極め、実行するだけの眼も必要なのだ。

 ちなみに二人は本気で当てるつもりでこいと言っていたが……一週間の演習で一発も当てられなかった。


「……よし、こんなもんかな」


 整えた髪を立って確認し、着替え……再び鏡とにらめっこをしてからドアノブへと手を付ける。


「あら?」

「ん……おはよ」

「おはよぉーエルちゃん♪」


 ドアを開き、人二人がやっと通れる程度の狭い廊下へ足を踏み出すと、同じく準備を済ませたらしい母さんとはちあわせる。

 そういえばここの部屋は隣同士だというのに、同じような生活をしていて一度もこんなことがなかったのも中々不思議な話だ。


「一緒にいきましょー」

「あー……うん」


 * * * * * * * * * *


「何なのかしらねぇ」

「何が?」

「30分はやくこいーって昨日言ってたじゃない?」

「そうだね」

「エルちゃんは何だと思うー?」

「えっ? うーん……」


 完全に受け身のつもりでいたから思わぬ問いかけに一瞬たじろいでしまった。

 何かと聞かれれば、何かあるとは思うが……。


「なんだろ。そういえばエィネが実戦演習の後に何かあるって言ってたような気がする」

「あー、言ってたわねぇ。パーティーでもやるのかしらー」

「……それはない」


 そうこうしているうちにも宿を抜け、すっかり元の姿を取り戻した緑と精霊たちが俺と母さんを迎え入れる。

 そしてすぐ目の前に広がる広場。その中心に待っている二人へ向かって歩みを進めていく。

 一歩一歩と足を動かしていくうちに、どこか不思議な緊張感が体の奥底から湧き上がってくる。一体こんな早くに何をしようというのか……それからは母さんも一言も発することなく、待ち受けるエィネたちの前に立った。


「うむ。時間通り来たの」

「よし、じゃ早速行こうか。エルナ、メロディア」

「は!? え、ど、どこにですか!?」

「あらあらー」

「後で説明するわい。ほれほれ行くぞー」


 エィネは短くそれだけ言うと、早々に里の南……外へと向かって歩き出していく。

 その後をアルトガが、追って母さんと俺が続き、森の中へと進んでいった。


 * * * * * * * * * *


 燃えた形跡など欠片も残っていない、鬱蒼とした森を早1時間半。しっかり元通りになっているかを確認しながら先を行くエィネが、ここまできてようやく次の話を始めた。


「うむ。この分ならあそこも大丈夫じゃろう。では歩きながら聞くんじゃぞ」

「はーい」

「やっと……う、うん」

「はっはっは。エルナ、そんな気張らなくても大丈夫だぞ」

「そーじゃそーじゃ。おんしは十分強うなった。変に気を張るだけ損というもんじゃぞ」

「そ、そうは言ってもなあ……」


 強くなった。

 正直その実感はある。まあ、元々がからっきしだったのだから当たり前ではあるのだが。

 でも里が襲われた時は結局自分の力だけじゃどうにもならなかったし、その後に力をつけたと言っても実戦演習では二人に傷一つ付けられなかったんだ。

 そのうえで急な30分早い集合時間……気張るなという方が無理がある。


「まあいいわい。本題に移るとするかの――アルトガ、今のうちに渡しておいてくれるかの」

「ん……ああ、そうですね。二人ともこれを」


 エィネの指示でアルトガが背中に背負うリュックから二つの水晶玉のようなものを取り出した。

 手のひらにすっぽりと収まり、先端に紐のつけられたそれを俺たちに渡すのを確認すると、エィネは小さく頷いてから話を続ける。


「これからおんしらには鍛練の仕上げとしてあることを取り行ってもらう。ほれ、そろそろつくぞい」


 エィネが言いながら目的地であろう森の先を指さすと間もなく道が開け、差し込んできた朝日が目に染みる。


「……ここは」


 反射的に閉じてしまった目をゆっくり開けると、そこに待ち受けていたのはいかにも歴史がありそうな、あちこちにコケが蔓延っている石の遺跡。

 恐らく本当に大昔には建物が立っていたであろうその場所は、随所に残っている瓦礫や壁などの配置を見るに、おそらく大きな神殿か何か……神樹さまに通ずる神聖な場所だったのではないだろうか。

 他にも遺跡としての面影を見せる石畳には、所々に大きな樹を象ったような紋章が見受けられ、それがエルフの者であったということを強調している。


「先に渡したその玉は魔力に反応して赤く光るんじゃ。どんな小さな、簡単な魔法であれこの遺跡の範囲内であれば反応を示すぞ」

「はあ……」

「あらホントねえ」


 エィネの説明を受け、早速母さんが指先にそよ風を起こして見せる。

 俺の玉も母さんがもつ玉も、母さんが風を出している間は同じように眩い真っ赤な光を放ち続けた。


「でじゃ、ここですることじゃが……」


 母さんが風を止め、玉が元の透明色に戻ったところで、エィネが話を続ける。

 彼女はそっと一歩前に出て遺跡を背に――俺たちの方へと振り向くと、絶対に聞き逃さないように、大きく声を張った。





「エルナ・レディレーク、メロディア・レディレーク。おんしらの鍛錬、最後の仕上げとして……1対1の合戦を執り行う!!!」







「……は」






「はあああああああああああああ!!!??」

「なんじゃ大げさじゃな」

「大げさじゃないよ!? 母さんと戦うって……意味わかんないって!」

「そーねえ。いくらえいちゃんのお願いとはいえ、わたしもエルちゃんと戦うのは気が引けるわぁ……」

「何、安心せい。本当に傷付け合えというわけではないわい。渡したその水晶……互いにもつそいつを先に奪った方が勝ちじゃ。簡単じゃろう……ま、他の目的もあるが」


(……他の目的?)


「うーん、でもぉー……」


 俺と戦うと聞いて、母さんはそっと目を逸らす。

 まあ、殺し合いではないにしろ実の息子と刃を交えろと言われれば当然の反応だ。

 争いごとは嫌いだろうし、その上家族を溺愛するこの人からすれば何よりも避けたいことだろう。

 正直俺だってそんな人と戦えと言われれば気が引ける。


「ふむ。仕方ないのう……じゃあ勝った方はなんでも一つ言うことを聞く。これでどうじゃ」

「なっ!? なんだよそr――」

「やりましょう♪」

「ああ!?」

「……ははは」


 エィネの提案に熱い掌返しをして見せた母さんに、アルトガが思わず苦笑いをこぼす。


「ちょ、ちょっと母さん……一体何を」

「エルちゃん、わたしね、この世界に来てエルちゃんのことを見てきて……ずっと思ってたことがあるの」

「……何?」

「絶対似合うと思うのよ―――ミー君のエプロンドレス♡」


「っっ!!!!!?????」


 言葉が出ない。

 こういう笑みを浮かべる時の母さんは何を言ってももう聞いてはくれないのだ。

 ああもうやるしかねえ!!

 なんでも言うことを聞くのがメイド服って、はたから見れば大分敷居が低いようにも見えるが……ああ!! 冗談じゃない!!!


「……絶対負けらんねえ」

「決まりじゃな」


 俺が勝ったらとか、そんなことを考えてる余裕は微塵もない。

 数少ない男の尊厳を賭けられてしまった以上、そんな悠長なことよりもまずは負けないことを、絶対に敗北を避けることだけを考えなければ!!


 ルーイエでの最終試練にして絶対に負けられない戦い。

 この神聖な遺跡で、男の尊厳とメイド服をかけた戦いの幕が切って落とされた。

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