第三十二章 聖戦の加護 -4-
混乱するサナーバード軍に、ノートゥーン伯が猛烈な勢いで食い込んだ。
エリオット・モウブレーの槍は、イシュマール・アグ・ティナリウェンの剣と威力においてはそれほど大差はない。
だが、先刻、ティナリウェン先輩が砕けなかった障壁を、ノートゥーン伯は易々と貫いていく。
「思ったより、歯応えのない連中だね!」
トリアー先輩の斧が唸りを上げる。
斧は、北方の海賊が好んで使う武器だ。
膂力のあるトリアー先輩が使うと、凶悪な破壊力を生み出す。
群がる敵兵の頭蓋を叩き割りながら、赤毛の海賊が哄笑する。
「──敵より怖い女やで、ほんまに」
ジリオーラ先輩の得手は、短剣だ。
馬上では相手まで届かないので、弓か長剣を使う。
だが、先輩の力では、一撃で障壁を破壊できないようだ。
それを、剣の速度と技術で補っている。
二人の戦いに余裕があるのは、ノートゥーン伯が
本来なら、いくら弱体化しているとはいえ、加護を受けているこれだけの兵の中を、易々と突破などできようはずがない。
トリアー先輩とジリオーラ先輩だけなら、百歩も進まぬうちに勢いを失い、足を止めて包囲され、討ち取られていただろう。
流石はエリオット・モウブレー。
高等科で随一の
だが、ノートゥーン伯にも、余裕があるわけではない。
一撃で障壁ごと敵を屠るには、かなりの魔力を圧縮し、インパクトの瞬間に解放しなければならない。
連続で多数の敵を退けるのは、ノートゥーン伯でもかなり負荷が大きい。
それでも、トリアー先輩とジリオーラ先輩が両翼を固めてるから、伯爵は前だけを見て突っ走ることができる。
しかし、それでも消耗しているのは確かだ。
少しずつ、障壁に処理しきれない被弾が増えてきている。
もう、伯爵の障壁も、もたない頃合いだ。
「アラナン!」
伯爵の叫び。
トリアー先輩が、咆哮をあげる。
左から、鋭い一撃が襲ってきた。
トリアー先輩の障壁が砕かれ、長戟を斧で受ける。
部隊長級の精鋭か。
裂帛の気合いは、トリアー先輩を両断せんとする。
咄嗟に、
死角から頭を狙うが──。
お、この一撃を弾くか。
重い戟を素早く戻して、防御するとは。
かなりの手練れだ。
だが、注意はこっちに逸れたな。
その隙をトリアー先輩は逃さない。
血濡れた斧が、敵騎士の首を刎ねる。
「助かったよ、アラナン!」
「油断は禁物ですよ、トリアー先輩」
一対一で戦えば、トリアー先輩は負けていた。
敵にも、強いやつはいる。
特に、このあたりの敵は、一人一人が強くなっている。
もう、敵将が近いのだ。
ノートゥーン伯の、突破の速度も少しずつ落ちている。
「伯爵、もういいですよ。後はぼくが行きます」
「しかし──」
「それに、ほら、イリヤが来ましたし」
ぼくたちが突入した別の方角から、ファリニシュが単身、突き進んできていた。
彼女の通ったあとには、累々と凍りついた屍が積み重ねられている。
近づくことも、できていない。
「主様!」
狼が手を一振りすると、ノートゥーン伯の前の敵兵が氷像と化した。
その間をすり抜けた伯爵は、ついにセリム・カヤまでの道を切り開く。
「あれが敵将だ、アラナン!」
「ペーローズを差し置いて、東方の要衝であるサナーバードを任されているだけはありますね」
セリム・カヤの左右を固める護衛の騎士たちも、かなりの使い手だ。
ティナリウェン先輩と、互角くらいの腕はあるだろう。
「でも──それだけだ!」
轟と音を立てて、アンヴァルが
セリム・カヤの前に出た護衛の騎士が一人、瞬時に火だるまになった。
魔力が多少あろうと、武術の腕があろうと、この炎の前では無力だ。
絶対的な加護がないと、立ち向かえない
「
セリム・カヤが、周囲の騎士を後退させる。
精鋭であろうと、容易く殺されるとの判断。
悪くはない。
「
セリム・カヤは、両の手に二本の剣を構えた。
光輝あふれる双剣は、それが神器であることを強烈に主張している。
やはり、このトゥルキュト人は、ペーローズほど容易くはない。
「でも、所詮は
セイレイスの
このセリム・カヤも、アルトゥンやセンガンのような暴力的なまでの魔力の圧力は感じない。
「セイレイスの
セリム・カヤの双眸に、警戒の色が浮かぶ。
「神敵、アラナン・ドゥリスコル。此処で遭うとは僥倖だ」
僅かな右足の動きで、いきなりセリム・カヤの馬が動き出す。
遊牧民の馬との意思の疎通能力は侮れない。
まるで、馬と会話しているかのように自由に動かす。
(アンヴァル!)
(アンヴァルはいつでも警戒しているのです!)
だが、こっちは本当に意思を疎通できる。
セリム・カヤの素早い撃ち込みを、アンヴァルは右に回って回避した。
通常なら、盾を持つ敵の左側に回れば、危険はない。
アンヴァルはそう思ったのだが──。
セリム・カヤは、双剣使いだった。
回り込んだ先にも、斬撃が飛んでくる。
とはいえ、ぼくはそれも予想していた。
宙に浮かせている
手数で突破できるほど、ぼくの防御は甘くない。
「その槍も、神器か!」
セリム・カヤの表情が、驚愕で歪む。
神器など、そこらに転がっているものではない。
一国の随一の驍将が、かろうじて持っているかどうかってところだ。
ぼくみたいなひよっ子が所持していれば、それは驚くだろう。
「恐ろしい男だ。貴様を討つのに、わしは全力を尽くさねばならないようだ。兵に分けていた
セリム・カヤの言葉とともに、戦場の至るところから無数の光が彼に向かって飛んでくる。
サナーバード軍一万騎の力を引き上げていた恐るべき加護だ。
それが──。
セリム・カヤ一人に、降り注いだ。
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