2:12「母と息子のお勉強会」
「
「あらごめんなさいっ」
階段がある脇の方から飛びついてきた母さんに俺が一言告げると、息苦しかった顔はすぐに解放され、「ぷはー」と大きく息を吐き出した。
「母さんここで何を……」
「えー? エルちゃんが術式のお勉強始めたって聞いたからー、いてもたってもいられなくってぇー」
「心配しすぎだって」
「子供を心配しない親はいないのよー♪」
「いやそれはそうだけども……」
質問の答えにはなってないよ?
まあ、大体想像はつくけども……この書庫にいるということは、目的は俺と同じだろう。
分野が違うのだから、ただ会わなかっただけ。
(とはいえ……さすがに)
母さんが今どのくらいのことができるようになったのかは、今はまだ知る由もないが……少なくとも俺の方が遅れていることに間違いはないのだ、一々こうして妨害されるのはたまったものではない。
「母さん、自分の方はいいの? 俺もちょっと集中したいんだけど」
「今は休憩中なのよー♪ えいちゃんもー、ちょっと外の方見てくる―ってどっかいっちゃったしぃー」
「外の方……? って、母さんが休憩してるからって俺も休むワケにはいかないんだけど!?」
「あらーそうなのー?」
「そーなの!!」
俺がそう言って再び魔導書に向かおうとすると、あからさまに母さんの表情がしょんぼりとしていた。
おとなしく諦めてくれるのはいいのだが、そうも顔に出されると俺もなんだか悪い気がしてくるからやめていただきたい。
……ていうか、母さんは俺や親父のことを好きすぎると思う。
もちろんそれが悪いことだなんて思わないし、それだけ愛してもらっている。大事にしてくれているというのはうれしいものだ。
でもいい加減少しは時と場をわきまえてほしいというのが正直なところ。
実際、母さんはどこに居ても同じように抱き着いてくる。
子離れしろとまではいわないが、毎度抱き着かれて手と思考を止めざる終えなくなる俺の身にもなっていただきたい。
あの無駄にでかいチチホントに苦しいの。
(いかんいかん、気を取り直さないと)
俺はぶんぶんと顔を横に振り、【中上級魔法実戦編 炎の巻 其の一】に記されている文字へと目を走らせる。
中級の一番初めを飾る魔法は【猛火弾(フレア・バレット)】。
手のひらサイズの炎の玉を作り出し、それを標的に向かって飛ばすという至ってシンプルな魔法だ。
なんだかゲームの世界だったらレベル1や2で覚えられそうな気がするものだが、これでも速読に必要なレベルは12と、初っ端からすでに習得が危うい感じになっている。
「これは苦戦しそうだぞ……」
「ねーエルちゃん」
「多分、この次の段階とかあるだろ? メ●ミとかファ●ラとかそんな感じの」
「ねーねー」
「初っ端でさえ必要12だもんな……この術式、どのくらい理解してれば使えるのかもよくわからないし」
「エルちゃんったらー」
「―――っっるさい!! なんだよもう!!!」
しつこく横から声をはさまれ、三回目にツンツンと肩をつつかれたところで反応してしまった。
見ると母さんはどこか不思議というか、変なものでも見たかのような目で俺を見ている。
そして俺が振り返ったのを確認した母さんは、その不思議なモノに向けて指を指し、俺に問いかけてきた。
「あのお父さんくらいおっきな人、誰?」
「―――は?」
お父さんくらいおっきな人……そう言って母さんが指さした不思議な人物は、何か見てはいけないモノを必死に見ないようにしているかのように、大きな顔を両手で覆い隠している。
義母さんから見て椅子に座っている俺を挟んだ先にいるその男……。
「何やってんですか、アルトガさん」
「……も、もう大丈夫なのか?」
「何が!?」
「あらあら?」
俺の言葉の後、アルトガは恐る恐る顔から手を放し、その無骨な素顔をあらわにする。
しかしその表情はなんというかその……絵に描いたような照れ顔になっていた。
「す、すまん二人とも! いやなんだ、急にエルナに飛び掛かったりして……その、胸とか、その……あまりこのような場ですることでは……目のやり場にだな……」
「ピュアボーイかっ!!!」
「ウブなのねぇ」
このおっさん、俺に対する母さんのスキンシップに目を当てられなかったらしい。
確かにまあ、俺の顔がずっぷりと収まるくらいの大きさと動きをしていたのだから、そこそこ大胆に……なかなかイイ感じになっていたとは思う。何がとは言わないが。
しかしだ、男として物申したい!
そこは見とけよと!!!
目を見開いておけよと!!!
着替えはまだいいよ? これでさえ見られないのはさすがにピュアすぎませんか!?
俺はアルトガに対する尊敬の念がガツガツと削れていくのを感じながら、情けない大男に向けていた視線を母さんに向けなおす。
「……って、母さん会ったことなかったんだ?」
「お名前だけは聞いてたんだけどねぇー、そっかー、この人がウル●ラマンさんねー」
「でっかいからって勝手に光の国の住人にするのはやめよう!?」
「うーん、じゃーウルくん?」
「アルトガだから!ウついてないから!」
「あらあら」
「ははははは……思ったよりユニークな子なんだな……メロディアは」
(いやホンッッットごめんなさいこんな母親で!!)
照れ顔を引きつらせてつぶやくアルトガに心の中で謝罪をする。
家族だけに飽き足らず、この里の百年単位で年上の相手に向かって『えいちゃん』やら『ウルくん』やら……フレンドリーなのはいいことだが、いささか失礼すぎやしないだろうか!?
まあ、流石に一定のラインはわきまえてると思いたいところではあるのだが……ああもう、気になり始めたらキリがない。
「母さん、気が散るからできればアルトガさんと二人にしてほしいんだけど……」
「あらーそーう? 残念ねー……」
「まーまーいいじゃないか。折角だし、一緒にやったらどうだ?」
アルトガさん!?
余計なこと言わないでもらえます!?
アルトガの余計な一言によって、母さんの残念顔が一気に元気百倍と言わんばかりの活発さをみせてしまう。
専任の許可が下りてしまったのだ、きっともうどうしようもない。
「ありがとーウルくん! エルちゃん、これなんてどうかしら!」
案の定母さんは満面の笑みを見せながら俺の隣に座り、別の魔導書に手を付け俺に見せてくる。
俺はちらりとアルトガの顔を覗いてみるが、こちらはなんだか微笑ましいと言わんばかりにほっこりした顔をしている。
……少なくともエィネが戻ってくるまではどうしようもなさそうだ。
俺はいつ戻って来るかもわからないチビッ子にわずかな望みをかけて、集中できないこと間違いなしのお勉強会に勤しむことにした。
* * * * * * * * * *
丁度その頃、エィネは神樹さまの大きな、そして遥か高みから森を見下ろすことのできる枝の上から、里の周辺を見渡していた。
しかし彼女の表情にはいつもの余裕など全くなく、額からは冷や汗と呼ぶべきそれが頬に向かって伝っている。
「まずいぞ……早急にアルトガのやつを……」
そう呟くとともに、エィネはぴょんぴょんと枝を下に向かって飛び降りていく。
とにかく急いで、一刻も早くアルトガのいる大書庫に行くことができるように。
広場を駆け抜ける中で話しかけてくる里人の声さえも、今のエィネには聞く余裕がない。
そして枝を飛び降り始めてからおよそ三分弱。
勢いよく大書庫の扉を開いたエィネは、書庫中に自身の声が行き届くように、大きく息を吸い込み……。
「アルトガ!!! 早急じゃ!!! このままじゃと―――里が燃える!!!」
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