第三十章 卒業試験 -8-

 魔力の圧縮が足りない。


 要は、そういうことなのだ。


 パワーも、スピードも、領域の奪い合いでさえも、凝縮され、研ぎ澄まされた魔力こそが力を発揮する。


 飛竜リントブルムのこの巌のような魔力の領域の牙城も、その基になっているのは魔力圧縮コンプレッションとそれを可能にする魔力操作オペレーションだ。


 目を閉じる。


 のし掛かる重圧を遮断し、体内を廻る魔力を、もう一度意識する。


 いつも、クリングヴァル先生には、ぼくの魔力圧縮コンプレッションはもう一段階足りないと言われていた。

 自分では限界ぎりぎりまで圧縮しているつもりだったが、まだその先があるという。


 当たり前のようにやっていた魔力圧縮コンプレッションを、もう一度練り直すんだ。

 大丈夫。

 ぼくの魔力操作オペレーションは、以前とは違う。

 覇王虎掌ケーニヒスティーガーを繰り返し鍛練したお陰で、ぼくの魔力操作オペレーションの練度はかなり上がっている。


 いまなら、もっと魔力圧縮コンプレッションを突き詰められるはずだ。


 丹田から魔力を取り出し、それを凝縮する。

 ──だめだな、どんなに押し潰そうとしても、一定の段階からそれ以上小さくはならない。

 このやり方では、だめなんだ。


 考えろ。

 圧縮するためには、それだけ強力な力を加えなければならない。

 単純に握りつぶすようなイメージではだめだ。

 必要なのは──。


 速度だ。


 より速く魔力を収縮させれば、限界を突破できるかもしれない。

 そのために必要なのは、反動・・だ。

 飛竜リントブルムやクリングヴァル先生のような熟練者じゃないぼくには、これ以上の圧縮には助走がいる。

 具体的には、一度丹田で魔力を圧縮するのではなく、膨張・・させる。

 拡げられた魔力は、戻ろうとして反発力が生じる。

 それを利用して、一気に圧縮するのだ。


 支えていた枷を外すと、膨張した魔力があっという間に縮もうとしていく。

 一度目は、タイミングを間違えてうまく圧縮できなかった。

 二度目も、戻る流れと圧縮のタイミングを合わせられず失敗。

 だが、三回目でタイミングが大体掴めて──。

 四回目で、ぴったり合った。


 成功。


 言葉にすればこれだけだが、達成した高揚が体を包む。


 どうしても超えられなかった壁を、ようやく乗り越えた。

 極限まで圧縮した魔力から、強い熱と圧力を感じる。

 この制御はまた難しいな。

 外に領域を維持したまま、これを使えって?

 脳が焼ききれそうな気がするよ!


「来い」


 飛竜リントブルムも、ぼくの雰囲気が変わったことはわかったのだろう。

 鋼のような表情のまま、鋭い眼光でこちらを見据えてくる。


「行きます」


 右足を踏み出す。

 踏みしめた大地から伝わる力で、丹田の魔力を加速させる。

 撃ち出された魔力は右腕で螺旋を描き──。


 門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスが、飛竜リントブルムの障壁に突き刺さった。

 障壁は一瞬抵抗を見せて激しく軋んだが──。

 破砕音とともに砕け散る。


「見事」


 飛竜リントブルムが賞賛の声を洩らす。

 だが、障壁を破ることで勢いを殺されたぼくの右拳は、飛竜リントブルムまで届いていない。

 もう一撃。

 そう思ったときだった。


 瞬間移動したかのように、飛竜リントブルムが踏み込んできていた。

 繰り出されるは、右の竜爪掌ドラゴンネイル

 ハーフェズのときと同じ一撃だ。

 だが、ハーフェズの障壁は無効化されたが、ぼくの障壁は薄皮一枚のところを覆っている。

 それでも、突き込まれた衝撃と同時に、薄い障壁を突き抜けてダメージが襲ってくる。

 それを、なんとか後ろに飛ぶことで力を逃がす。

 転がりながら血を吐いたが、それでも致死判定は出なかった。

 立ち上がって、口の血を拭うと再びアセナの構えを取る。


「ハーフェズ、おまえがやられた一撃、耐えきったぜ」

「見せてもらったよ、アラナン。流石はわたしの好敵手」


 ハーフェズが、にやりと笑う。

 いつものことながら、こいつは余裕ある態度を崩さない。

 王者の自信のようなものがある。


「だが、次はどうかな。今ので、飛竜リントブルムが本気になった」


 ハーフェズが指摘をするまでもない。

 明らかに、飛竜リントブルムからの圧力が強くなっている。

 ただ立ったままだった彼が、初めて両手を前に出し、アセナの構えを取っている。

 その双眸が、ぼくを見極めるかのように射抜いてくる。


「確かに、試験を受ける資格はあるようだ」


 飛竜リントブルムの言葉は、淡々として抑揚はない。

 それだけに、言い知れない凄みがある。


「イシュバラやスヴェンですら、その齢でその域には達しておらぬ。見せてみよ、その力を。底の底まで、晒してみせい」


 待ちの姿勢だった飛竜リントブルムが、悠然と歩き出す。

 ゆっくりとした速度だが、隙はない。

 どう撃ち込んでも、返されそうだ。

 前に出した両腕が、鉄壁の城塞と化す。

 アプフェル・カンプフェンでヴォルフガングがぼくのことをそう評したが、この老人の圧力に比べれば可愛いものだ。


 それでも、飛竜リントブルムの技は、ある程度予想がつく。

 竜爪掌ドラゴンネイルの一撃は耐えたのだ。

 次に来るのは、絶技竜爪破邪ドラヒェン・ツェーエンナーグルだ。

 この連続技を耐えきって、反撃をしなければならない。

 それも、領域の攻防と魔力圧縮コンプレッションの制御を行いながらだ。


 間合いはまだ遠いが、アセナの拳士ならもう一足で飛び込めるところまで近付いている。

 だが、飛竜リントブルムはまだ歩調を変えない。

 ゆっくりと、だが淀みなく歩を進めてくる。

 あと三歩で間合いに入る。

 あと二歩。

 あと一歩。


 そして。


 滑らかな踏み込みとともに、右の竜爪掌ドラゴンネイルが来る。

 足音も立てない踏み込み。

 だが、その力感のない踏み込みが、アセナの拳を極めた者ならではの技だ。

 アセナでは、踏み込みによって大地から力を得て、それを拳に伝える。

 踏み込みを強くすれば、より大きな力が得られる──中級者までは。


 飛竜リントブルムほど極めた者ならば、大きな音を立てない踏み込みでも、巨大な力を拳に乗せてくる。

 それが、ただの基本技である竜爪掌ドラゴンネイルが、一撃必殺の凶悪な技と化しているからくり。

 思わず、後ろに飛んで逃げたくなる。

 だが、竜爪破邪ドラヒェン・ツェーエンナーグル相手に、それは悪手。

 真っ直ぐ下がれば、怒濤のような連打の波に呑み込まれる結果で終わる。

 最適解は、ウルクパルの円環の拳。

 その歩法で、飛竜リントブルムの左に回る。

 くるりと回転し、回転した力を利用して左肘を叩き込む。


 これが、閃火シャープフレイムにウルクパルの拳を取り入れて開発した新しい技。


 旋火テンペスト


 その切っ先は、確かに飛竜リントブルムの障壁を捉えた。

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