第三十三章 神鳥騎士団 -10-

 兵を南に展開した。


 北上するヤフーディーヤ軍を、ダームガーン南の原野で待ち受ける。


 中央には、シーリーン麾下の歩兵六個大隊三万が堅固に陣を組んでいる。

 右翼と左翼にそれぞれ歩兵二個大隊を伸ばし、更に最右翼にドラーニ部族の騎兵八千、最左翼にギルゼイ部族の騎兵八千が控える。

 中央後方には予備兵力としてぺーローズのトゥルキュト騎兵二千五百、そして本隊の太陽神ミトラの教団騎士四千が布陣していた。


 ぼくらは、ハーフェズの本隊の隅っこに置かれている。

 緒戦で厄介な空の戦力を叩いたので、マタザが出てくるまでは出番はないようだ。


「明日には、ヤフーディーヤ軍と接敵するだろう」


 ストフェル・ヴァン・ノッテンの報告を聞いたノートゥーン伯が、そう断言する。

 リンドス島防衛戦から皇位継承戦争と戦いの経験を積んできた伯爵は、もうひとかどの指揮官だ。


「先陣はバルヴェーズ将軍の歩兵二万。左翼にヴィスタム将軍の歩兵一万五千、右翼にバハーラム将軍の歩兵一万五千、後軍がアシュカーン大将軍の歩兵三万か。遊軍として、アルキン、ラハム、バレスマナスの三人の騎馬隊がそれぞれ五千。あっちのがやや数は多いな」

「騎馬の数なら、こっちのが多いですね」

「うむ。だが、向こうもトゥルキュト人傭兵の騎兵だ。精強さでは互角。それをどう突破して、シーリーンが崩れる前に敵歩兵を斬り裂けるかだな」

「初手は、ハーフェズと神官長モウバドが、遠距離魔法で仕掛けるんでしょう?」

「ああ。だが、向こうにも指導者ラフバルの神官団がいるはずだ。魔法砲撃戦で圧倒できるかどうか」

「ハーフェズなら、大丈夫ですよ。距離を取れば、そう容易く他人に遅れを取るやつじゃありません」


 この戦いは、ハーフェズと指導者ラフバルカルティールとの争いだ。

 どちらかが命を落とせば、終わる。

 その首を狙うハーフェズの刃がぼくらであり、敵の刃がマタザたちだ。

 とはいえ、ハーフェズには執事バトラーとサツキが付いている。

 マタザ以外には、やられることはないだろう。

 最悪、ぼくがマタザを止めていれば、ファリニシュが指導者ラフバルを討つ。

 フワルシェーダがいれば厄介だったが、もうその脅威は排除した。


「魔法砲撃戦で圧倒しないと、歩兵のぶつかり合いでは不利ね」


 もともと貴族の教育を受けており、同じくリンドスから歴戦を重ねてきたマリーも、戦いの予測を立てられるようになってきている。

 それは、無論ティナリウェン先輩やジリオーラ先輩も同じだ。

 残念ながら、脳みそまで筋肉のトリアー先輩や、平民出身のベルナール先輩にはそこまでの知見はない。


「向こうさんは右翼と左翼にも歩兵の将軍を配備しとるねんな。シーリーン将軍一人では、流石にちょいきついっちゅうねん」


 マリーとジリオーラ先輩の懸念はもっともだ。


 ヤフーディーヤ軍の歩兵は、中央先陣に勇猛果敢なバルヴェーズ将軍、左翼に冷静沈着なヴィスタム将軍、右翼に戦歴豊富なバハーラム将軍と層の厚い布陣を敷いている。


 だが、ハーフェズの軍は、それを全てシーリーン将軍の采配で処理しなければならない。

 左翼と右翼に配されたのは大隊長二人ずつであり、彼らへの命令は中央からシーリーン将軍が出さなければならないのだ。


「騎馬隊はナーディル・ギルゼイに相対するのがラハム将軍、アフザル・ドラーニに相対するのがバレスマナス将軍か。どちらかでも突破すれば、そこから崩せるだろうがな」

「向こうの遊軍のアルキン将軍と、こちらの遊軍のペーローズ将軍がぶつかるわけね。将軍としての力量は互角かしら?」

「武勇ではペーローズ将軍の方が上だろうが、アルキン将軍の方が兵が多いし、指揮能力も高いらしい。ナーディル・ギルゼイが攻めあぐねたくらいだしな」


 ノートゥーン伯とマリーの会話には、ぼくも全部は付いていけない。

 個人戦闘に特化しているぼくは、軍の指揮には向いていない。

 なんたって、クリングヴァル先生の弟子だからな。

 あの先生が、兵を率いて戦えるはずがないじゃないか。


「ぼくらは、空から行けばいいよね」


 わかるのは、自分たちの動きだけだ。

 他がどう動こうと、空から行けば敵陣を突破して指導者ラフバルまでたどり着ける。

 彼を討てば、この戦いは否応なく決着となる。


「マタザたちや神鳥騎士スィームルグ・シパーヒの残党が出てくるだろうな」

「マタザはアラナン、あんさんがやるしかあらへんで。お伴は、イシュマールとうちに任しときや」

「なんで、あんたなのよ。アラナンの隣を固めるのは、わたしの役目じゃないかしら」

「あほやなあ。チョーハチローとスケーモンの二人は、お伴の魔族の中でも格が高いらしいっちゅうねん。伯爵には全体の統率があるし、ブリジットとオーギュストには雑魚を蹴散らしてもらわなあかん。此処は、高等科生でも対人戦が得意な面子で行くべきやろ」

「イシュマールはわかるけれど、もう一人の人選はどうかしら。まだわたしより上だと思っているのかしら?」

「なんや、おもろいやないか。うちに喧嘩売っとるんやな。高等科女性部門一位を決めるええ頃合いや。やったろやないかい!」

「いや、勘弁してよ」


 ヒートアップする二人に、思わず横やりを入れる。

 なんで、そうすぐ喧嘩するかな!

 どっちが上でもいいじゃない。

 ぼくの見たところ、魔力の扱い方と武術の腕は、まだジリオーラ先輩の方が上だ。

 ただ、ジリオーラ先輩の心理魔法ヴァールハイトと、マリーの偽装カムフラージュは、どちらも搦め手の奇襲戦法を持っている。

 うまく嵌まれば上位の相手も倒せる術なので、勝敗はやってみなくちゃわからない。


「ああん、あたしに黙って高等科女性一位を決めようなんて、いい度胸じゃないか。あたしの一撃で吹っ飛びそうなやわい魔力障壁マフィシバリエーレしかないくせに、大きく出るじゃないかね!」

「そうよ! 馬上戦闘なら、わたしだって負ける気はないわよ!」


 一触即発の二人を止めたところに、トリアー先輩とビアンカが絡んでくる。

 ビアンカの後ろでは、何とか止めようとイザベルが必死に腕を引っ張っていた。

 だが、ビアンカはそれをものともせずに、突っ込んできたらしい。


「──もう、明日の戦いで決着を付ければいいじゃないですか。何人討ち取ったかで競って下さいよ。ただし、より上位の部隊長クラスを討ち取った場合は、下位の兵をいくら討ち取っていようと上席とするということで」

「あら、そういうことなら、余計にチョーハチローとスケーモンは譲れないわね」

「せやな。雑魚は伯爵とイシュマールとオーギュストに任せればええねん」

「あたしらで誰がその二人を討ち取るか競争ってことだね」

「──えっ、それって魔王の部下よね……」


 マタザの麾下の武人を相手にすると聞いて、ビアンカは我に返ったようだ。

 ぼくと戦ったブンゴを思い出したか、蒼い顔をしている。

 ぼくが手を振って合図をすると、頷いたイザベルがずるずると彼女を引っ張っていった。

 まあ、これでビアンカは流石に無茶はしないだろう。

 いくらなんでも、ビアンカにフェストに出てくるような一流の武人クラスの相手はまだ早い。


 ティナリウェン先輩なら安心して見ていられるが、この三人だとどうだろう。

 トリアー先輩が、ストリンドベリ先生の技を身に付けて力量を上げているのはわかるけれど……。


 なんか、いつもと逆の立場だな、と苦笑せざるを得ない。

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