0:5 「異世界に持ってこなかったモノはなんですか?」

「えっと……ファル?」

「はい、なんでしょう?」


 うーん、聞き間違いかな?

 今なんか親父の名前が聞こえたような気がする。

 そんなわけないだろう。だって親父が蒸発したのは2年前のことなのだ。

 他人の空似と言うこともあるかもしれない。


「キョウスケ・オミワラ……って言った?」

「はい。本当はあまり口に出すなと父に言われているのですが、エルナさんならいいかなと……」

「いや、俺たち会ってからまだそんなに経ってないよね」


 いくらなんでもそれは気を許しすぎではないでしょうか。

 何?そんなにうれしかったの!?……もしくは本当に演技で、親父の名前を出したのも何かあっちゃったりするの!?

 いずれにせよ信用しきれない男だ。本当、一体何者なのか……。


「それで、その……エルナさん」

「ん?」

「その……今夜、どうですか?お屋敷にご一緒するのは!……義父さんにも紹介したいですし」

「ぶっ!?」


 それは願ったり叶ったりですけどその言い方やめてもらえます!?

 変な誤解を招くから!

 見るとファルの顔もどこか赤くなってる気がするし……誰も聞いてないだろうな……いや、お願いだから聞かないで。


「わ、わかった。わかったからちょっと落ち着こう? ね?」

「……! すみません、僕――」

「あ、あはは……まあまぁ」


 自分が何を言ったのか気が付いたらしく、余計に顔を赤くして縮こまるファル。

 そんな彼に微笑(と言う名の苦笑)でもって軽く流してやることにする。


 そこからは不思議な緊張感が拭えず、料理が来た後もただ淡々と口に運んでいった。

 ちなみに出てきた料理は見た感じではあるが、白身魚のムースや明るい色味のスープ。牛肉っぽい肉の煮込みにサラダ……普通の洋食という印象だった。

 あ、美味かったですよ。はい、とても。


 * * * * * * * * * *


 店を出てどのくらい歩いただろう。1時間くらい?

 早速お屋敷とやらに行くことになり、ファルの後ろを付いて行っているのだが……町外れというか完全に森の中なんですが。

 いやしかし、町を囲っている塀のなかではあるから本当に町外れなのか……ここ、結構広い町だったらしい。


「まだつかないのか……ちょっと疲れて、というかこの体体力無さ過ぎ……」

「まあまあ、もうすぐ着きますよ。――と、見えてきました」

「ン……!」


 猫背になっている上体を起こし、少し顔をあげてみる。

 すると、生い茂る葉の隙間からかすかに光が差し込んでいるのを見て取れた。

 そのまま明かりを目指して歩くこと数分、暗がりで全景まではよく見えなかったが、そこそこ大きな庭を持つお屋敷が姿を現した。

 それらしき門をファルが開き、扉の前まで行って立ち止まる――そして規則正しいノックの後、。


「義父さん、僕です!ファルです!」

「――――」


 少しばかり高めな少年の声が夜の庭に響き渡る。

 それからしばらく……1分待つかどうかだろうか、少しの物音が聞こえた後、目の前にそびえる2メートルは越えるであろう大扉が開かれ、中から一人のいかつめの男が現れた。


「ただいま帰りました義父さん。中々顔を出せず申し訳ありません」

「おーおーファル、久々だなぁ! 2年ぶりくらいか? お前にしちゃ遅かったなー……と、おや? そっちのお嬢さんは」

「あっ……えっと……」


 父は蒸発前は土木系の仕事をしていただけあって体つきはよかった。

 黒髪のツンツン頭に貫禄を感じさせる鋭い目とシワ、昔事故でついたと言っていた頬の傷もそのまま……紛れもなく、俺の知る臣稿恭介おみわらきょうすけその人だ。

 ……なんとなく気まずい。


「彼女はエルナさん。昼間に東の森で知り合いまして、その……」

「なんだ? 昼間に知り合ってもうお付き合いってか?」

「い、いえ! そういうワケでは」

「んー? ホントか? なーんか怪しい態度だなァ」

「ホントです! 全然、そんなことないですよ!?」


 んー、なんかここまで頑なに違うって言われるのもそれはそれで傷つくような……。

 しかしこれはあれだ、俺も勇気をだして言わなきゃならないみたいだ。親父のファルを見る顔がすごくウキウキしてるように見える。彼がこのまま言っても話が長引くだけだろう。

 さ、頑張れ俺、頑張れエルナ・レディレーク、頑張れ臣稿恵月おみわらえづき!


 深い深呼吸の後、意を決して足を踏み出す。

 そしてファルの隣まで出て一言、親父の顔を見あげて口を開いた。


「俺だよ父さん……恵月だよ」

「……え、エルナさん?」

「―――――???」


 無理もないが……俺の言葉に二人は唖然としてしまった。

 ファルは戸惑い俺をじっと見て、親父は顎に手を当て、俺のつま先から頭までをなぞるように観察する。


(まあ、信じられないよな……なんとか説き伏せるしか)

「ぶふッ……!!」

「ふあっ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 親父の視線が俺の顔に戻ってきた直後、大きく顔を歪ませて吹き出したのだ。


「お……おま! ふふふ……お前ッ マジかよ……! ふっははははははは!!」

「え……ええ?」

「義父さん!? 大丈夫ですか!?」


 吹き出したまま、親父は腹を抱えて大笑い。

 ちょっとイラっと来たし、一体何なんだ。


「いや、だってよ……ふふっ おい恵月! ぶふふっ……お前〝あのアンケート〟なんて書いた!? ふはは!!」

「アンケート?」


 つか笑いすぎ!!

 どうやら俺が恵月だっていうのは何故か信じてもらえたみたいだけど、そんなに面白いこと言ったか? ちょっと名乗っただけだぞ!

 ファルなんてもう訳が分からなくて放心状態って感じだ!


「あれだよ! うふふ……あの、あったろへへ 無人島がどうのこうのって……ふふふふふふ」

「―――!」


 あれかー、そういやなんか受付の金髪お姉さん言ってたな。回答をもとに転生準備するとかなんとか……確か――。


「……自分」

「ブッフウゥ――――!!!!」

「ちょ! 親父汚い!! なんなんだよさっきから!」

「自分て……! お前、それでその姿か! ふっははははは!! こいつはケッサクだな!?」

「と、義父さん? エルナさんも、さっきからなにを……」

「んっふ……ああ、スマンスマン。お前にはさっぱりだーな、ここじゃあなんだ、とりあえず中入れ!」


 親父の案内されるがままに、俺とファルは屋敷の中へと足を踏み入れる。

 ファルはもともとある自分の部屋へ行くよう親父に言われ、俺は親父の私室らしき場所まで連れていかれたのだが、それまでに通ってきた入り口の大広間や廊下はまさにヨーロッパ風の豪邸と言うか、本当に何故つい2年前は土木に勤しんでいた親父がこんなところにいるのかと思うほどに場違い感にあふれていた。


「適当に座れ」

「う……うん」


 一番近場に置かれていたソファに腰掛ける。

 しかし言い出しっぺの親父は座らずに部屋の奥――窓際まで歩いていき、こちらに振り返って再び俺の様子をうかがっていた。


「な、なんだよ」

「ふむ……見たとこエルフっぽいが……ハーフエルフだな、多分」

「――は?」


 何言ってんだこいつ。

 そんな目で、視線の先に立っている男を見る。

 よくよく見てみると着ているものも高級品……まさに上流貴族という印象を受ける身なりをしているではないか。


「いやすまん、こっちの話だ。まあ追々話すよ。それよりもお前が気になってるのは、俺が何故こんなとこで優雅に暮らしてるのか……それから、お前自身の身に起きてることだろ?」

「まあ、そうだけど……」

「確か『自分』って書いたんだったよな。超久々にガチ笑いしちまった……そのまんまの意味だぜ、お前この世界に〝自分の体だけ持ってこれなかった〟んだよ」

「――――――???」

「ちなみにそれ以外の荷物やらは全部この屋敷のお前の部屋にあるからな。二階の東階段から右に曲がって三つ目だ」

「……いやちょっと待って、話について行けないんだけど」

「じゃ、後は明日になってから! 朝早いから今日はもー寝ろ! 以上解散!!」

「ちょっとぉ!?」


 聞く耳持てよ!

 なんか転生してからこんな事ばっかりな気がするんだけど!?


 俺の訴えもむなしく、非力な俺はずいずいと部屋の外へ押し出されてしまう。

 中からだと一層長く見える廊下を前に、思わずため息が零れ落ちてしまった。

 結局聞きたいことほとんど聞けなかったし、そもそも知ってるのかすらも怪しく思えてくる。

 俺は既に閉じられた部屋の扉を目一杯睨みつけてやってから、納得は行かないものの言われた通りの部屋へ向かった。


 * * * * * * * * * *


 階段を昇り、目的の部屋にたどり着く。

 ご丁寧に日本語で『恵月』と書かれた看板が扉に下げられていた。

 これはそう、前世――間違いなく、前世の俺の部屋にかけられていた木製の看板のそれ。

 豪勢なお屋敷には場違いなその佇まいにクスリとしてしまう。そして同時に、本当に全く別次元の世界にいるのだという実感が湧いてくる。


「明日……か」


 自分の身に何が起きているのか、どうして親父がここに居るのか。

 ほかにも気になることは山ほどある。

 これから先、俺は―――。

 気が付けば不安と不満ばかりが募っていた。


 来たる明日……これが少しでも解消されることを願いながら、俺はドアノブに手をかけた。

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